最後の魔女と始まりの聖女
「私の婚約者、ノア・テレジアは魔女だ!」
民衆が詰めかけた広場で、辺境伯のベルクランド卿はそう宣言した。
魔女呼ばわりされた私は、今まさに十字架に縛りつけられている。
「ノアは黒魔術で人々を惑わし、まんまと私の婚約者の座に着いた……!」
ベルクランド卿はこぶしを固く握り、怒りと後悔を表現する。
「しかし、いま私の隣にいるエリーザが、ノアを魔女だと見抜いてくれたのだ」
名前を呼ばれた令嬢エリーザは、嫌味なほど豪華なドレスで椅子に座り、ベルクランド卿と共に、特設台から民衆を見下ろしている。
「私は魔女ノア・テレジアとの婚約を破棄し、この麗しき女性、エリーザ・バートリと新たに婚約することを、今ここで神に誓う!」
領主の婚約宣言に、民衆から祝福の声が上がると、ベルクランド卿とエリーザは笑顔でそれに応えた。
「――ではこれより、我らの婚約記念として、魔女ノア・テレジアを火あぶりの刑に処す!」
人々から「待ってました!」と歓声が巻き起こる。
残酷なことに、公開処刑は民衆の娯楽でもあった。
(あぁ、なんでこんな事に……――)
処刑を前に、私の頭の中では、これまでの人生が走馬灯のように巡り始めた。
◇ ◇ ◇
前世の記憶を持つ私は、辺境の小さな村で生まれ育った。
特別な力なんて与えられなかったけれど、この世界の文明レベルは、元の世界の中世程度。カリスマ主婦の栗花ナツミさんを師と仰ぐ私が、普通に家事をこなしているだけで、小さな頃から神童だなんだと周囲に驚かれた。
その噂は、やがてベルクランド卿の耳にも入った。
私は平穏な日々を送りたかったのだが、辺境伯との縁談を断れるはずもなく、ベルクランド卿と婚約することになってしまった。
しかし、それをよく思わない者がいた。
そう、本来婚約者になるはずだった御用商人の令嬢エリーザ・バートリだ。
彼女は自らの立場を利用して、私のスキルを黒魔術だと世間に吹聴した。
そして……――
「早く火を着けろっ!!」
「邪悪な魔女を殺せぇっ!!」
こうなったというわけだ。
「まぁまぁ、皆さん気持ちは分かりますが少し落ち着きましょう」
新たな婚約者の地位に着いたエリーザが、意気揚々と場を仕切りだす。
「魔女といえど遺言くらい聞いてあげましょう。それが、私たち人間が神より与えられた『慈悲の心』というものですわ」
「おぉ、エリーザ様はなんとお優しい……!」
「まるで聖女さまのようだわ」
「ふふふっ……」
エリーザは全てが思い通りで大層ご満悦のようだ。
「さぁ、魔女ノア・テレジアよ、何か言い残すことは?」
そう言って、エリーザは勝ち誇るような笑みを私へ向けた。
醜い性根を隠すように、今日も見事な白塗りの厚化粧だ。
「……ふん」
この女は、私の無様な命乞いを期待しているんでしょうけれど、証拠など不要な魔女狩りで捕まってしまったら、それを覆すのはほぼ不可能。
(だったら……)
「――エリーザさん、これは風の噂で聞いたのですけれど……」
「?」
「貴女、政府に資金援助を受ける御用商人の娘だというのに、ずいぶん隣国の高官と親しいそうですね?」
「!?」
ザワ、ザワ……
「それと、民が教会に寄付した品を横流ししているとの話も聞きましたが、それは本当なのですか?」
「な……っ」
せめて、この女の片足でも地獄へ道連れにしてやろうと、辺境伯の婚約者という立場になったからこそ聞こえてきた噂をこの場で公表してやった。
ザワザワ、ザワザワ
私の思いがけない告発に、民衆の騒めきが大きくなっていく。
「し、静まりなさい!! 今のは全部、罰を逃れようとする魔女の戯言よっ!」
この慌てよう、どうやら噂は本当だったようね。
「ちょっと、何してるの!? さっさと火を着けてしまいなさい!」
「は……はいっ!」
余裕の態度から一転。
エリーザに急かされた小役人の手によって、十字架に火が着けられた。
ぼおおおおぉっ
乾いた藁によって、炎が瞬く間に燃え広がっていく。
「っ……ゲホ、ゲホっ」
白い煙が私の全身を覆い息苦しい。
「あはははは!! 醜悪な魔女め……! 懺悔の断末魔を上げながら地獄に堕ちなさいっ!」
苦しむ私を見てエリーザが高笑いする。
「くっ……」
つま先が叫びたいほど熱くなってきた。
あぁ、こんな事になって、少し神様を恨むけれど、私は正しく生きてきたんだ。
(だから、笑顔で死んでやる……!)
