影のルーク編
---最弱の村人が、最も恐れた影---
迷宮の空気が、これまでとは明らかに違っていた。
静かすぎる。
雷も、風も、魔力のうねりすら感じない。
「……来る」
ルークの戦闘直感が、警鐘を鳴らした瞬間――
彼の前に現れたのは、“もう一人の自分”だった。
同じ顔。
同じ装備。
だが、目だけが決定的に違う。
影のルークは、淡々と告げる。
「小林 遼。
いや――ルーク。
お前は、本当に“生き延びた”のか?」
その名前を聞いた瞬間、
ルークの心臓が強く脈打つ。
(前世の……名前……)
「俺は、お前だ。
孤独だった記憶も、
誰にも必要とされなかった時間も、
全部、切り捨ててここに立っている存在だ」
影が剣を抜く。
「問いは一つだけだ。
お前は“仲間を得たから強くなった”のか、
それとも――
“弱い自分から逃げただけ”なのか」
剣が交差する。
火花ではない。
記憶と記憶がぶつかる音だった。
剣戟が止んだ瞬間、世界が歪んだ。
迷宮の壁が溶けるように崩れ、ルークの視界は一転する。
そこにあったのは、かつての世界――灰色の空と、無機質な街並み。
「……前世の、記憶?」
影のルークは、まるで懐かしむように周囲を見渡した。
「そうだ。
誰にも期待されず、
誰からも名前を呼ばれなかった世界だ」
ベンチに座る“過去の自分”。
スマートフォンを握りしめ、誰からの通知も来ない画面を見つめている。
「俺は――」
「違う。
“俺たち”だ」
影は言い切る。
「お前は転生で救われたと思っている。
だが違う。
お前は“弱い自分”を置き去りにしただけだ」
胸が、痛んだ。
否定したい。
だが、影の言葉は正確すぎた。
「俺は……生き直したかっただけだ」
「だから問う。
その強さは、本当に“自分のもの”か?」
世界が砕け、再び迷宮へと戻る。
影のルークの剣が、今度は本気で振るわれた。
雷鳴。
剣と剣が交差するたび、魔力が暴発する。
影のルークは、ルークの動きを完全に読んでいた。
「なぜ……!」
「同じだからだ。
お前が“次に何を選ぶか”、
俺はすべて知っている」
影の剣が、ルークの胸を貫いた。
致命傷――ではない。
だが、膝をつくには十分だった。
「くそ……」
視界が揺れる。
EXスキル《運命を超える者》が、反応しない。
「奇跡は都合よく起きない。
それが、お前が一番よく知っている現実だろう?」
影は剣を振り下ろさない。
「まだだ。
この程度で終わるなら、
お前は“俺以下”だ」
影が霧のように消え、声だけが残る。
「次は、答えを持ってこい」
ルークは、迷宮の床に倒れ込んだ。
暗闇の中で、声が聞こえた。
「――ルーク」
セレスティアの声。
続いて、アリスの気配。
(……これは幻?)
だが、二人の表情はあまりにも現実的だった。
「あなたは、いつも一人で背負いすぎます」
セレスティアは、静かにそう告げる。
「助けられることは、弱さじゃないよ」
アリスが笑う。
「一人で立てるのは強さ。
でも、誰かと立つのは“選択”だ」
その言葉が、胸に落ちた。
(俺は……逃げたんじゃない)
影のルークが、再び姿を現す。
「仲間がいるから強い?
それは依存だ」
「違う」
ルークは、立ち上がった。
「俺は――
一人に戻れる。
それでも、仲間を選んだ」
EXスキルが、初めて“応えた”。
雷が落ちる。
今度の一撃は、技ではない。
意志そのものだった。
影のルークは、笑った。
「……それでいい」
剣が折れる。
影の身体が、ゆっくりと崩れていく。
「俺は消える。
だが――
お前の中には、残る」
影は、最後にこう言った。
「弱さを否定するな。
それも、お前だ」
光が収束し、迷宮が静寂を取り戻す。
ルークの中で、何かが“統合”された感覚があった。
逃げた過去でも、
捨てた名前でもない。
すべてを抱えた上で、前に進む自分。
試練神の声が、初めて直接響く。
「合格だ。
運命を超える者よ」
扉が、次の試練へと開いた。




