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エイベルギアの聖旗  作者: 狼煙
序章
21/22

21話 オルガの烽火1

 左右を崖と絶壁に挟まれた狭い坂道を五機の機巧兵が隊列をなして進んでいる。

 先頭を往く二機は手にしている大楯を構えながら周囲を警戒するように慎重に進んでおり、残りの三機も両手で長柄の大斧を構えて僚機の後方を守るように後に続いていく。その数リート後方にも、同じように武装した機体たちが後続として続いてきている。

 目指す坂道の先は踊り場のようにわずかに広くなっており、その先には目指すオルガ砦の城門が控えている。彼らはその城門を目指して隊を前進させていた。


『チッ…鬼神なんていやしないじゃないか』


 先頭を行く機体の操縦槽で操手が舌打ちしながら傍らの僚機に愚痴る。


『先発した連中が全滅したって聞いて、臆病風に吹かれてありもしない影にびびっちまってただけさ』


 並んで前進を続けていた僚機の拡声器からも、その声に同調する声が聞こえる。


 昨日の正午近く、砦の城門を攻略するにあたって橋頭保となる陣地を確保すべく、腕利きの操手で編成された機巧兵の小隊が出撃していた。だが数刻待ってもその小隊から吉報が訪れることはなく、業を煮やしたバルケス将軍はすぐさま第二陣を出撃させたものの、やはりその小隊からの連絡も途絶えてしまっていた。

 ほどなくして機体を失いつつも瀕死の状態で陣地に帰還した操手がいたのだが、息を引取る前にうわごとのように「鬼神が…」と呟いていたことが噂となり、部隊の兵士たちの間ではオルガ砦には鬼神がいるとの噂が流れていた。

 斥候からの報告によれば相手はわずか数機の機巧兵が守る砦にすぎず、数で圧倒的に勝る自分たちがこうも苦戦するのはとは思ってもいないことであった。だが現実にはすでに十機近くの手勢を失っているにも関わらず、自陣を前進させることはおろか、砦の城門を拝むことすらろくにできてはいなかった。


『お前ら、油断するでない!』


 彼らの後方に控えていた機体から叱咤の声が飛ぶ。

 機体の頭部には羽飾りがつけられており、どうやらこの小隊を率いる隊長機なのであろう。


『お前らこそ、鬼神の噂に惑わされているのではないか』

『い、いえ…そのようなつもりは…』

『ですが隊長。ここまで攻撃はおろか敵の姿さえありませんぜ?』

『初戦こそしてやられたのかもしれませんが、やはり敵わぬと見て砦に引きこもっているのでしょう』

『ええい!軽口を叩いておらんで前進するぞ!』


 部下の軽口を制するように隊長は前進の命を下すと、自ら先頭に立って再び先頭を進み始めた。


 隊長の叱咤が効いたのであろうか、五機の機巧兵は再び無言で坂道を数刻ほど登っていく。特に砦を守る敵からの妨害も受けずに坂道を抜け、わずかに開けた場所にでるとその先に目指す城壁がそびえていた。

 天然の岩盤を利用して立てられた城壁の右にある大滝からは勢いよく水が流れ落ち、城門の前に張り巡らされた堀にそのまま流れ込んでいる。その堀には頑丈そうな跳ね橋がかけられているようで、相手が砦に立て籠もっているのであれば、跳ね橋は上げられ城門を固く閉ざして守りを固めていることであろう。

 そう考えながら隊長は機体を前進させた先で、驚くべき光景を目にした。


「これは…!?」


 この場所は城門まで緩やかな勾配となっており、地面からは突き出た大小の岩の間を縫うように砦に続く道が伸びている。だがその途中に味方の機体と思われる残骸が至る所に転がっており、その破壊され方が異様と言ってもよかった。

 ある機体はよほどの斬撃を受けたのだろうか。肩口から胴にかけて押しつぶされるように叩き斬られており、半身をほぼ真っ二つにされている。別の機体に至っては、胸部や頭を鉄槍のように太い矢で正確に貫かれており、剣や盾を手にしたまま息絶えている。しかし何よりも目を疑ったのは、機体の手足を骨格ごと断ち切られて無残に四肢を失って絶命している機体が至る所に転がされていた。

