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エイベルギアの聖旗  作者: 狼煙
序章
7/22

07話 レグナ・ヴァール

 砦で昼食を済ませたカインはその足で駐機場へ向かっていた。

 昨日の戦闘ではレグナ・ヴァールが何か大きな損傷を受けたり気になるような不調を感じることはなかったが、五機の機巧兵や従機兵を相手どって機体を酷使させたこともあって、砦に帰還したときには機体の各部がかなり発熱していた。

 一晩たって機体の発熱も自然と収まってきていることであろうから、次の出撃に備えて簡単な整備をしておくつもりであった。


 砦の駐機場の整備柵にはレグナ・ヴァールやログナーのグレイ・フォルダと並んで他の傭兵が扱う従機兵もそれぞれ並んでいる。その周囲には幾人もの機巧師たちが痛んだ鎧を付け替えていたり、古くなって油が滲み出来ている筋肉筒を交換したりするのに忙しそうにしていた。

 ふと目に入ったのは、いくつか立ち並んでいる整備柵の一つに見慣れない機体が据え置かれている。

 天井から鎖で吊り下げられているその機体は外装が取り外されてて骨格がむき出しになったままで右腕と左脚はその骨格すらないものであった。まだ組み上げている途中であるのか、その足元近くには腕や脚と思しき部品が無造作に転がされているままであった。


「おう、昨日は大変だったな」


 その機体がある整備柵の裏側から声をかけてきたのは鍛冶師長のゴードンだった。

 ゴードンは顔や腕についたままの機械油や汚れを気にした様子もなく部品の山からお目当てのものを見つけ出すと、天井の滑車からぶら下がっている鎖の先にある固定具に手際よくそれらの部品に取り付ける。そのまま取っ手のついたハンドルをガラガラと回すと、滑車に巻き取られた鎖に吊り上げられた部品が機体の二の腕あたりまで引き上げられていく。


「レグナ・ヴァールなら今朝がた簡単に見ておいたがこれといって問題はなかったぞ。肩の鎧に少しばかりへこみや傷はあったが大事ないじゃろ」

「そうか…手間をかけさせたな」

「なんの、大したことはしとらん。もう機体の熱もおさまっておるから、今度は防寒用の外套を被せておいてくれ」

「ああ…分かった。それよりこいつは昨日の…」

「うむ…こいつだけは骨格が歪んでいる所が少なそうだったんで他の機体の残骸から使えそうな部品を見繕って移植してる途中じゃ。まぁ、規格が違う機体同士のようじゃからバランスが悪いものにはなりそうだが、どうにか一機分くらいにはなりそうじゃて」


そう言ってゴードンはにやりと笑うと自慢げに機体を軽く叩いて見せた。


 カインが打ち倒した野党たちの機体は残骸も含めてこの砦に運び込まれていたのだが、レグナ・ヴァールの操る重槍剣の強烈な斬撃を受けた機体は、ほとんどがスクラップ同然に破壊されてしまっていた。かろうじて野党の首領が乗っていた機体だけは長太刀によって手足を綺麗に断ち切られた状態であったため、失った部位に見合う部品さえあればどうにか動く状態までは修繕することができたのだろう。


(いい年して、また夜通しこいつを弄り廻していたのか)


 だが、一日足らずでここまで修理してしまうあたり、機巧師としてゴードンの腕前は驚くべきものであったが、同時にカインを呆れさせるものでもった。


「そういや、昨日はログナーにこってり絞られたみてぇだな」

「別にいつものことさ…」

「そういうわりには落ち込んだ面してるじゃねか」


 ゴードンは作業を続けながらもそう言って鼻で笑うと、両手がふさがっているので顎で手伝うように示唆する。カインは軽く苦笑しながらも、ゴードンの目線が示す工具を使って留め金を抑えながら螺子を締め直していく。


「おぉ…そうそう、それでいい。次は左脚の骨格を組み付けるからちょっと手伝っていけ」

「手伝いなら俺じゃなくて若い徒弟とかにしろよ」


 カインが愚痴るが、ゴードンは「そう言うな、整備も乗り手の仕事だ」と笑いながら丸め込まれてしまう。口ではそうは言ったものの今は何もしないでいると鬱々と考え込んでしまう自分がいるのは分かり切っているので、手伝いという名目で体を動かす理由ができるのは正直いって気が楽でもあった。

