4日目 午前
「おい!おすなよ!」
「しっ!しゃべっちゃだめ!」
「このひと、もうあかるいのになんでねてるの?」
「だめよ!いんちょうせんせいがいっちゃだめっていってたじゃない!」
・・・壁の向こうでコソコソ喋っている子供の声で目が覚めた。
どうやら朝らしい。
「あっ!おきた!」
「みつかるぞ!はやくにげろ!」
その声を最後に、子供の声が足音と共に遠ざかり聞こえなくなった。
相変わらず視界は真っ暗だが、なんとなく周囲の気配というか音に敏感になってきた気がする。
今も同じ空間?部屋?の中に誰かが立てている衣擦れの音と、カチャカチャという金属音がする。
おそらく監視役だろう。
「起きたか。矢傷の具合はどうだ?」
女の声だ。たしか・・ラディといったな・・
女声にしては低音で話しているが、どこか無理しているような、幼さの残滓があるような声だ。
「ああ。痛みはなくなった。動けば少し痛む程度だ。礼を言う」
足音がして、
「傷を見せてもらうぞ。」といって、背中をたくしあげた。
「ふむ・・そうだな・・これなら後は日にち薬といったところか。」
顔を近づけているのか、吐息が背中に当たってなんだかゾワゾワする。それに何か花のような、爽やかな香りがフワッと頬を撫でた。
「医術の心得があるのか?」
装備をつける職業の人間にしては珍しいからな・・
「いや。負傷はいやと言うほど見てきただけだ。治り具合もな」
「できても、せいぜい応急処置程度だ。」
ラディが、2,3歩後退する足音がした。爽やかな香りが遠ざかる。
「そうか・・・。なぁ、1つ聞きたいのdー」
いきなりドタドタドタと、勢いのある足音がして近づいてくる。
「ねえねえ!ふくいんちょーせんせいが、すーぷのむかってきいてるよー!」
女の子が、全力の声で言ってきた。
「ああ。ありがとう。ではお兄ちゃんの分がほしいと言ってきてくれるか?」
ラディが、ものすごく優しい声で言った。
こういう声も出せるのか・・・・
「うん!!わかった!!」
来た時と同じ勢いでまた足音が遠ざかって行った。
「それで何だ?さっき何か言いかけていただろう。」
堅い声になったラディが聞いた。
「あ、いや、いいんだ。それより、君はスープを飲まないのか?」
この待遇の理由を聞いても言わないだろう。ワドルとかいう人物もそうだったしな。
「任務中だ。飲まない。気遣い感謝する。」
当然といえば当然だ。捕虜の“監視”任務中だもんな。トイレ中に逃げられたら目も当てられないだろう。
しかし、ラディは軍人然としているな。兵卒ではなく、精鋭なのだろうか・・・
ただ、声としゃべり方からすると、軍人たらんとしているように思える。まぁ、監視対象の捕虜に情が移っては仕事にならないしな。当然か・・・
ほどなく、すり足の音が聞こえてきた。
「おねぇちゃ~ん。すーぷ・・・」
先ほどの女の子の声だ。スープをこぼさないように持ってくれたのだろう。
「あ~ありがとうね~。スープもらうからね~。偉いね~。」
先ほどの優しい声に輪をかけて優しい、ゆっくりとした猫撫で声でラディが言って受け取ったようだ。
「スープだ。ここに置くぞ。」
堅い声だ。声のトーンの落差が激しいな・・・
と言いつつ、俺の手を取ってスープ皿まで誘ってくれる。
素は、優しく子供好きな女性なのだろう・・・
今日のスープには「あの薬の匂い」がなく、なんと肉が入っていた!この肉の匂い!
肉なんて半年以上口にしていない。たまに警邏中の部隊が遭遇した鹿や猪を狩った時ぐらいしか口にできない。それも、砦のみんなで分けるスープになるので薄く薄くなったヤツだ。まぁ、端的に言うと「上官が食った後の残りの部分スープ」だ。それ以外は、芋と野菜スープしか支給されない。
貪り食っているとラディに「おかわりならあるから、ゆっくり食え」と、ため息まじりにたしなめられた。
3杯ほど平らげて、やっと人心地ついた。旨かった。
「ふーーーーっ!!食った食った。 ・・そういえば、昨日までのスープには薬の匂いがしたな・・」
しまった!!! つい口に出てしまった! 満腹になると油断するというのは本当だな。薬に気づいていたことがバレてしまった・・。
「ああ、おまえの体は毒からの回復で憔悴していたからな。薬師に命じて解毒薬と、よく眠る薬草を煎じて入れさせていた。」
カチャカチャと食器を片付ける音をさせながら、ラディが淡々と言った。
なぜ、さも当然のように言うのだろう? 俺は捕虜だぞ? なぜ貴重な資材を使う?
まぁ、答えは貰えないのだが・・
食器を片付けるためか、彼女の足音と気配と匂いが遠ざかっていくと、遠くで子供たちが発する甲高い声の残響だけが残った。
・・・・ん? 俺は今一人か? ラディの気配がしない。あの爽やかな匂いも。
目が見えないとは言え、捕虜を一人にするか???
ひとつ試しに行動して反応でもみるか・・・
ベッドから立って歩いてみようとした。
失敗だった・・・・。
毒で体が衰弱していたのか、5日ほど横になりっぱなしだったのかは分からないが、立って歩こうとした途端、サーっと血の気が引く感じがして意識を失った。