 先発した小隊の面々はいずれも師団の中でも指折りの実力者で編成されていた。それがこのように無残な屍を晒して全滅しているのはにわかに信じ難いものでもあった。

 

「まさか…本当に鬼神の仕業とでも…」


 小隊長は背筋に冷たいものを感じてその光景を凝視していると、何かに気付いた部下の機体が城門を指さして声をあげる。


『た…隊長!あれを!!』


 部下の機体が指し示す方を見た時、小隊長は我が目を疑った。

 あろうことか跳ね橋は下げられたまま城門の鉄扉は開け放たれている。そしてその前には灰色の機体がただ一機、地面に剣を突き立て立ちはだかっていた。


『まさか…、籠城せずに討って出てくるなど…』


 小隊長は咄嗟に何かの罠か策略ではないかと疑った。ここは慎重に後続の部隊といったん合流すべく前進を止めようとした矢先、功に逸る部下が彼を急き立てた。


『隊長、城門は開いています!我らで砦を突破しましょう!』

『逝っちまった仲間には悪いがこれは好機ですぜ!』

『我らの目的は城門前を橋頭保として確保することだ、みだりに動くな』

『ですが相手は一機だけです、乱戦になれば数で勝る我らに分があります!』

『しかし…』


 小隊長が迷っていると、眼前の灰色の機巧兵は手にしていた何かを放り投げてきた。その鈍色に光る鉄の塊のようなものが彼らの眼前に落ちると、地面を覆う雪の上に赤黒い油染みが広がる。


 それは味方の機体の首級だった。

 明らかな挑発ではあったが、功に逸る部下たちには十分すぎるものであった。


『我らも舐められたものだ…』

『おのれ…許さんぞ!』


 小隊長の制止を振り切って、前衛の二機が灰色の機巧兵に向けて突進する。


『ま、待たぬか…!』


 突出した二機を制止しようと小隊長の機体が一歩踏み出しかけた瞬間、突如として背後の崖が崩れたかと思うと崖上に漆黒の機体が姿を現した。

 その機体は両手で重槍剣を構えたまま小隊長の隣にいた機体の頭上を目掛けて飛び降りてくる。

 僚機は突然の襲撃に反応が遅れてしまった。狙いすまされたその一撃は防ごうと構えた長柄の大斧の隙間をかいくぐり、鋼の鎧を纏った胸部を深く刺し貫く。漆黒の機体はそのまま部下の機体地面に叩き伏せると、機体を踏みつけたままゆっくりと重槍剣を引き抜いていく。


『奇襲など…姑息な!』

『狼狽えるな!相手は一機、我らで挟み込んで討ち取るのだ!』


 突然のことに意表を突かれてしまったが、彼らとて戦場で多くの敵と剣を交えてきた古強者でもある。相手が単騎で奇襲をかけてきたことをすぐに悟ると、漆黒の機体の左右から包囲するように間合いを詰めていく。

 そして、味方の機体が長柄の戦斧を漆黒の機体に振り下ろそうとした瞬間、唸りをあげて飛来した巨大な鉄矢がその機体の左腕を貫く。


『何っ!?』


 それでも残る右腕だけで戦斧を振るおうとするが、続く一矢がその胸部を操手ごと貫くと、乗り手の断末魔とともに機体は地面に倒れ伏す。


『くっ…この距離で当てると言うのか!?』


 小隊長は咄嗟に射線の先に目を向けると、砦の城壁の上には身の丈ほどもある巨大な長弩弓を構えている機体が目に入った。この鉄矢は恐らくその機体から放たれたものであろうがここまで数十リートは離れている。そこから動き回る標的を立て続けに放った矢で正確に射貫いてみせるなど、あり得ない技量としか言いようがなかった。

 それでも小隊長の機体は用心深く構えた大盾で身を守りつつ、手にした長柄の戦斧で漆黒の機体を牽制する。奇襲によって部下を二人も失ったままではどのみち作戦の遂行は難しい。ここは前衛の二人を呼び戻しつつ後続の部隊と合流を図るべきだと考えていた。


『ええい…ここは一端退くぞ!お前たちも戻って…』


 だが、すでにそれは叶わぬものとなっていた。

 城門に向かって突進していた部下たちは、そこに立ちはだかる灰色の機体に襲い掛かっていた。

 左側の一機が構えた大楯で視界を塞ぐように突進すると、もう一機がその影から手にした鉄槌で殴りかかる。だが灰色の機体はそれを予測していたように相手の突進を巧みに躱すと、すり抜けざまに機体の脚を払いつつ当て身を喰らわせて横倒しにする。

