第三話 新たな出会いと恋 (前)一門集結・柴田勝家との出会い
前作のように出会いだけで4話使うようなことはしたくないので少し長めですが、前編と後編(長くても間に中編)に分けることにしました。
そのため、前編のサブタイトルも二つ分書かせていただきました。
天文五年(1536)年五月十三日 尾張国 勝幡城 吉法師
二歳…この時代の数え方だと三歳になった。この二年だけでも情勢の移り変わりが激しく、俺が生きていた時代がいかに平和な時代だったかがよくわかる。
中でも、去年末の松平の当主が家臣に殺害された事件は体が震えるほど衝撃だった。確か、叔父の信光が守っていた守山城という城を攻めている最中に起きたと聞いた。何がどうなって殺されたのか、詳しくはわからないが俺も織田信長という人間に(多分)転生した以上、史実では家臣に襲われて死ぬかもしれないからそうはならないように今のうちから出来ることをやって回避していこう。
今川家も当主がこの間亡くなったみたいだ。今川というとあの桶狭間に出てくる今川だよな?噂によると生まれつき病弱で二十四歳で亡くなったそうだ。ここから今川義元が当主として出てくるのかと思ったがどうやらそうでもないらしい。というのも、亡くなった当主今川氏輝には子がいなかったらしく、すぐ下の弟も同じ日に亡くなったらしい。いや、そんなことあるのか?と思ったが何かの運命でそうなったのかもしれないから一旦この問題は置いておくとしよう。
話を戻そう。当主とその下の弟が亡くなったことで、氏輝から見て二人目と三人目の弟が家督争いをするらしい。下の弟が、俺も歴史でよく知っている今川義元だ。普通なら義元のお兄さんが家督を継ぐのが現代社会では当たり前だと思うが、この時代は正室とか側室とか血筋が何とかで色々跡継ぎの決め方がめんどくさいのだとか。まあ、織田家はそんなこと関係ない……そういえば兄がいるんだっけ?よくわからないけど、史実ではもしかして織田家も家督争いとかあるのか?確か本能寺の後は信長の次男と三男が争ったとか……落ち着け、まだ確定したわけじゃない。教科書に書いてなかったってことは信長が生きていた頃は少なくとも上手くやれてたってことじゃないか?だったら今は特に心配しなくていいか。
とりあえず、この二つが尾張周辺で起こった最近の大きな出来事だ。まあ、それ以外にも色々覚えたことはあるけど。美濃は斎藤じゃなくて今は土岐が治めているとか、尾張の中では織田家が一番強いらしいとか。そんなに強いなら出来れば父の代で今川とか西の六角を倒してくれるとこちらとしてはすごく有難いけど史実から考え、とても父では敵わない相手だったのだろうと思う。逆に言えばその二つの家に勝った信長って本当に強かったんだな。当たり前だけど。俺がもしその能力とやらを受け継げたらもっと日々安心して過ごせるだろうに……何てないもの強請りしても何も変わるわけではない。
さて、今日は親戚一同が集まって今後の方針とか話し合うらしい。何故か俺も顔合わせに出されるらしい。まあ、顔を出す程度ならいいか。
「若様、そろそろお支度を」
「ん、わかった」
そうそう、俺喋れるようになったんだよね。それだけじゃない。何とか歩けるようにもなったし、日常生活も基本的なことは大体出来るまでには頑張った。最近は、傅役の平手政秀に織田家にある書物を持ってきてもらって読み書きの練習も始めた。とは言っても書きは手が小さくて筆が持ちづらいから空書きみたいな感じだけど。
大広間に移動すると既に親族の皆は集まっていた。祖父は前に見たことがあったからすぐにわかったが他の人は初めましての人ばかりだ。
「おお、吉法師!しばらく見ぬ間に大きくなったのう!」
「こんにちは、お爺様。今日もお元気そうで何よりです。……叔父上方、初めまして。吉法師と申します。よろしくお願いします」
特に父や政秀には指示されていなかったが自己紹介はしておこうと思ってしたのだが……皆、目をぱちくりしている。この時代、初対面の人に挨拶をするのは当たり前じゃないのか?
「驚いた。これも兄上の入れ知恵か?」
「いや、俺は何も……」
「兄上が俺を使うということは本当に何も仕組んでいないということか……」
父が俺と使っているところを俺も初めて見た。普段は祖父同様、儂を使っているからな。
「まあ、政秀が仕組んだかもしれぬが……あり得ぬな。吉法師の目がそう言っている」
「答えよ、吉法師。其方は何者なのだ?」
二歳児に聞くことか?とはいえ、何かをやらかしたことはわかる。穏便に済ませたいが……一層のこと普通に会話してみようか。
「……吉法師は吉法師にございます。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、生まれた時からある程度のことを知ってこの世に生まれてきました」
「ほう……ならば問う。其方は何のために我が子として生まれてきたと思う?」
もしかして、父は何か知っているのか?ふと祖父を見ると同じような表情をしていた。つまり俺は試されてる?