そう、決意したその時、
ぽつ
頬で水滴が弾けた。
そして、
ぽつ……ぽつ……ぽつ……ザァァアアアアアア
突然の雨によって、火の勢いが急速に衰えていく。
「ちょっと、何なのよ……っ、さっきまであんなに晴れてたのに……!」
動揺は民衆にも広がっていき、早々に広場から帰る者も出てくる。
「……しょうがない。ひとまず降ろせ……!」
魔女の処刑は火あぶりが慣例。
雨で公開処刑は一時中止となり、私は十字架から降ろされていく。
「……ふぅ」
このタイミングで雨とは、神様が助けてくれたのだろうか。
とはいえ、処刑までの時間が少し伸びただけではある。
「魔女め……! きっと黒魔術で天候を操って雨を降らせたのね……!」
予定の狂ったエリーザが、悔しそうに私を睨み付けていた。
(んなわけないでしょ。天候を操れるなら、お前に雷落としとるわ)
やれやれと思いながら、小役人に改めて手を縄で縛られていると、
ドドドッ、ドドドドッ
突如、けたたましい蹄の音と共に、数人の騎馬隊が広場に駆け込んできた。
騎馬隊の物々しい雰囲気に、周囲の民衆が何事かとざわつく。
そして、一人の騎士が馬から降りて兜を取ると、そのざわめきは一層大きくなった。
「――ふぅ、どうやら間に合ったようですね」
その騎士は、煌めくような金髪碧眼の美丈夫だった。
「バ、バーナード卿!?」
騎士の顔を見たベルクランド卿が驚きの声を上げる。
(バーナード……)
その名は、こんな辺境に住む私でも聞いたことがあった。
代々騎士の家系のサラブレッドにして文武両道。
一般の騎士よりも位が高い、国王直属の精鋭部隊、『神聖騎士団』の若き団長であり、"王の盾"の異名を持つ、バーナード・フィン・ローウェル。
その甘いマスクで、王都の女性の絶対的なアイドルだという彼が、何故こんな所に……。
「お久しぶりですベルクランド卿。民を惑わす魔女の噂が王都にまで届き、後学の為に一目見ておこうと手勢を率いて参りました」
そう言ってバーナードが恭しく一礼する。
神聖騎士団長という立場で、わざわざこんな辺境くんだりまで来るとは……。
『正義感が強すぎるのが玉に傷』というのは、噂通りのようだ。
「それで、魔女というのはどちらに?」
「まぁまぁ、バーナード様ぁ、ご足労感謝いたしますわぁ!」
先程とは打って変わって、エリーザは体をくねらせながら、媚びるような猫撫で声でバーナードにすり寄っていく。
(気色悪るっ!)
「この女が醜悪な魔女でございますわ」
そう言って、エリーザが私の髪を荒々しく掴み上げた。
(痛てーな、この厚化粧が!)
