2日目
あれからどれくらい眠っていたのだろうか。
気がつくと、どうやらベッドに寝かされているようだ。
幌馬車の振動はどこにもない。
手の拘束も解かれて、普通に寝かされている。
「まだ目は見えないか・・・・」
試しに起き上がってみると、背中の痛みは大分引いていた。
ギシギシとベッドが軋む音がしたので、木のベッドらしい。
カビ臭くなく、石の部屋独特の反響もないので、どうやら牢や監獄に囚われているわけではないらしい。
捕虜に対する待遇としては、かなり異例に思える。祖国の基準では、怪我人だろうが病人だろうが、一緒くたに石作りの地下牢が普通だ。
意識が途切れる前、領都ナジナに向かっている途中だった。
ここにこうしているのは、到着したということか・・
「あっ!」
突然、子供の声とおぼしき声がした。唐突だったので思わずビクッとしてしまった・・
「このひと、おきたよ~~~!」
部屋の外に声の限り叫んでいる。ドアの音がしなかった。開け放しか、無いのか・・
「ねぇ!お~~き~~た~~よッ!!」
返事が無いらしく、足音をたてて声が遠ざかっていく。
子供? 捕虜を寝かせている部屋にこども? ベッドにしても、牢でないことも、なんなんだ一体?
今更ながら、この状況に混乱してきた・・・
と、足音が複数近づいてきた。
「お~、お~ やっと目覚めましたかな?」
柔らかい、柔和な、年期の入った老人の声だ。男性だろうか?
声だけでおおよその年齢を推し量るのは、なかなか難しい。
「ここは?」
声が戻っている。いよいよ回復に向かっているらしい。目以外は。
「ここは、ナジナの孤児院じゃよ。」
孤児院?捕虜に?なぜ?
「ほっほっほっ!なぜ捕虜なのに孤児院におるのか。という顔をしとるの。」
「心配せんでいい。じきにあの方が色々なことを整理してくださるじゃろうて」
柔和な印象があった声だが、老獪な響きもあるように感じるな・・
「はっはっ!おぬしは本当に思っとることが顔にでるの~」
「何も隠しとらんわな。ワシはここの院長のワドルじゃ。目が見えんと聞いておるが、どうやらそうみたいじゃの」
なんだか、喋っているのを聞いていると磊落なのか胡散臭いのか、つかみどころがない爺さんだな。
まぁ、鵜呑みには出来ないな・・・って、これも顔に出ているのか?
「おぬしも色々と聞きたいこともあるじゃろうが、ワシらは話すことができん。」
「あ~、“ワシら”とは、ここにおるワシとおぬしの護衛役のラディとアトスじゃな」
確かに、足音は複数だった。が、“俺の”護衛役だと?俺は捕虜だろう?戦場の女が言っていたじゃないか。
「ラディよ。」
「アトスだ。」
ラディが女の声、アトスが男の声だった。二人とも声が若い。兵士だろうか?
「意味がわからない。俺は戦場の女に捕虜と言われたが?」
「貴様!不敬だぞ!」ーいきなりカチャンという音がした。剣を抜く音は聞こえなかった。さっきアトスと名乗った男の声だ。
「まぁまぁ、そう慌てなさんな。二人も落ち着きなさい。侮辱の意図はないじゃろうが。」
さっきよりも柔和な声でワドルが言った。
「しかし・・・かしこまりました。失礼しました。」
アトスの、「ふーっ」とういう深呼吸の音がした。
「すまんのぉ。ワシらも上から“何も話してはならぬ”と言われとるでな。」
本当にすまなさそうに聞こえないあたり演技なのか、話し方の技術なのか・・
「ま、とにかく安静にすることじゃ。どのみち本調子ではないのじゃろ?」
頷くと、背中の傷を見るといってワドルが包帯を解いた。
「ふぅむ・・・矢傷自体の腫れは引いたの。血色も良さそうじゃから矢毒は無事解毒できたみたいじゃの。汗もかいておらんしな。」
と言うと、何か塗り薬のらしいものを背中に塗り、包帯を新しいものに取り替えた。
「これでよし、と。おぬし、スープぐらいは飲めるかの?」
また、頷くと
「では、わしはスープ持ってくるでな。ラディとアトスはドアの外で護衛に立っとるで、何かあれば声を掛ければええからの。ま、一応おぬしは捕虜ということじゃやからの」
そう言うと、三人の足音は部屋から出て行きドアと鍵の閉まる音がした。
これは、捕虜を牢に入れるというより、身分のある者の軟禁みたいだな・・・
それに「一応捕虜ということ」とは、捕虜ではないのか???
全く状況が分からないが、今は体の回復に努めるしかないな。これは。
そういえば、あのアトスと名乗った男の反応・・・俺が言った「戦場の女」という言葉に反応して“不敬だ”と言っていたな。ということは、やはりあの「戦場の女」は貴族か何か、身分のある者のようだ。それに、アトスも近しい忠臣?部下?・・といったところか。
そう考えると、ワドルの言っていた「あの方」や、「上から」の「上」とは、あの「戦場の女」だろう。話し方といい、本当にあの爺さんが孤児院の院長かどうかは怪しいもんだな・・
その後、ワドルがスープ持って来て手を引っ張りスープの場所を教えてくれ、飲んだらそのままにしておく様に言ってから、部屋を出て行った。余計なことは一切喋らなかった。
スープは、あの幌馬車で嗅いだ薬品の匂いが僅かにした。それを飲み干すと急に眠気と同時にどっと体が重くなり、すぐに眠ってしまった。