とすると厄介だな。この答え次第では俺は見捨てられるかもしれない。……天下布武?天下泰平?言葉には出来るけど意味を聞かれたら曖昧だ。……賭けるか。
「俺は、この乱世から戦をなくすために生まれてきたのだと思います。人が殺し合わずに、皆が笑って暮らせる世が実現する夢を何度も見てきました。そのためには、この日ノ本を一つに纏めることが必要になる。その纏め役になり、俺はこの乱世を生き残りたい」
「……ふっ、やはり只者ではなかったか」
「これは、育てがいがありそうじゃの。三郎」
「言われなくともわかっておる。……お前の覚悟、よくわかった。試すような真似をして悪かったな」
どうやら百点満点とまでは行かなかったけど合格点は得られたらしい。いや、油断は出来ないな。周りの叔父たちは俺のことをどう思っているかわからないし、もしかしたら織田家を乗っ取ろうと考えているかもしれない。くれぐれも油断することは出来ない。
「……如何した?吉法師」
「俺は自己紹介をしたのに、叔父上方は自己紹介しないのかなと」
「それはそうだな。お前たち、三法師に挨拶してやれ」
「では、某から。弾正左衛門信康と申します。父上や兄上には与次郎と呼ばれます」
「……では、俺も与次郎叔父と呼ばせてもらおう。与次郎叔父は何が得意なのだ?」
「某が自分で言うのも何ですが、政も武働きもある程度は出来ます。ただ、兄上や孫三に比べたらどちらも劣りますが」
「なるほどな。……孫三というのは」
「私ですな。孫三郎信光、普段は守山城を守っております」
「年末にあの松平を撃退した守山城か」
「いえ、あれは運がよかっただけのこと。清康がまだ生きていたらきっと落城していたでしょうな……」
「そうなのか……」
ここで完全に知ってますよという感じを出さなくてよかった。おかげで松平の元当主の名前まで知ることが出来た。多分、年代からして家康のお爺さんの名前だろう。家康が生まれるのは1542年か43年だったはずだ。そうに違いない。
「……信光は謀も得意なんじゃよ」
「例えば?」
「暗殺、虚報流し、それから―」
謀ってそういうことか。いや、そうだよな。何人の人がそうやって殺されてきたんだろうか……。
「まあ、簡単に言えば便利屋みたいなものですな」
絶対違うだろ。
「次は俺か?四郎次郎信実と申す。武働きしか出来ぬゆえ、兄上のように政は出来ぬ。よろしくな」
言葉遣い……父や祖父も溜息を吐いている。本人はきょとんとしているのを見て、さらに叔父三人も溜息を吐く。なるほど、一番扱いに困らなさそうな叔父だ。
「最後は私か。孫十郎信次でございます。得意なことは……何かあるだろうか」
「そりゃ、お前一つや二つぐらい……何かあったか?」
「……というわけで特に何かに特化してるわけではないですが、よろしくお願いします」
ほう、そういうタイプの人も一人ぐらいいても面白いよね。どれだけ上司の手によって有能な部下が作れるかが大切って聞いたことあるし。
「これで満足か?吉法師」
「うむ。何となく良い叔父上方というのが伝わってきた」
「……せっかくじゃ。この後の話し合いにも参加してもらおうか」
「話し合い?」
一応、この世界の数え方でも三歳児だぞ?何の話し合いに―
「安心せい、ちょっとした世間話みたいなものだ」
「……それは聞きたい」
つい、本音が出てしまった。父は俺の扱い方をもう理解したみたいだな。
「決まりだな……早速だが吉法師、今何をすればいいと思う?」
え?世間話とは?……聞かれたからには答えますけど。
……床に敷かれてる地図を見ながら考えるか。東には大きな今川があって、その左に松平、北は土岐、そして尾張は多くの家があって統一には程遠い状況だ。
さっきの話も参考にすると……俺だったらこうするかな。そう思いながら三河を指さす。
「……三河?」
「話を聞いた限り松平は、清康が亡くなって確実に弱体化している。その隣の今川もお家騒動の最中なら三河まで手を伸ばそうとはしてこない。つまり、今なら三河を獲れるかと」
「しかし、儂らは尾張さえ―」
「三河を獲れば、尾張統一もしやすくなる。松平の家臣……三河武士は優秀と聞く。そんな彼らを味方につければ―」
「まさか、戦をするつもりじゃない……のか?」
俺は頷く。相手が今川や斎藤だったら争うのも一つの手かもしれない。というか、今川には話が通じなさそうという勝手なイメージがあるし。だけど、松平家だったら……父を亡くしたばかりの松平なら、話し合いて解決できるかもしれない。そう思ったんだ。
「……親父、やっぱこいつは只者じゃないわ」
「だから言ったであろう。……さっきの鷹の目、三郎とは全然違うものだったしな」
「……それで、誰が三河に話し合いに行くのだ?まさか、お前が―」
「俺が行くしかないでしょう。発案者が一番理解しているのだし」
「いや、それだと万が一が起きたら―」
「爺を連れて行っても駄目か?」
「政秀…せめて護衛の兵がないと―」
「護衛を用意したら警戒される。少なくとも俺が松平ならな」
「……わかった。一人腕のいい若武者を知っている。そいつをお前に付けよう」
こうして俺の初めての任務、『三河を我が手に』が始まった。
……あれ?俺、どうして表舞台に立とうとしているんだ?