 もしかしたら、そうした気持ちを知った上で、この老人なりに自分を気遣ってくれているのかもしれなかった。


「夕刻までには骨格だけでも五体満足に組み上げておくつもりじゃて、そこに転がっとる左脚の骨格を滑車の鎖につないで引き上げておいてくれ」


 カインは天蓋の滑車から吊り下げられている太い鎖を機巧兵の部品に括りつけると、駐機台に固定されている機体の傍まで滑車を操作して近づける。


「爺さん、これでいいか?」

「ええい!もうちっと側まで寄せんと機体に組付けられんじゃろ。もっと近くまで寄せんか!!」

「はいはい…人使いの荒い爺さんだな、まったく」


 徹夜明けにも関わらず元気にカインをどやしつけるあたり、まだまだ現場を退くつもりなどなさそうだった。


 しばらくゴードンにどやされつつも黙々と目の前の機体を修理するのを手伝っていたが、数刻ほど経った頃であろうか流石に疲労してきたゴードンも一息入れる気になったのだろう。整備柵の前にある古びた椅子に腰掛けて静かに目を閉じると深い息を吐いた。


「さすがに爺さんも疲れたか?」

「フン、年寄り扱いするでない。これしきでへばったりはせん」

「そうか」

「だが、さすがに徹夜は堪えるようになったわい」


 そう言うと、ゴードンはカインが差し出した湯呑みを受け取る。

 何とはなしに湯呑から立ち上る湯気をぼんやりと見つめながら、黙り込んでしまう。

 駐機場の開け放たれた大扉からは冷たい風が吹き込んでくるが、せわしなく身体を動かしていた今のカインにとってはそれが心地よい。


「お前さん、幾つになった?」

「何だよ急に。今年で17になるな」

「そうか…もうそんな歳になったのか。儂も老いを感じるわけだ」


 そう言ってゴードンは小さく笑うと、手にしていた湯呑みをテーブルに置いて椅子の背もたれに寄りかかり目を閉じる。

 カインはそんなゴードンの姿を見るのは初めてだった。

 この老鍛冶師は根っからの機械好きで、暇さえあればこの駐機場で機巧兵をはじめ何かしら機械をいじっている。口をついてでる言葉と言えば自分の整備した機械に関することや部品の話がほとんどなのだ。それがまるで好々爺のように孫ほど歳の離れた若造と世間話をしながら茶を啜っている今の光景が、可笑しくもあり少しだけ寂しいような気もしていた。


「儂が機巧師としてここで働くようになって、もう十年以上は経ったのか…」

「オルガに来る前はどこに居たんだ?」

「大陸の西にあるアシュアリー公国じゃよ。儂はそこのとある騎士団で機巧師として働いておった」

「そんな立派なとこで働いていたなら何でこんな辺境に来たんだ?」

「十五年前の戦で妻を失くしてな…」


 カインも話くらいは聞いて知っていた。

 十五年ほど前のことらしいが、大陸の西に位置する帝国はその突如として中央諸国への侵攻を開始したことがあるという。帝国は隣接する国の一つを瞬く間に占領すると、その地を橋頭保として中欧諸国への遠征を続けたという。

 それに対して中欧諸国もアシュアリー公国を筆頭とした連合軍を結成して対抗すると、各地で両軍は激しくぶつかり合うこととなり瞬く間に戦火は大陸中に広がっていったのだ。

 特にアシュアリー公国は帝国と国境を接していたこともあり、その国土のおよそ半分近くが戦場となったと言う。多くの家や田畑は戦で焼かれ、住む場所や家族を失った人々は近隣の国々へ逃れ難民となって長い避難生活を送ることを余儀なくされた。とくに激戦となったのクレモリカ平原と呼ばれる場所は、かつては新緑が生い茂る豊かな平原であったらしいが今では草木も生えないほどの荒地や砂漠と化しているという。


「悪い…別に詮索するつもりはなかった…」

「フン、別に気にせんでも良い。もうだいぶ昔の話だ」

「…………」

「そんなことがあってからかの。戦なんぞに関わるのに嫌気が刺した儂は騎士団を辞めてすぐに都を出た。あちこちの町を渡り歩いては日銭を稼いでは酒を飲むような暮らしばかりしておった」

「それでオルガに来たのか?」

「まぁな。だがそんな生活をしておってもやはり儂は機械が好きなのであろうな。どの町で働いとっても気がつけば機巧兵の整備や組み立てをやってる自分がおった。あれほど嫌っていた戦の道具であるはずなのにな」

「そんな時だったかの、ログナーからここに誘われたのは」

「当時の儂はあちこちの町を点々としておったのだが、ある日儂が逗留しておった安宿にログナーの使いと名乗る者が現れてな。その者がログナーからの手紙と金貨の入った袋を儂に手渡すと話を聞く間もなく立ち去ってしまった」