 それを隙と見た残りの一機が鉄槌を振り下ろそうとした瞬間、灰色の機体は相手の懐に飛び込む。灰色の機体は相手が振り下ろそうと獲物を持った手首を巧みに太刀の柄で受け止めると、自らの腕の動きと鉄槌の重さに耐えかねたように相手の機体の手首が根元からへし折られる。灰色の機体はそのまま流れるように相手の脇をすり抜けると、返す刃で機体の首を撥ね飛ばした。

 ようやく転倒から置きあがった最初の一機が背後で得物を振り上げた瞬間、灰色の機体は振り向きもせず背後に太刀を背後に突き出すと、その刃は正確に相手の胸元を操縦槽ごと貫いていた。

 わずか数刻もたたぬうちに、五機の小隊は隊長機を残すのみとなっていた。


『ば…馬鹿な。たった三機の相手に我らが…!?』


 狼狽する小隊長の機体が徐々に後ずさっていく。

 だが、背後には重槍剣を構えた漆黒の機巧兵に阻まれ、眼前には瞬く間に仲間の二機を仕留めた灰色の機巧兵がゆっくりとこちらに近づいてくる。


『戻って貴様らの指揮官に伝えろ。このオルガは剣聖ログナーが守護する地だ。ことごとくこの地に屍を晒したくないのであれば、手を引け…とな』


 小隊長の機体はその声に威圧されるかのように後ずさると、そのまま登ってきた坂を慌てて逃げ去っていった。


 それを見送るように砦に背を向けている漆黒の機体レグナ・ヴァールに、ログナーの駆る灰色の機体グレイ・フォルダが近づいていく。周囲に敵の気配がないことを確認したカインは、機体の胸部の装甲を開いてログナーに問いかけた。


「追わなくていいのか?」

「必要ない。僅かな間に奴らはかなりの機体を失った。これで奴らも少しは慎重になるだろう。さしたって時間を稼げれば今はそれで良い」


 ログナーは「退くぞ」とカインに短く告げながら自らの機体を砦に向かわせようとした瞬間、僅かではあったが遠くから殺気を帯びたような視線と気配を感じて機体を立ち止まらせた。


(この気配は…)


 一瞬のことであったためその気配の在り処を掴むことはできなかったが、獲物を品定めすかのように殺気を押し殺してはいるものの、湧き上がる炎のような強い闘気をログナーは確かに感じたのだ。


『何か気になるのか?』


 剣を構えたまま立ち止まるグレイ・フォルダを怪訝に思ったのか、訝しむようにカインが機体越しに拡声器で問いかける。


『いや…気にするな。何でもない』


 ログナーはそう言って構えた剣を鞘に納めると、踵を返してその場を後にした。

 

「まさか、あ奴なのか…?」


 機体の操縦槽の中でログナーは思わず心に浮かんだ疑念を呟いたが、次の瞬間にはその瞳に強い決意の光を宿していた。



 オルガ砦から数十リートは離れているだろう小高い丘の上に二つの人影が佇んでいた。

 切り立った絶壁の上ではあるがこの場所からであればかろうじて肉眼でオルガ砦の城門前を見通すことができるのか、彼らは先ほどの戦いの一部始終をここで見据えていた。


「ログナーの老いぼれ奴…こんな所に隠れているとはな…」


 外套をはためかせて赤毛の偉丈夫がそう呟く。

 傍らに控えていた若い騎士風の男は少しだけ怪訝そうな表情でそれを見返すが、その真意を問いただすようなことはせずに相手の背中に向けて冷静に現状の報告を始める。


「明朝、全軍を持って総攻撃を開始するとのことです」

「フン、無駄なことを」


 口元に獰猛な笑みを浮かべてそう揶揄するように答えたのは、イシュガルド帝国においてその名を知らぬ者はいないと言われる剛剣の使い手であり、《隻腕の赤獅子》の異名を持つグエン=ヴァルード将軍。

