4日目 午後
「閣下、ただいま戻りました。」
夜通し早駆けで来たおかげで、昼前にはナト砦近くの森の中にある渡河ポイントまで到着していた。
ここは領都ナジナから国境まで各砦を繋ぐ街道から外れていて、小川より少し大きい川があり、下草が鬱蒼と茂って身を隠すの最適なポイントだ。
アトスは馬を休ませている間、徒歩で先行し砦の様子を見にいっていたのだ。
「どうだった?見慣れない連中でも居たかい?」
休憩中、ワドルから渡された砦の図面を確認していた顔を上げる。
どこか楽しそうに口の右端を上げ、腰まである金髪を掻き上げながら。
「はい。閣下の予想通り、商隊らしき一団が護衛付きで居ました」
徹夜で行軍し休みなしで偵察に行ってきたのに、アトスに疲れの色は見られない。
「商隊がナト砦に来るなんてハナシは、あたしゃ聞いてないがね。旗かシンボルは・・・当然掲げてないなろうねぇ」
ボヤくように言うと、アトスは僅かに首を横に振った。それを見て嘆息しながらまた図面に目を落とした。
「ローデア卿の図面には何が?」
アトスは、川の水を革袋に補充しながら訊いた。彼の大きな体躯がかがむと、まるで熊が水を飲んでいるように見えた。
「ああ、これはナト砦の築城当時の図面らしいね。緊急時の脱出路や、監視用の秘密廊下なんかが書いてあるね。私が見たことのある図面と大分違うさね。」
パンパンと、かるく指で図面を叩く。
「これによると、この川のもう少し上流の対岸に、緊急時の脱出路の出口があるはずだ。
脱出路はそのまま砦の秘密廊下網に繋がっているから、こいつで内情を探るよ。」
ゴソゴソと腰嚢から干し肉を出してかじり、それを咥えながら長い金髪をアップにまとめあげる。
「御身が潜入を!?」
かがんでいた熊がビクッと跳ね起きた。主人が危険を犯そうと言うとき、アトスはいつもこういう反応を示す。
「何言ってんだい?当たり前だろ? アトス、あんたはさっきの場所でその商隊の動向を見張っておくんだよ。必要なことを聞いたらさっさと撤収するから、夕暮れ前にここで落ち合うよ」
いつもこの種の小言を聞き慣れているせいか当然の如く言い、いつの間にか右手に持っていた干し肉をかじり出す。
「全く、この御仁は・・・」
嘆息混じりに、小さいボヤキが漏れた。
「ああん? あんだって??」
明らかに、いつものやりとりを楽しんでいるようだ。
目が笑っている。
「いえ。御意に」
それ以上言うことはせず、アトスはただ肩をすくめ主人の装備を外すのを手伝った。
狭い秘密通路に潜入するのに、カチャカチャ音のする防具は装備して行けないし、動きが大幅に制限されるからだ。
「夕暮れまでに戻らなかったら、待たなくて良いからナジナに戻ってワド爺に指示を仰ぐんだよ」
装備を外し寸鉄と短剣だけ身に付け火種を手に取ると、例の図面を胸元に入れて川の畔を上流に向かって歩き出した。
「ハァ・・・・・ギリギリまでお待ちしております。」
アトスの半ばあきれた声を背中に聞きながら彼女は歩を進めていった。
「そろそろこのあたりのハズなんだけどねぇ・・・・・」
陽が中天に差し掛かるころ、図面を見ながら彼女は歩を進めていた。足下はすでに膝下まで濡れている。
「おっ? これかねぇ!」
見ると、川の砦側のほとりにある岩場に、朽ちた蔓草だらけの石でできたアーチ状の入り口らしきものがあった。石が風化しているのか完全に景色と同化しているため、一見しただけでは見逃してしましそうな佇まい。高さはアトスの背丈ほどだが、幅はひと一人通れるかどうかの大きさだ。アトスだったら、結構無理をしなければ入れないし、入ったところで身動きがとれないだろう。
中は真っ暗で、どのくらいの長さがあるか全くわからない。図面によると罠の類いはなさそうだが・・
彼女は、その辺で拾った何個かの松ぼっくりの一つを寸鉄で刺し、その辺で拾ったカラカラの蔓草でぐるぐる巻きにすると、火をつけて簡易の松明とし手袋で持ちながら歩進めた。
「さてさて、何が出るやら・・・」
そう呟くと、通路の闇に消えていった・・・・・。