「あやつがどうやって儂の居所を探り当てたのか知らぬが、手紙の朱印は見覚えのあるものじゃったし、古い馴染みであった儂には見覚えのある筆跡は確かにあやつのものであったわい」

「手紙には発掘した太古の機械の修復に力を貸してほしいと書かれていた。そしてそれが遥か古の時代に造られた機兵であるとな」


 遥か昔、この大陸には高度な文化や文明を持って栄えた人々の時代が在ったという。

 それは争うこともないほど豊かで、優れた文化や類稀なる技術で作りだされた機械など、今の時代では想像すらできないほどの恵まれた世界が広がっていたのだという。今の人々にとっては見上げることしかできないと思われている星々すら、その時代の術で造られた船であれば渡ることができたとすら言う。だがそうした時代もいつしか衰え、やがて長い歴史の中に消えていったのだという。

 まるでお伽話のような言い伝えではあるが、それを裏付けるように時折大陸の各地ではこの時代のものとは思えない遺物や、風化したまま廃墟となっているような遺跡が見つかることは珍しい話でもない。

 もとより、機巧兵の原型とされる機械もそうした遺跡から発掘され、それを模倣して今の時代に復元されたものが機巧兵の始まりなのだ。今でこそ大陸の至る所でその戦の道具としてその姿を見かけることも多いが、今だに模造品として機巧兵を作り出すことはできてもその全てが知識として解析されたわけではなかった。


「正直言って儂は悩んだ。もう戦の道具には関わるまいと決めていたはずなのに、どうしても太古の機兵のことが頭を離れず、何をしておってもそのことばかりを考えてしまう自分がいた。だが結局、儂は自分の欲望には勝てなんだ。数日後には過去の決心など放り出して、この地への旅支度を始めておったのだからな」

「…………」


 自嘲気味にそう言ったゴードンであったが、若いカインにはそれにどう返したら良いのか分らなかった。


「フン、じゃがログナーの食わせ者奴!太古の機兵なんていう餌で儂を釣りだしおってからに、結局は昔のようにここで機巧兵の整備をする羽目になっておる。思い出すと何だか腹が立ってきたわい」

「それで、太古の機兵とやらはお目にかかれたのか?」

「今も儂らの傍にあるぞ」

「………?」


 そう言ってゴードンが見据えた視線の先には、静かに佇むレグナ・ヴァールの姿があった。


「レグナ・ヴァールがそうなのか?」

「あれはこの地に封じられていたものをログナーが見つけ出し、儂がこの手で修復したものじゃ」

「!?」


 始めて聞いた話にカインが驚きと戸惑いで言葉を失ってしまった。それを見ていたゴードンもしばし無言でレグナ・ヴァールをじっと見据えていたが、やや躊躇いがちにカインに問いただしてきた。


「カインよ…お前はあの機体をどう思う?」

「どうって言われても、別に何も特別な感じは…」


 そう言いかけたカインであったが、少しだけ気になることがないわけではなかった。

 レグナ・ヴァールは他の機体に比べると、どこか癖が強いというか、乗り手を拒んでいるように感じる時がある。

 もとより機巧兵というものは、その鋼でできた機械の体を聖晶石と魔道の秘術をもって制御している。機体の中枢に据えられている聖晶石の霊格によって性能が異なるだけでなく、馬や駱駝と同じように機体ごとに個体差もあるのだ。乗り手が上手く機体に同調することができなかったりすると、いくら操縦篭手を操ったところで思うように動かすことはできない。まるで機体そのものに宿る魂や意思が、自らの乗り手を選ぶかのように抵抗するような振舞いを見せることがあるのだ。

 故に、その乗り手は機体の抵抗を捻じ伏せることだけの強い精神力やそれを維持できる強靭な肉体が求められ、特に霊格の高い機体ほどその抵抗も大きいとされており、カインもレグナ・ヴァールを動かした後などは強い疲労感を感じることは珍しくなかった。


「儂は機巧師としてこれまで多くの機巧兵を見てきた。どんな機体であろうと、少し触れているうちにそやつの声というか意思みたいなものが分かるようになるんじゃよ」

「若い連中にこんな話をしても笑い飛ばされるやもしれんが嘘ではない。整備をしている時なんぞは、やれ脚の関節が痛いだの、腕が動かしにくいだの、機体が儂に訴えてくる声が聞こえることもんじゃ」


 カインもレグナ・ヴァールを与えられる前は、訓練も兼ねてはじめは従機兵に乗っていた。

 ゴードン以外の機巧師が整備した後の機体は、ときおり違和感があったり、激しく動いた後などはすぐに機体が不調になることも多かったが、ゴードンの整備した機体ではそのように感じたことはなく、寧ろしっくりと馴染んだと感じるくらいだった。