「あぁ、こんな醜女を、王の代行者たる団長様の目に映すのも心苦しいですわ」
「…………」
しかし、バーナードはエリーザの言葉など耳に入らない様子で、私の顔を見てキョトンとしている。
(あァん? なに見てんだコラ)
普通の女性がこんなイケメンに見つめられたらドギマギもするのだろうが、生憎いまの私はそれどころではない。敵対心むき出しで思いっ切りガンつけてしまう。
だが、そんな私にバーナードは、
「……醜女? 彼女のどこが醜女なのですか?」
と、そんな嬉しいことを言ってきた。
(お、なんだお前、見る目あんじゃん。さては良い奴だな)
「なにを仰いますバーナード様! 見て下さい! この醜女ったら、この歳でこんなにシミとシワが……え……」
すると、エリーザまでもが私の顔を見て驚き、髪から手を離した。
一瞬何事かと思ったが、
(……あぁ、そうか)
実は男避けの為に、私はあえて老け顔メイクをしていた。
そのお陰で、ベルクランド卿に夜を誘われることもなかったのだが、どうやらこの雨でメイクが落ちてしまったようだ。
「ノ、ノア……君はそんなに美しかったのか……?」
私の素顔を見て、ベルクランド卿が呆然としている。
「……今更そんなこと言われても。貴方の婚約者は彼女でしょう?」
私の言葉でベルクランド卿が隣を見ると、
「ひぃ、ば、化け物……っ」
エリーザの顔を見て咄嗟にそんな声を上げた。
「わ……私が化け物ですって……っ」
あらあら。
確かに今のエリーザは厚化粧が雨で落ちて酷い顔だけれど……。
でも、化け物は非道くない?
「――ふむ、ふむ。そうか、分かった」
ふと見ると、バーナードに部下が何やら耳打ちをしていた。
そして、
「よし、私が許可する。ベルクランド卿とエリーザ嬢を捕らえよ」
バーナードの指示で、ふたりはあっという間に拘束されてしまった。
「バ、バーナード卿!? これは一体……?」
「な……何をなさるのですかっ!?」
突然、騎士に組み伏せられ、ふたりは困惑する。
「いま民の方から、エリーザ嬢の悪行について、いくつか告発がありました。その為、私が国王様より預かる『執行権』を行使し、婚約者であるベルクランド卿ともども身柄を拘束させて頂きます。御二方、どうか我々と王都までご同行を」
「「な……」」
急転直下の事態に、ふたりは呆然としている。
そして、バーナードは懐から短剣を取り出すと、
「失礼」
ブチッ
私の手を縛る縄を、手早く切ってくれた。
「魔女と呼ばれていた貴女にも、色々とお聞きしたい事があります。拘束はいたしませんので、どうか我々とご同行を」
「はぁ……」
こうして私は、バーナードらと共に、王都イザヴェルへと向かうことになったのだった。
◇ ◇ ◇
3か月後、王都の教会。
「――ふぅ……」
合同礼拝を終え、私は一息ついた。
「ノアさん」
そこへ、柔らかな声がかかる。
「今日も勉強会、お願いします」
「ええ、分かりました」
同僚の修道女に請われ、教会の庭へと向かう。
あの後、私は宮廷裁判によって無罪判決となると、教会へと預けられ、そのまま修道女となった。
「――まぁ、良い香り」
「そうでしょう。この紅茶、クレアさんの実家から届いたんですよ」
暖かな昼下がり、教会の庭で、同僚の修道女たちとお茶をしながら、少し優雅な勉強会を開く。
「それにしても、聖書の言葉をあのように解釈するなんて、ノアさんのお考えは画期的ですわね」
「そんな、普通ですよ。女性だから黙っているなんて、その方がおかしいです」
この勉強会の目的は、元の世界風に言えば、価値観のアップデート。
目障りな人間を、悪魔の使いとして理不尽に迫害する魔女狩り。
特に多いのが、抵抗が出来ない女性、子ども、お年寄りだ。
今回、私はその恐ろしさを身をもって体験した。
いまだ古い価値観が蔓延るこの世界を、少しずつでも変えていけたら……。
今、私はそんな風に思っている。
「流石は聖女さまですね」
「もう、やめて下さいよ、その聖女っていうの……」
「ふふふ、諦めて。聖女ノアの噂は、もう宮廷にまで届いてるんだから」
こうして勉強会を開いているうちに、今では聖女とまで呼ばれるようになってしまった。
聖女なんて柄ではないのだが、大人しく受け入れるしかないようだ。
「――失礼いたします」
