09話 相棒の戯言
夕暮れ時ということもあり町の家々からは炊事の煙が登り始め、昼間に比べると広場や通りの賑わいも落ち着いていた。
案の定、イザールにはケーラの店へ向かう道すがら昨夜のことを色々と問いだされた。ログナーに諭されたことについては「団長の言うことはもっともだな、お前は少し反省しろ」の一言で一蹴されてしまった。
戦闘の後に砦に戻ってきた時はイザールなりに言いたいこともあったのだろうが、今はそれ以上はこの話を深堀りする気は無いようだった。自分でも自覚していることではあったがすぐにどうにかできるほど器用ではないのも分かっているので、こうして憎まれ口ひとつで済ませてくれる彼の気遣いはありがたかった。
「そう言えば、捕まえた野党どもはどうなったんだ」
「あん…? 俺は知らねぇよ。ホランドのおっさんにまとめて牢屋にしょっ引かれていくのは見かけたけどな」
ホランドはログナーが率いる傭兵団の中でもかなりの古株で、剣や弓の扱いなどが何かが抜きん出ているものがある訳ではないが、戦での経験も豊富で状況判断も的確なことからログナーにも信頼されている戦士だ。
「野党どもの頭領は『俺たちも騙されたんだ』なんて喚き散らしてやがったみたいだけど、ログナーの旦那にひと睨みされて気を失っちまったらしいぜ。ざまぁ見ろってんだ」
「そうか…」
「まぁ、ログナーの旦那はああ見えて情に厚いとこがあっからな、すぐにどうこうされるってことはないだろ」
オルガ砦の牢にいつまでも捕らえたままにして置くわけにもいかないだろうから、いずれ近隣にあるモンテダールの領主に引き渡され、そこで改めて裁きを受けることになるだろう。
「それよりもだ…」
妙な含みのある言い方に興味津々といった体で顔をにやつかせながらイザールがこちらを見てくる。
この男がこんな顔をするときは、たいていろくな話ではない。
「おまえ、アリシアちゃんとまた喧嘩したんだってな~」
「別に…おまえには関係ないだろ」
「いやいや、我らがオルガ砦にあの娘の姿がないと俺たち若い傭兵や機巧師の連中の士気に関わるわけよ」
「どうしてそうなる…」
「おまえは分かってないね。あんなむさ苦しい連中ばっかりたむろしているとこで、やれ護衛の任務だとか野党との戦だのって殺伐としたことばっかしてると若い健康な精神ってのはどんどん良くない方向に荒んでいっちゃうわけよ」
「仕方ない…それが仕事だ」
「うんうん、食うためには働かないといけないからそりゃあ仕方ないさ。でもどうせ働くなら華やかさや潤いつーの?そういうもんがあるだけで仕事にもやる気がでるってもんだろうが」
「女なら何もシアだけじゃなくて他にいるだろ?ケーラはさておき、その手伝いで来てる連中にも若い女はいるだろ?」
「……お前、さすがの俺もどん引きだよ」
「何がだよ」
「お前は分かっていない」
「だから何をだよ」
「近くにいるだけでそわそわと落ち着きがなくなり、そこはかとなく恥じらいを見せるその姿。かいがいしく食事の世話をする姿(カインだけなぜか大盛り)。気づくと想い人の姿を目で追って頬を桜色に染めて呆けてしまう佇まい!」
「…………」
「その焦れったくもそこはかとなく甘酸っぱい空気こそ、俺達の癒しなんだろうが!!」
「そ、そんな雰囲気にはなってない!」
「…気づいてないのお前だけだからな」
「べ、別に俺達はそんな仲じゃ…ないぞ」
「うん、知ってる。そしてそれがとても焦れったい」
そう言ってイザールは何か尊いものを見つめる生暖かい眼で遠くを見つめる。
「…気持ち悪いな、おまえ」
「いいか、カイン。幼馴染だかなんだか知らねぇが、そのままモタモタしてると他の男にかっさらわれちまうぞ。」
思ったよりもイザールの真剣な眼差しを正面から受け止めるにはどこか気恥ずかしくカインは思わず目を逸らしてしまった。そのちょっとした隙に、イザールはカインの肩に手をまわしつつ上着の胸元に隠していた紙包みを盗み出す。
「こんなモンを用意してあるのは、おまぇにしちゃ上出来だけどな」
「………!?」
イザールはわざと手にしたものを見せびらかすように、手にした紙包みをひらひらと振って見せる。
だがそれもつかの間。カインの肩に回していた手を離すとすぐさま間合いの外へと逃げ出す。
「おっと…危ねぇな。おい!」
「それを返せ……」
腰の太刀に手をかけたカインの放つ闘気からは、あからさまな殺気にも似た気配がイザールの肌をびりびりと振るわす。
イザールは剣の扱いには長けている方ではないが、ある程度の心得は身に着けている。だがこの男の場合、訓練や鍛錬といった日々の積み重ねや努力によるものではなく、感覚や嗅覚といったある意味で本能に近いもので危険を察知するのである。今もカインの闘気に含まれるわずかな殺気を察知してすぐさま間合いの外に距離を取るなど、修練を重ねた歴戦の戦士であってもそう簡単にできるものではなかった。
「そう睨むなって…。冗談だよ、冗談。ほらよ」
そう言ってカインの懐から盗み出した紙包を放り投げる。
カインがそれを大事そうに受け取るのを見てイザールが何やら満足気な笑顔を浮かべる。
「手癖の悪いヤツだ。どこでそんな芸当を覚えたんだ」
「まぁ、生きてりゃいろんなことがあるってことだよ」
「フン…」
「大切にしたいんだろ?それならちゃんと言葉にしないと分らんぜ」
「…………」
「ほら行くぞ!やっぱり今日はたっぷり奢ってもらうからな!」
そう言って髪飾りの入った包を手にしたまま固まっているカインを余所に、店のある方へとイザールは歩き出す。
(勝手なことばっかり言いやがって)
そう心の中で悪態はついたものの、不思議とイザールの軽口と飾らない物言いはどこか素直に受け入れられる気もしていた。自然と苦笑いを浮かべてしまったものの、ほどなくしてカインもその背を追って歩き出していた。