 

「それこそあの機体なんぞ、自分の手足が無いと嘆いては儂にはやく直せと急かしてばかりじゃ。元の主はろくな整備もしておらんかったのであろうな。あっちが痛いこっちも痛いと我儘ばかり言う子供と一緒じゃな」


 そう言って目を輝かして無邪気に笑うゴードンの方こそ、カインから見ればまるで子供のよう見えて少しばかり可笑しかった。

 思わず笑みが浮かんでしまったのだろう。そんなカインの表情にゴードンは少しだけムッとしたように顔をしかめるが、分かってもらおうなどと思ってはいないのか、そのまま話を続けていく。


「機巧兵だけに限らんが、機械ってやつは図面通りに部品を繋げても思うように動かんこともあるし、手入れを怠ってもヘソを曲げて動かなくなっちまう。面倒も多いものじゃが、時間をかけて向き合ってやればどんな機械でもきちんとそれに答えてくれるもんだ」

「ログナーの機体なんぞ、気位が高くて口煩い。乗ってるやつと同じじゃ」

「そいつは同感だな」


 カインもそこだけは良く分かる。カインの養父でもあり剣の師でもあるログナーは、普段は無口で用事がない限りほとんど口を開かない。その癖、自分を叱ったり窘めたりするときは口煩い。質の悪いことに指摘があまりに的確すぎる上に正論ばかりなので、反論することが難しいのだ。たぶん、堅物とはああした人間を指していうものなのだろうとカインは思っていた。


 珍しく積極的に肯定するカインの様子がゴードンも珍しくもあり可笑しかったのであろう。今頃、部屋でくしゃみでもしておるわ、と珍しく冗談を言って笑った。

 だがその笑いもすぐに小さくなると、いささか神妙な面持ちで黙り込んでしまった。

 しばらくゴードンは無言であったが、ややあって大きくため息をつくと再び静かな口調で話し始めた。


「儂はの…初めてレグナ・ヴァールを見た時、何故か無性に畏ろしいと感じたんじゃ」


 ゴードンは静かに目を閉じて深く椅子に深くもたれかかっていたが、絞り出すように小さく呟いたその一言はこの老人にはあまり思い出したくないものであったのかもしれない。


「気圧されるというか、抗い難いというか、まるで神話に出てくる龍に睨まれているような気にさせられた」

「俺にはそこまでとは思えないが…」

「儂とて機巧師の端くれ。機体をいじっておればアレが普通と違うことくらいすぐ分かる」

「何がどう違ったんだ?」

「そもそも直したと言っても、朽ちかけていた外装や筋肉筒を取り替えたり、さび付いた関節を磨きなおしたりした程度じゃ。いつの時代のものかわからんほど古い機体のはずだろうに、それ以外の所はどこも直すところなんて無かったんじゃよ」


 その話が本当だとすれば、にわかには信じ難いものだ。

 どんなに良質な鉄や鋼であっても、時の流れの中にあって放置されていれば錆が浮きやがては腐り果ててしまう。陶器や動物の骨のようにそうした年月の経過に耐えうるものも存在はしているが、機巧兵はその体のほとんどが鉄や鋼でできている。


「それに考えてみろ。上質な鋼をいくら使おうとも長らく機体を酷使したり無茶をさせればわずかであっても歪みがでるもんじゃ。だがレグナ・ヴァールは違う。お前があれほど乱暴な戦い方をしたっていうのに、機体の骨格は熱を帯びることはあっても微塵も歪むことはない。儂が知る限りあんな材質の金属なんぞ見たことはない」

「乱暴で悪かったな」

「機体の結晶駆動炉を見たことがあるだろう。さほどの大きさがあるわけでもなかろうに、重機兵をも上回る力を生み出すような品物を儂はこれまで見たことがない」

「有体に言って、儂ら一介の機巧師ではどんなに金と時間があってもあの機体は作り出せん。己惚れておるつもりはないがこの時代にはあれと同じもの作れる術があるとは儂には思えんよ」

「それに…」

「ログナーには固く禁じられておったのだがな、興味本位でその誓いを破ってひどい目にあったことがある。

「ひどい目?」

「ああ、機体の心臓部にある聖殻を取り外そうと手をかけたんじゃ」

「じゃがその途端、頭に直接杭を打ち込まれたような激痛が走ったと思ったら、全身を雷に打たれたような衝撃で吹き飛ばされてのたうちまわったことがある」

「まさか…」

「まぁ信じられんのも無理はない。普通の機巧兵であれば、聖殻を取り外したとてそのような目にあうことはない。あれは幾つかの聖晶石をまとめた回路、まぁ人間の脳みたいなもんじゃからな。それ自体に特別な力なんぞないものだ」