言ってしまったからには覚悟は決める……けど。
天文五年(1536)年五月十三日 尾張国 勝幡城 織田信秀
話し合いが終わった後、親父と二人で茶を飲みながら今日のことを振り返っていた。
「しかし、吉法師は平和主義だな」
「ああ。まさかお前の子なのに戦よりも話し合いとはな」
「……俺も動いた方がいいか。少しでもあの子を楽にするために」
「……那古野か?」
そう、那古野城だ。あの城は今川が治めている城。城主の今川氏豊とは仲が良いが……どうやって落とそうか。
「……那古野城を取ったら吉法師を城主にする。あの目の感じ、三河は織田領にするだろうが三河武士の性格とか考えると三河の城を織田家が治めるようにはしないだろうからな」
「……長年の夢が近づいているのか。儂が生きている間に、それを見ることは叶わぬだろうが、お前は見られるかもしれぬな」
「親父…」
「いいか、信秀。吉法師は儂らと見ている世界が多分違う。だが、それはきっと織田家の未来を明るくしてくれる。だから」
「決して止めるな、だろ?わかってる。今日話して分かった。吉法師は俺たちより人の心がある。決して道を間違えないはずだ」
「ならば、それでよい」
そう言って親父は部屋を出た。
しかし……俺も親馬鹿だな。普通の父親だったら三歳の子に重要なことを任せるような真似はしない。だが、俺は止めない。かつて親父が俺を育ててくれたみたいに、俺も息子を信じようと思う。それが、織田のため、日ノ本のためになるのであればな。
天文五年(1536)年五月十三日 尾張国 勝幡城 吉法師
「というわけだ、爺。俺は三河に向かわねばならぬ」
「は、は!?殿は一体何を考えて……いや、殿もそういう御方であったな。……して、護衛には?」
「爺ともう一人腕のいい者を付けてもらえるらしい。その三人で向かう」
「……畏まりました。それでいつ岡崎に?」
「明日……と言いたいが準備もあるから明後日にしようと思う」
「……畏まりました」
「随分理解が早いのだな」
「御父君が若様のように何を言っても聞かなかったので……若様にも似た何かを感じますぞ」
そう言って、爺は笑う。自分では無理を言っているとわかっている。だけど、やってみないことにはわからない。きっと上手く行く。そう信じて支度に取り掛かることにした。
天文五年(1536)年五月十三日 尾張国 勝幡城 織田信秀
寝る前に御前と話をしている時だった。御前が急に怒り出した。
「誠にございますか!?まだ三つの吉法師を三河にって!」
「ああ、儂は本気だ」
「万が一、吉法師に何かあれば―」
「心配するな、御前。そうならないように善処しておる」
そう言っても御前は怒った顔をしている。無理もない。吉法師の挑戦は到底、この乱世を生きている者には理解できぬだろうしな。
「大丈夫だ。儂らが思っているよりあの子は敏い。儂や親父より何倍もな」
「……それは、そうかもしれませぬが」
いかんな。話を変えた方がよさそうだ。
「お腹の中の子はどうだ?」
「元気ですよ。吉法師の時よりも」
「そうか、元気な子か!」
少し大袈裟に反応したことで御前は少し驚いた。だがすぐに笑ってくれた。
「お腹の中の子のためにもまだ死なないでくださいね」
「わかっておる。大きくなるまでは儂は死ねぬ」
吉法師の弟も彼のような子になるのだろうか。この先楽しみなことが沢山ある。子らのために、少しでも何か残さねばな。
天文五年(1536)年五月十五日 尾張国 勝幡城下 吉法師
いよいよ今日が三河に出立する日だ。爺から鎧とかはいらないかと聞かれたが戦をするわけでもないのにつけても重いだけだと言ったらそれも父に似ていると笑われた。爺も基本的に俺の言うことに疑問は感じるみたいだが、素直に従ってくれる。普段、読み書きを教わる時は大人しくしているからかな。いや、関係ないか。