 その傍らにいる騎士ギュンターもグエン率いる部隊が出陣するに際にその指揮下に加えられこの地に参陣していた。


「多少の犠牲は止むを得ないとはいえ、数の上では我が圧倒していますが…」

「フン!雑兵をいくらぶつけたところでどうにかできる相手ではない」

「ですが…バルケス閣下は渓谷の東側に迂回させた別動隊で挟撃を行う手筈となっております。相手の兵力で二か所を同時に防ぎきるのは難しいのではないのですか」


 周囲を威圧するかのように獰猛な雰囲気を纏っているヴァルードであったが、ギュンターはそれに臆することなく自らの意見を伝える。だがヴァルードはオルガ砦の方角に鋭い視線を向けたまま短く答えた。


「お前の目は節穴か」

「…………」


 そう言ったヴァルードが顎で砦の先にあるオルガの町を指し示すと、ギュンターはその意味するところにようやく気が付いた。


「町の灯りが…それに静かすぎる。まさか…!?」


 ヴァルードはそれ以上は何も答えはしなかったが、その沈黙こそギュンターが察した状況を肯定するものであった。


「奴らは最初から砦を死守するつもりなどない…ということですか」


 すでに宵闇が近い刻限であるというのに、砦にわずかなかがり火が見えるだけで町には灯りすら見えないのだ。それどころかここから窺い知れるかぎり町は静まり返っている。それは事前にこの襲撃を察知されていたが故、すでに住民の避難が進んでいることを示していた。


「砦に主力を引き付けている間に住民を逃がしていたのだろう。それにただでさえ少ない兵力を町の東側に割くようなことはすまい。せいぜい罠を張って足止めや時間稼ぎをするだけだ」

「ですが逃げるといっても街道はわが軍が抑えております。逃げ場など…」


 そう言ってギュンターは改めて周囲の景色を見渡してみるが、高台から見える景色は断崖や絶壁に囲まれている場所も多く容易に逃げ出せるような場所があるとは思えない。北に見えるカルハナ山脈の麓までいけばこちらも追跡は困難になるとは思うが、冬も近づいているこの季節にあえて極寒の地に逃げ込むなど自殺行為に等しい。あとは渓谷を縫うように多くの河川が四方に伸びているだけだった。

 だが、そこまで考えてギュンターはある可能性に気が付いた。


「まさか…河を下って」


 陸の上では機巧兵の脚の速さは騎馬などにも勝るものであるが、浅瀬であればともかく全身を鉄の鎧を纏っている機巧兵が水上で戦うことは難しい。ましてやそのような状況は作戦立案時に想定されてはおらず、国元から離れたこの地で軍船や軍筏の準備などとうてい及びもしない。


「なかなかやってくれる…」


 またもヴァルードは獰猛な笑みを浮かべているが、その目はどこか愉しむような輝きすら見受けられる。

 獅子の如き強さを誇るこの男にとっては蹂躙されるだけの弱き獲物などに興味はないのである。むしろ自らの命を賭けて対等に渡り合える相手を正面から力で捻じ伏せてこそ、この男の武人としての矜持を満たすのだろう。


「閣下、やはり我らもすぐにバルケス将軍の加勢に参りましょう。すでに町の人間の避難が進んでいるのだとすれば、標的である《聖鍵の御子》なる人物も取り逃がしてしまいます」


 ここまできてギュンターもようやく状況が芳しくないことに気がついたのか、先日と変わらず悠然と構えて動こうとしないヴァルードを急き立てる。だが当のヴァルードはそんなギュンターの焦りなど意に介することもなく、いつのまにか手にしていた酒瓶から酒を煽ると、空になった酒瓶をギュンターに放り投げる。


「まぁ待て」

「ですが…」

「そちらはあの男が手を打っている」

「あの男…?」

「フン、人さらいなんて下らん任務はあいつに任せて置けばいい。得体の知れない奴ではあるが腕は立つ」


 そう言われてギュンターはこの場に居ない白衣の呪法師のことを思い出していた。


「まずはバルケス奴のお手並み拝見だ。その後、存分に手強い鷹狩りでも愉しませて貰うとしよう」


 そう言ってヴァルードは外套をひるがえしてバルケス将軍の陣地へ向けて歩き出すと、しばらくオルガの砦のある方角を見据えていたギュンターも空になった酒瓶を抱えてその背中を追うように走り出した。

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