「儂がなアレを特別と感じたのは、人間のような明らかな意志というか声を聴いたからじゃ」

「声?」

「ああ、言葉とは少し違うかもしれんな、脳に直接響くような感じというのが近い」

「じゃが確かにアレは儂に言うたのじゃ。《天鷹たる我が聖殻に触れるな…これは天譴であるぞ》…とな」

「《天鷹》って伝承にあるアレか?」

「さぁな、何しろ気がつくと寝台に寝かされておったからな。整備柵から落ちた拍子に頭でも打って悪い夢でも見ただけなのかもしれん」

「まぁ、このことをログナーに話したら、奴には小っ酷く怒鳴られて何時間も説教をされるはめになった。むしろ身体の痛みよりあやつの長い説教で頭が痛くなりそうだったわい」


 だがそうした出来事もあってか、ゴードンは今でもレグナ・ヴァールだけは他の徒弟に触らせぬずに自分が手ずから整備をしている。

「あれは夢じゃったかも知れんが、儂には時々あの機体が畏ろしく見える。儂がアレを整備しとるのは自分の意思ではなく機体に操られているのではないかと思ってな」


 カインもゴードンからこの話を聞かなければ、そこまで意識はしなかったかもしれない。

 だが、確かに思い当たる節が無いわけではなかった。

 レグナ・ヴァールを起動するときに機体に同調すべく意識を集中させるのだが、その刻にときおり違和感というか、機体の奥底に得体の知れない強い力というか意志のようなものを感じる。それは鎖から逃れようともがいているようでもあり、溢れんばかりの力を持て余して荒れ狂っているようにも感じる。常にというわけではなかったが、カインが機体との同調が強まったときなど、特にそれを強く感る。

 そうした時は決まって乗り手である自分も少なからず影響を受けている気がする。

 先日の野党の首領との戦いでも、カインは敵の機体の手足を切り落とした時点で相手が戦意を失っているのは分かっていた。だが、映像盤に映る相手の機体を見た瞬間、気がついたときにはレグナ・ヴァールの太刀は相手の機体の首を撥ねていたのだ。剣技の流れの中で無意識に体が動くことは確かにあるが、今思えば強い衝動のようなものに突き動かされていたようにも思える。

 もしあの時、ログナーの制止の声がなければ、もしかしたら更にあの機体を切り刻んでいたかもしれなかった。


「機巧兵の中には太古の時代に作られた機体が稀に見つかることがある。そうした機体は総じて強い力をもっていると聞くが、多くはそれを乗りこなせるものがおらず朽ち果ててしまう。もしかしたらレグナ・ヴァールもそうした機体なのかも知れん。まぁ、年寄の与太話じゃ…あまり気にせんでくれ」


 カインが話を聞いて考え込むように押し黙ってしまったの見ると、ゴードンは気づかわし気な顔を向ける。


「浮かぬ顔をしておるが、思い当たることがあるのか?」

「いや…たぶん俺の思い過ごしだろう」

「なら良いのじゃが、要らぬ話をしてしまったようだ。済まぬ。」

「いや、いいんだ。それより今もアイツから何か感じるのか?」

「今は何も感じぬよ。きっと今は眠っているのだろうて」

「そうか…。確かにレグナ・ヴァールは他の機体とは違う何かがあると感じることは俺にもある。だがアイツはこれまでも幾つもの窮地を一緒に潜り抜けてきた相棒だ。分からない所があるのは人だって同じだろ?それならこれから少しづつ知っていけばいいさ」

「フン、若造が知ったふうなことを抜かしおる」


 そう言ってゴードンは笑いながら椅子から立ち上がると、「休憩はしまいじゃ」と言って腰をさすりながら作業に戻っていく。

 カインもその背を追うように修理の途中であった機体が留め置かれた整備柵の方へ向かって歩いていくが、その途中でレグナ・ヴァールの前で立ち止まって機体を見上げる。


(やはり俺の気のせいだったな…)


 そこにはいつもと変わらぬ愛機が静かに佇んでいるだけで、話していたような特別な力や気配を感じることはなかった。


「カイン!ぐずぐずしとらんで早く来い!日が暮れるまでにはコイツを組み上げちまうぞ!」


 すっかりいつもの調子に戻ったゴードンに急かされると、カインは苦笑しながらもその場を後にした。

 その後ろ姿を見下ろすレグナ・ヴァールの目が一度だけ淡く輝いたことに、カインとゴードンは気づくことは無かったが。

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