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エイベルギアの聖旗  作者: 狼煙
序章
8/22

08話 夕暮れ

 気が付くと駐機場にはいつの間にか誰かが灯したランタンや松明の灯りが目立つようになっており、入口から見える影も細く長くなっている。どうやらカインとゴードンの二人が機巧兵の修理に夢中になっている間に夕刻近くまで時間が過ぎ去っていたようだった。 ここに来た時にはあちこちの部位が欠損したままであったが、今は外装こそ取り外されたままではあるがどうにか五体満足の状態で駐機台に据えられていた。


「おぉ、こいつ驚いた!今朝までスクラップだったやつが一人前の恰好になってるじゃねぇか」


 いつのまにか駐機場に顔を出してきたイザールが嬌声をあげながら近づいてきていた。


「なんじゃ…お前か。こんな時間までどこでさぼっていやがったんだ?」

「おいおい爺さん、そりゃ濡れ衣ってもんだぜ。こちとらさっきまで行商隊の護衛で昨日の現場に出向いてたんだぜ?」

「その商人たちなら昼前には町の広場へ向かっておったぞ。おおかた任務の後は詰所で昼寝でもしていたんじゃろ?」

「さぁ、どうだったかな?」

「フン!すっとぼけおってからに。相変わらずいい加減なやつだ」


 そう揶揄するゴードンにイザールは肩をすくめてにやりと笑うだけでやり過ごしてしまう。

 それでもこの男が周囲から認められているのは傭兵仲間の間でも弩弓を扱う腕前は群を抜いており、特注した大型の長弩を携えた従機兵を駆って戦場で多くの仲間の窮地を救ってきたからである。他人を滅多に褒めることのないログナーですら「あやつの弓は天賦の才」と言わしめるほどである。普段はいい加減でだらしのない所はあるが、人好きする性格とその面倒見の良さも相まって、それなりに傭兵や機巧師から頼りにされることも多い男だった。


「その様子だとカインもゴードンの爺さんにこき使われていたみたいだな、ご苦労なこって」

「俺は別に…」

「フン!こいつが暇をもてあましているようじゃったから、仕事をくれてやっただけじゃ!」

「へぇ、爺さんにしては珍しくカインを気遣ってやったわけだ?」


 訳知り顔でにやにやとした笑みを浮かべると、イザールに鉄製のレンチやスパナが飛んでくる。


「このクソ餓鬼めが、老人をおちょくりおって!」

「おい、危ねぇって!悪かったよ、冗談だって!!」


 ゴードンは逃げ回るイザールに近くにあった投げられるものを投げ尽くして怒りも発散したのか、荒い息を落ち着かせるように椅子にどっかりと座り込んだ。その様子に呆れたカインが差し出す水をひと息に飲み干すと、大きなため息をついてぐったりとする。


「あの若造の軽口はどうにかならんもんなのか」

「それについては同感だな」

「そうそう、爺さんもいい年なんだから無理はよくねぇぞ」


 イザールはいつの間にか隠れていた整備柵から調子よく顔を覗かせると二人の傍に近寄ってくる。その手には小さな酒瓶と籠を手にしており、どうやら徹夜明けだったゴードンに差し入れを用意していたようだ。

 イザールは手にしていた籠の方はテーブルの上に置くと、手にしていた酒瓶の方をゴードンに差し出す。それをじろりひと睨みしつつも素直に受け取ってぐいっと煽るゴードンを見たイザールも人懐っこい笑顔を向ける。


「最初から黙ってこいつを渡せば良いものを…」

「悪い悪い。ただ爺さんは機械をいじり始めるとぶっ倒れるまで止めねぇからなぁ。ログナーの旦那にも適当なところで休ませろって言われてたんだよ」

「フン!回りくどいことをしおってからに、おかげで余計に疲れたわ!」


 ログナーの名前が出たことでカインは表情が強張っていたのだろうか。イザールがちらりと視線をこちらに向けた気もしたが、あえてカインはそれを無視して彼がここに来た理由を尋ねた。


「叔父貴のところに寄って来たのなら、何か俺達に用事があったんじゃないのか?」


 平静を装うカインにイザールは興味深げな色をその瞳に浮かべたはしたものの、ことさらこの場でそれをからかったり追及したりするつもりは無いのであろう。促されるままにここに来た要件を話し始めた。