まずは父に会いに行く。護衛の者ともそこで合流する予定だ。誰か知っている人だと良いのだが……この時代じゃ前田利家や豊臣秀吉は生まれていないだろうからきっと知らない人だろうな。
「父上、準備が出来た。これから岡崎に向かおうと思う」
「父上は言いずらいだろう。親父でよい」
「いいのか?父上の特権だと思っていたのだが」
「織田家は代々父のことを親父と呼ぶ習慣があるのだ」
「なるほど。……その者は?」
凄い、今まで見たことないぐらい体が仕上がっている。しかも、まだ若い。父…親父よりも。
「柴田権六郎勝家と申します。若様が敵に襲われないように全力でお守りいたします」
……!柴田勝家!豊臣秀吉に賤ケ岳で敗れた男か。ただ、そこで名が出てくるということは当時は秀吉に並ぶ武将だったのだろう。信長にも信用されていたんだろうな。つまり、俺もこの男は信用していいのかな。
「……権六?」
「え…?」
「権六と呼んでもいいか?」
「……構いませんが」
何かつんつんしてる?年頃的にちょうど思春期の時期か。
「では、よろしく頼む。権六」
そう言って頭を下げる。頭を上げると権六はきょとんとしていた。
「如何した?」
「いや、主が頭を下げるとは……予想外でした」
「お願いするときに頭を下げて敬意を示す。というのが俺のやり方でな」
「こ、こちらこそ何があっても絶対お守りいたしますので……!」
面白いな、権六は。これはきっと何を任せても安心できる人だ。俺も少しでも信用してもらえるように頑張ろう。
「では、行って参る。親父」
「気を付けて行って来いよ」
まるで遠足に行くみたいな見送りだな。さて行くか、三河を獲りに。
以降、記す必要がある場合を除き、数え年で年齢計算します。
今川家に関する話は今回少し触れる程度にしています。今川義元は序盤の重要キャラの一人ですから、せっかくですし花倉の乱関連で後ほど一話書いてみようと思います。先にお断りしますが、今川彦五郎はあまり活躍しません。というか、この話では名前すら出てきていないし。ただ、今川氏輝に関しては少し活躍の場が出てくる予定です。
ちなみに、いきなり今川義元なのはこの頃には既に還俗していたからです。詳しくは花倉の乱の時に説明する予定ですがとりあえずそういうことだと認識していただけると有難いです。
お腹の中の子は後の織田信行ですね。本作での兄弟の仲はどうなるでしょう?(作者にしかわからないこと)
柴田勝家は1522年生まれ説を採用しました。(信長と年が近い1530年説だとまだ元服前でこのタイミングで出せなかったので)
三河武士は恐らく当時は使われていなかったと思いますが、一番わかりやすい言葉だったので今作では一貫してこの呼び方を採用します。
主人公はたまに頓珍漢なことも言いますが、大まかな歴史しか知っていないからこそ、実際にこの時代に転生したらこうなるだろうなと思い、敢えてこんな書き方にしてあります。年を重ねるにつれどんどん成長していく予定ですのでご心配なく。
次回も長いお話になると予想されます。(後書きを書いている現時点では計画段階ですが…)
序盤はサクサク進んでいきます。というかほぼチートみたいな感じで進みます。この話で分かる通り、現在の主人公は戦を好みません。(まだ体が3歳なのもあるけど)
基本、彼の思うがままに10年ぐらいは行きます。10年ぐらいは。(まあ、周辺大名も対策し始めるし…以下略)
第一話の最初の性格になるまで、ここから何十年かけて主人公は成長していきます。特に(構想段階での)中盤は過去作品よりも悲劇的なことが何回も起こる予定です。そこまでは読んでいて、作者が平和逃げしたとかこんなに上手く行くわけがないと思う方も出てくるかもしれませんが、中盤以降は読んでいて感動する作品を書いていく予定ですので是非、最後までこの作品にお付き合いいただけますと幸いです。