3日目 宵~深夜
「アトス、今から馬でナト砦に行く。馬車から馬をはずしな。」
彼女は孤児院の部屋の木戸を閉じるなり命令した。その声は大きくはないが、木造の廊下によく響く。
しゃべり方ではおよそ似つかわしくない、輝く金色の長い髪を揺らしながら。
「閣下、これからでは闇の中の移動になります。危険です。」
浅黒い短髪がピクッと揺れ、険しい表情でアトスが見下ろしながら諫める。
「んなこたぁ、分かってるよ。ただ、時間が惜しいんだよ。接敵から日が経ちすぎちまってるからね。」
「早くしないと、確認ができなくなっちまう。それに今夜は半月だから行けるさね。」
孤児院の戸口に向かいつつ、だんだん足早になってゆく。
「御意」と言ってアトスは馬を外しに先に行った。
「その様子では、やはりということですかな?」
ワドルが長い白髭を揺らしながら、戸口で彼女の装備を持って立っていた。普段着ではなく、登城するときの正装になっている。女の自分と同じぐらいの背丈なのに、自分より巨大な存在というか底が見えない何かをいつも感じる。
「ああ。それも最悪の部類みたいだね。メンドくさいったらないね。」
ワドルから受け取った自らの鎧をカチャカチャ音を立てながら装備し、佩剣すると
「ワド爺は、領都で後ろの守りと補給線の維持をしとくれ。後方の無能な味方とも戦わないとね。」
そう言うと、干し肉をかじった。
「ふぉっふぉっ、あいわかりましぞ。この爺めにお任せあれ。」
「早速登城して、あれこれ嫌がらせを致しましょうぞ。」
長い白髭が大きく揺れる。いかにもこの状況を楽しんでいる様子だ。
「して、アトスを供に?」
同じく白く長い眉の奥で、眼光が鋭く光った。
「ああ。アトスと行く。今は時間が惜しい。2騎でいくよ。」
何か感じたのか、普段は持ち歩かない寸鉄を腕と腰に仕込んでいる。
「やはり、ネズミが入り込んでおるようですの。」
先ほどの眼光のままワドルが出口へ誘う。
「予測はしてたがね。イヤな予測ほど当たるモンだよ。」
「ただ、今回はお隣さんの軍にも同じネズミの群れが入っているらしいね。」
干し肉を食いちぎりながら歩く。
「ほっほー!それはそれは!」
「なれば、この領都でも暇になることはありますまいの!」
磊落に笑いながら、一通の書状を差し出す。
「取り急ぎこちらをお持ちくだされ。ナト砦の本来の図面ですじゃ。」
「あの古い砦には、いろいろと仕掛けがございましてな・・」
ワドルがニヤリと笑うと、長い白鬚が斜めに傾く。
「わかった。後は頼んだよ。」
「・・・ああ、例の捕虜はラディが護衛のもと外出してもいいからね。ただ耳目を集めないように」
図面を受け取ると、馬にのりながら「アトス、行くよ!」と声をかけた。
既にアトスは乗馬し出撃の体勢になっている。
「御意! ではローデア卿、失礼致します。」
アトスがそう言うと、二人は闇の中に蹄の音だけを残して行った。