「おうよ、用事の方をすっかり忘れるとこだったぜ。爺さんが修理しているそこの機体だけどな、そいつは俺が使わしてもらうぜ。ほれ、こいつは団長の命令書だ」


 イザールはそういうと懐から一枚の羊皮紙を取り出すと、鍛冶師長の前でもっともらしく広げて見せる。


「なるほど…珍しくお前が手土産なんぞ持ってここに来たのはそれが理由か?」

「フッフッフ…。俺もようやく不格好な従機兵とはおさらばして、今日からは機兵乗りってわけさ!」

「フン!まぁ…そうなるじゃろうとは思っておったわい。小憎たらしい若造に渡すために苦労しとるのは癪だがな」

「いやぁ…そんで爺さんには悪いんだけどさ…。あっちの従機兵で使ってた長弩をこいつにも持たせたいからよ、照準器もこいつに合わせてくんねぇかなぁ…なんてお願いに…」

「こんな時ばかり調子のいい奴め!まぁ、最初から儂もそのつもりで組んでおったから心配せんでいい」

「さすが爺さん!伊達に年はくってねぇな!!」

「お前は一言多いんじゃ!その代わりこいつの修理はお前も手伝ってもらうぞ。それが嫌ならログナーには悪いがこいつは予備の部品としてスクラップに戻しちまうからな!」

「へいへい、分かりやしたよ。」


 イザールは渋々と言った体で了承しながら着ていた上着を近くの椅子に放り投げる。それから何かを思い出したようにカインに向き直ると、その肩に手を回して含みのある笑みを浮かべる。


「それとカイン。今日の晩飯はお前の奢りだからな」

「何でだよ」

「昨日はお前があんな無茶をしやがるから、とばっちりで俺まで団長に大目玉を喰らったんだよ」

「そいつは災難だったな」

「お前は昨日は自宅の寝台でぐっすりだったかも知んねぇが、こちとら罰として明け方まで見張りを命じられたんだよ」

「そうか。じゃあ今日は宿舎に戻ってゆっくり休んだらどうだ?」

「お前、可愛げないな…」

「傭兵の男にそんなものを求めているのか?」

「いやそうじゃねぇけどさ。こうなんつーの兄貴分を敬うっていうかよ、そういうのねぇのかよ」


 カインと同じく哨戒の任に着いていたイザールも直前まではあの場に居た。

 だが一刻を争う時でもあったため、カインは伝令をイザールに押し付けて自分は単独で野党たちに向かっていった。その判断は今でも間違っていたとは思ってはいないが、イザールに貧乏くじを押し付けた感は否めない。ログナーが自分とイザールを組ませていたのは、年長者であるイザールに猪突しがちなカインを諫める役を暗に申しつけていたのであろうし、イザールもそのことは十分に承知してたはずであった。恐らくログナーに報告をした際に「無鉄砲の片棒をかついだお前も同罪だからな」と無言の圧に晒されたの疑いようもない。

 幸いカインの思惑通り崖からの奇襲によって混乱させた野党を蹴散らして行商隊の面々を救い出すこともできた。だがもし戦いが長引くようなことがあれば、追いつめられていたのはカインの方であったかもしれない。相手の機巧兵を倒したといっても、あの場にはまだ多くの野党の騎兵も残されていた。それらを取り逃さずに済んだのも砦に舞い戻ったイザールがログナーと共に増援を率いて駆け付けてくれたなければ難しかったであろう。

 そう考えれば晩飯の一つで借りを返せるのであれば安いものだが、最初にこの話を切り出したときのイザールのにやけ顔が気にくわないというか、嫌な予感しかしなかっただけなのだ。


「お前、何か余計なことを考えてるだろ」

「おんや~?何だってそんなに俺を警戒してるのかな~?」

「そのにやけ顔を鏡て見てみろ。色々と詮索する気満々って面だ」

「バレたか。まぁ、それも気になるちゃあ気になるが…、それよりちょいと面白い噂を耳にしてな」

「俺は噂なんて興味ない」

「まぁ聞けって。砦の若い連中が言うにはさ…どうも助けた行商隊の中にちょいと有名な楽士とやらがいるらしいんだよ」

「それが何だよ」

「そいつらが言うにはさ…それがどえらい美人だったらしいんだよ」


いつもに増してイザールが上機嫌な様子だったので、おおかた予想はついてはいたが、カインはやっぱりといった思いで小さくため息をついた。


「……そんな事だろうと思ったよ。生憎、今晩はケーラに店に顔を出すように言われてるんでな。どこに付き合わせる気だったのか知らないが、悪いが今日は一人で行ってくれ」

「それなら丁度いいぜ。俺が行くつもりだったのも銀月亭だ。噂の美人の楽士もあそこに宿を取っていることは調べがついている」

「…お前、いつの間にそんなことを調べたんだ」

「このイザール様の情報収集力をなめてもらっては困るぜ。朝から砦の兵士や行商隊の連中を片っ端からあたって聞き出した情報だ、間違いはない」

「お前、そういう時だけ驚くほど勤勉だな」

「フフフ…そう褒めるなよ相棒。照れるじゃねぇか」

「呆れてるんだよ…」

「まぁそんな訳だから、ゴードンの爺さんの手伝いが終わったら銀月亭に付き合え。晩飯を奢ってもらう件はそれでチャラにしてやるからさ」


 イザールの下らない話に付き合わされたせいで、すでに修理を再開していたゴードンが痺れを切らして様子でこちらを睨んでいる。気難しいあの老人が手にした工具を投げつけてくる前に、二人はいそいそと手伝いに戻っていった。


「おい小僧ども!いつまでそこで油を売っとるんじゃ!夜までに終わらなければ今日は家には帰さんからな!!」


 ゴードンのその一言に猛然と修理を手伝うイザールの姿は、つい先刻と同じ理由でカインを呆れさせた。

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