5日目①
ー久しぶりに懐かしい夢を見た。
まだ軍に兵役に出る前の、郷にいた幼い頃の夢。
5つか6つか、その頃によく面倒を見てくれたお姉さんがいた。
大人の女性で、今から思えば年の頃は20歳ぐらいだったと思う。
郷の学校で読み書き計算、簡単な地理歴史を教えていた。
俺の育った郷では、子供は全員一緒に郷の者全員で育てられていた。
後で知ったが、普通は“親”という者に育ててもらうらしい。
軍の兵役で後に出会ったクトリが、子供が働かず毎日勉強のみして育つことに
「到底信じられない」とずいぶん驚いていたな・・。
当時の俺はそのお姉さんが気になっていた。多分憧憬だったんだと思う。
肩まである輝く金髪に碧眼が印象的で、教える事以外にも子供たちの世話全般を、
テキパキと顔色一つ変えることなく、いつでも笑顔でこなしていた事を覚えている。
郷全体で子供を育てる仕組みだったので、学校=子供たちの家だった。
だから、そのお姉さんも四六時中子供たちと一緒で、寝食も一緒だった。
俺は常にそのお姉さんが気になって、目で追っていた。
ある日、突然そのお姉さんは居なくなった。
代わりに来たおばさんが、事務的に「水くみ中に死んだ。」とだけ言っていた。
俺は納得がいかず、どこでどういう風に死んだか?理由は?と尋ねると、
折檻部屋に一ヶ月閉じ込められ、二度とお姉さんの件は訊かないと誓約してようやく解放された。
それから、郷の中でこの件はタブーとなった・・・。
懐かしい。昔のことなんて久しぶりに思い返したな・・・。
と、思っていたら目が覚めた。
ん? ベッドの硬さが昨日と違う。硬い。とても。
それに、微かに男の集団の汗臭い匂いと、号令の声、“オゥ!!”という応答の声が聞こえる。
上半身を起こすだけでギーギーとベッドが鳴った。
「お?起きたか?」
アトスの声だ。がしゃがしゃっと金属の音が動くたびにする。
床に響く足音も低く、多分アトスは立派な体格なのだろう。
「ロォこは? ロォこラ?」
下唇がパンパンに腫れているのがわかる。 痛い。。
「すまなかったなぁ~。そういえば毒で療養してたの忘れてたわ!血が足りてないんだってな?」
上半身を片手で支えてくれながら、そばに立っているようだ。
ん?聞こえなかったか?
「ロォこは? ロォこラ?」
さっきより大きな声で、もう一度訊いてみた。
やはり下唇が痛いし、パンパンなのでうまく発音できない。
「とりあえず、これで口をすすいでおけ。治りが早くなるから」
と、また革袋を手の上に置いて、股に何か挟んだ。
「ロォこは!ロォこラ!」
痛いが、怒鳴り気味で言ってみた。
「じゃ、俺何か飲み物を貰ってくるわ!」
と言って、がしゃがしゃドスドスとリズムの良い音が遠ざかって行き、ドアの開閉の音で途切れた・・
オイオイオイ、聞けよ。“ここはどこだ?”って聞いてるだろ。
滑舌が悪くても、何か質問しているくらいは、抑揚でわかるだろうよ!
・・・・、はぁ~~アレは俺のしゃべりを無視・・ではないな。
聞こえてはいるが、頭に入ってないな・・・。
初対面の時は警戒していたからなのか、規律重視のお堅い軍人といった感じだったが・・・
おそらくさっきのフランクな感じが“素”なのだろう。
裏表はなさそうで、悪いヤツではなさそうだが、一番苦手なタイプだ。
あの感じだと腹芸は無理だろうな。
もっとも、これが演技ならお手上げだが。
とりあえず、渡された革袋の水で口を何回かすすいだ。
やっぱり猛烈に苦いし、しみるな。
ベッドの端に座りの直して耳を澄ましてみると、
木の床を歩く複数の音、外の音だろうと思われるくぐもった号令の声と“オゥ!!”という応答の声
がする。
おそらく寝ている間に“孤児院”とされる所から、別の場所に移されたのだろう。
周囲の音と匂いがガラッと変わっているし、少し肌寒い。
今は、夏の終わり頃のはずで寒いと感じるはずはないのだが・・・。
あと、汗臭いというか、男臭というか、前の所とは匂いが全く違う。
しばらくジッとしていると、唇の痛みはだんだん引いてきた。
腫れも少し引いたのではないかと思う。
すると、くぐもった声の中に女の声が混じりだした。
声のトーンからして、誰かを叱責しているらしい。
その声が、足音と共に次第に近づいてきて、ドアの開閉音がした。
「ああ、もう起きたのかい? 今回はすまなかったねぇ。けがをさせちまってね。」
あの“戦場の女”だ。