そこへ、仰々しい挨拶と共にバーナードが現れた。
「まぁ、団長様!」
普段は貞淑な修道女たちだが、王都のアイドルの登場で一斉に色めき立つ。
「どうかしたの?」
「はい。エリーザ嬢の一件について、ノアさまにいち早くご報告をと思いまして」
「あぁ、そう……」
私にとって、あれはすでに過去の出来事なのだが、一応聞いておこう。
「敵国との内通、物資の横領、虚偽の噂で民を誑かし、有罪となったエリーザ・バートリは、今朝、魔女として火あぶりの刑に処されました」
「そうですか……」
自業自得とはいえ可哀想に。
「あ……」
「どうしました?」
「そういえば……今朝、雨は降らなかったわね」
「はい。今日は朝から雲一つない快晴です。雨など降る気配もありませんよ」
「そう……」
当然よね。
だって、この世界に魔女なんて居ないんだから。
宗教は時に、薬にも毒にもなる。
私のような被害者を、そして、彼女のような加害者を生まない為にも、魔女狩りという差別の温床を早くなんとかしなければ。
改めてそう強く想う。
「それと、ベルクランド卿についてですが……」
「はぁ……」
今更あんな男、どうでもいいのだけれど。
王都に着いた後、ベルクランド卿は兵士に脇を抱えられながら私の元にやって来て、よりを戻してくれと何度も土下座してきた。
もちろん丁重にお断りしたけれど。
「ベルクランド卿は、エリーザ嬢に唆された罰として、爵位と財産を全て剥奪され北方に送られたそうです。風の噂では、今は物乞いに身をやつしているとか……」
「あらあら……」
こちらも可哀想に。
でも、貴方は命が助かっただけマシでしょう。
いつか聖女として地方巡礼する機会があれば、水とパンでも施してあげようかしら。
「あの、それと、もう一つ。ご報告というか、聖女さまへのお願いというか……」
珍しくバーナードの歯切れが悪い。
「どうしたの? 何でも言ってごらんなさい」
聞いてあげるかわからないけど。
「聖女ノアさまのご活躍を耳にした国王様が、ぜひお会いしたいと……」
!!
「え、面倒くさ……い、いえ、そんな、恐れ多いですわ……!」
「まあ! 国王様から面会を請われるなんて、さすが聖女さま!」
周りは栄誉だなんだ言うけれど、私は心底興味ない。
オフは出来るだけ自室でまったりしていたい。
「あの、私、田舎育ちで……、宮廷での振る舞いに自信がなくて……」
ベルクランド卿の婚約者になった際、ある程度のマナーは教えられたが、それを隠して、私はこの件をやんわり断ろうとした。
ザッ
すると突然、バーナードが私に跪いた。
「ならば、私が聖女ノアさまをエスコートさせて頂きます」
「ちょ、ちょっと!」
私はお姫さまじゃないっつーの!
「くすくす。最近、バーナード様ったら、宮廷で『聖女の忠犬』と噂されているそうですよ」
「もしかして、おふたりってお付き合いしてるんですか?」
「だとしたらノアさん、王都中の女性を敵に回しますよ~」
周囲の修道女たちが、きゃあきゃあと囃し立てる。
「そんなんじゃないから!」
まったく。
恋バナ好きの修道女ってどうなのだろうか。
「敬愛する聖女さまに礼を尽くすのは騎士として当然ですので」
バーナードは跪きながらも、からかう修道女たちに正面から反論している。
こっちはこっちで、相変わらず堅物というかバカ真面目というか……。
しょうがない。
お利口なワンちゃんにはご褒美をあげないと。
「バーナード、貴方の顔を立てるわ。国王様と会いましょう」
「! ありがとうございます」
私が了承すると、バーナードは凛々しい顔を綻ばせた。
(ふふっ、忠犬というより大きな子犬みたい)
まあ、国王との関係構築は、私にとってもこの教会にとっても悪いことではないでしょうし。
ふふふ。ついでに団長様のエスコートのお手並みも拝見しましょうか。
こうして、魔女として火あぶりになるはずった私には、華やかな王都での、平穏でたまに忙しい、何気ない日々が待っていたのだった。
後に、聖女ノアの尽力によって魔女狩りは規制され、エリーザは火あぶりとなった"最後の魔女"と呼ばれた。
そして、ノア・テレジアは初の女性教皇となり、"始まりの聖女"として歴史に名を刻んだという――
最後までお読みいただきありがとうございました♪