6日目 承後
目を覚ますと、室外から領軍の喧噪がガヤガヤと耳に入ってきた。
木の廊下を複数の足音が行き来している。
相変わらず目の前は真っ暗だ。
顔に当った室内の空気は、ひんやりしている。・・・もうすぐ冬だ。
俺は横になったまま、昨日の話を反芻しみた。
波乱の人生を歩みたいとは思わないが、なかなかどうして・・・複雑だな。
あの「戦場の女」は、ナン姉ーナンナだった。
郷で小さい頃に住んでいた学校の恩師だ。寝食ともに世話になった。
記憶では肩までの金髪があり、ある日突然「水くみ中に死んだ」と聞かされていた。
当時の見た目で20歳ぐらいだったから、今は35歳ぐらいか・・
まさか再会する事になろうとは。
ナン姉が「ちと長くなるよ」と言って切り出した話は、俺の存在を根底から覆した。
ある組織がある。いつからあるのかは分かっていない。少なくとも100年は遡れるらしい。
俺の育った郷、デ=トロア村はその組織から「繁殖場」と呼ばれているらしい。
近隣に「デ=」がつく村がいくつかあり、すべて「繁殖場」らしい。
何の繁殖場かというと、「人間」だと。
髪・目・肌の色やその他身体的な特徴の血統を全年齢に渡って揃えているらしい。
人為的に。
顧客は主に各国の王族・貴族・商家で、跡継ぎの“スペア”として同じ身体的特徴で同年齢の者を確保し、オリジナルが死亡もしくは跡を継げなくなった時点で、「スペア」を供給する。もちろん、スペア交換がスムーズに行くように、「スペア」には相応の教育を施し、食事も十分に与える。その費用は顧客持ちだそうだ。
一族の身体的特徴を持った「スペア」は、王位や爵位などの継承には家臣などの支持も要るので、確実ではないらしいが、本人と入れ替わることで何も無かったように装え体面が保てる為、一定の需要があるらしい。あと影武者としての需要も。
使われた「スペア」はそれでいいが、オリジナルが健康に地位を継承した場合、多くの場合「スペア」は不要になる。もちろん、ややこしくなるので分からない様に処分される。様々なパターンがあるらしいが、俺に起こった出来事も処分法の一つらしい。つまり、「不運な接敵中の殉職」パターンだ。
つまり、俺は暗殺され運良く命拾いしたらしい。
戦場でクトリが「すまない」といったのはこの事か。
まぁ、アイツも巻き込まれたか何かだろう。
この「組織」は、各国に広く深く根を張っているらしい。
そりゃそうだ。自分達の息がかかっている者が各国の中枢に成り代わるのだから。
ナン姉は「出荷」されたらしい。ある夜、急にデ=トロア村から連れ去られる様な形で馬車に乗せられ、移動中に自分がスペアである事と出荷されること、出荷先がロマドーナ辺境伯家の長女であること、常に監視がつきスペアのことを外部に漏らすと殺されることを教えられたという。ナン姉の今の名はクレア=イ=デ=ロマドーナと言うらしい。なんと家を継いで領主様だという。二人きりとワドル院長以外の時は領主様かクレア様と呼ばなければならない。どうして「スペア」が、しかも女が一国の領主になったかは「色々あったのさ。ただ必死に生きてきただけさね。」の一言で片付けられてしまった。それ以上話す雰囲気ではなかった。ワドル様も「ふぉっふぉっふぉっ」とただ笑っていただけだったしな。
そうそう、孤児院のワドル院長は実は辺境伯領で宰相のワドル=デ=ローデア様と言うらしい。孤児院の院長も兼務しているらしいから嘘ではないし、なんか宰相と言われた方がしっくりくるな。あの爺さんは。ナン姉・・・クレア様曰く「こっちに来てからのくされ縁さね」らしいが、まぁ敵ではなさそうだ。味方かどうかは・・・一旦保留だな。
クレア様は、俺が背後から射られて倒れた時にすぐに、俺がイングだと認識したらしい。
「アンタは知らないだろうが、[スペア]には右耳の後ろに管理用の記号が彫ってあるのさ」といってケタケタ笑った。「イングは黒丸三点。教え子は皆確認しているからね。ただ確信が持てなかったんだよ。再会できるとは思ってなかったからね。」だから、直接俺の口からの情報で確信できるまでは名乗らなかったそうだ。まぁ、違っていたら大事だしな・・
クレア様によると「組織」は、国境を跨ぐ「ジェーネス商会」が各拠点を繋いでいるらしい。
俺が背後から射られたことに違和感を持った彼女は、俺がいた国側の国境にも「組織」が根を張っており、自身が俺の部隊と鉢合わせになった状況も仕組まれたと踏み、領内のある砦に忍び込むと、やはりその砦にその商会がおり、領軍幹部の一部が「組織」で領都に護送された俺の再暗殺の準備をしていたらしい。とって返し、ワドルと網を張り罠を仕掛け、実行部隊を捕縛できた。ということだ。やはりアトスは張っていたんだな・・
「さてイング、お前さんこれからどうするね?」
話の最後にクレア様は訊いた。俺は建前では捕虜ということになっているが、嫌疑不十分でいつでも釈放できるらしい。ただ、釈放といっても、他国で身一つでいきなり放り出される事になる。方針というか身の振り方を決めるまでは、しばらくここに居ると良いと言ってくれたので、そうしますと返事した。
なら・・と、「アンタのその目を治さないとね。解毒と治癒の魔法師を手配しておいたよ。明日来るから受けるといい。だだ治癒魔法は消耗品だ。魔法師が使えば使うほど効果が無くなるモンだからね。絶対じゃない。あんまり期待しすぎるんじゃないよ。」俺の右肩をポンと叩いて出て行った。
魔法ーー俺の国では奇跡と言っていたヤツっだたか。毒や傷を癒やすモノらしい。尤も、おエラいさん専用で、見たことはないが。消耗品だとは知らなかったな・・
コンコンとノックの音と扉が開く音、近づく足音がして、
「イングさんですね。ローデア卿から派遣されました治癒魔法師のサケティと申します。」
年配の女性の声だ。衣擦れの音がするので丈の長い服をきているのだろうか。
はい。よろしくお願いします。と言うと、横になって楽にしてくださいと言うのでその通りにした。
「では時間もありませんので、早速始めます。」
そう言うと、彼女は俺の両手を持ち呪文?を唱えた。
「エコリスィ アポカタスィ」
・・しばらくすると、だんだん背中の傷付近と目がポカポカしてきた。
俺は、「さて、これからどうするかな・・」と考えているうちに眠りに落ちた。
ピッ♪
【なのましんノ通信可能量ニ到達シタ個体ヲ認識】




