02話 鋼の町オルガ
大陸の最北端にあたるオルガルト地方。
標高3000ルフトを超える霊峰カルハナ山脈とそれに連なる山々が織りなす大陸屈指の山岳地帯だ。
一年を通じて雪と氷に覆われた極寒の地は雪止め水が幾つもの渓流を織りなし、長い年月をかけて削られた岩盤が幾つもの渓谷を形作っている。裾野に向かうにつれて段々状に丘陵や森林が存在し、それらが幾重にも複雑に重なりながら裾野に向かっている。
その切り立った渓谷を登った先の小さな丘陵にオルガの町はある。
辺境においては小さな集落などが存在しているだけのことが多いが、ここオルガの町には幾つもの家や建物が並んでおり、郊外には少ないながらも作物の畑や放牧されている家畜とその家畜小屋なども散見できる。町を南北に貫く通りの中央にはわずかであるが煉瓦造りの立派な建物なども見え、その通りを行きかう人通りもそれなりに多い。
一見すると何処にでもあるような町ではあるが、近隣ではオルガの町といった名前よりも鋼の町の通り名の方が親しまれている。
ここがそう呼ばれる所以は、町を南北に貫くように走る通りの両側にあった。
町を通りを北側に抜けた先には幾つもの岩盤がむき出しになっており、その壁面には厳重に鉄骨で補強された人工的な洞穴が幾つも口を開けている。その周囲には幾つもの鉛色の鉱石が山のように積み上げられており、近く止め置かれている大小の荷車にも同じように積まれている。
ここオルガにある鉱山は良質な鉄鉱石の鉱脈が広がっており、町にはそれらを採掘することや加工することを生業とする者たちが多く集まっている。近年では鉱脈の一角から聖晶石が見つかることも珍しくなく、それを目当てにここを訪れる商人もいるくらいだ。聖晶石とは、鋼の巨人である機巧兵を動かすための重要な部品を造りだすために必要不可欠な素材であり、その価値は同じ重さの金の数十倍の価値で取引きされることもあると言う。そのためオルガの町は街道の終端にあたる僻地ではあるが、鉄鉱石や聖晶石を求めて商人たちが買い付けに来ることも珍しくはなかった。
そしてもう一つの理由は町の南側にある。
町の南側には渓谷の岸壁を利用した堅固な城壁を持つ砦が建てられてる。
商人たちの出入りが多いということは、金銭も含めて価値のあるものがここを起点として往来する可能性がある。それ故、身持ちを崩した傭兵や盗賊まがいの者たちがこの町を狙って襲撃してくることも珍しいことではない。近隣の独立都市などもこの町の利権を狙って脅迫まがいの兵を差し向けてくることもあるくらいだ。
一応、この町の鉱山は大陸有数の商家であるエストリア商会の管理下にあるもので、隣接する都市などへ租税を支払うことで友好を保ってはいるが、戦乱が続く時勢にあってそうした約束があっさりと反故にされることも珍しくはない。それもあって、この町の入口には関所も兼ねた砦が築かれており、この鉱山とその利権を守るべく商会が独自に雇っている傭兵団も駐留していた。
採掘される鉄とそれを守る剣、それがこの町が鋼の町と呼ばれる所以であった。
今の時刻では町から見える太陽もカルハナ山麓の稜線にその半身を隠しつつあり、それを眺める者の足元に見える影は長く伸びている。本格的な冬場が近いこの時期では日が沈むのも早く、もう数刻もしないうちに宵闇が空を覆いつくしてしまうだろう。
先ほどの街道での戦いはカインの駆るレグナ・ヴァールの奮戦によって、野党が駆る5体の機巧兵は全て戦闘不能に追い込まれ、ほどなく増援に駆け付けたイザールや砦の仲間によってその多くは捕縛されるか逃げ散っていた。行商隊の面々も荷馬車を一台は失うはめにはなったが、死傷者もなくわずかな怪我人を出す程度の被害でどうにかこの砦にたどり着くことができていた。
カインは戦場で鹵獲した野党どもの機巧兵を運ぶべく砦に併設されている駐機場に向けてレグナ・ヴァールを移動させていた。
操縦槽の映像盤の片隅にはカインと同じく回収した機体やその残骸を運んでいる仲間の従機兵の姿もあり、その中には増援を呼ぶためにあの場から離れたイザールの機体の姿もあった。
そして暗灰色の機体が最後に城門をくぐると、その拡声器から初老の男の鋭い声が響く。
『まだ残党が潜んでいる可能性もあるゆえ城門を閉じろ! 後詰めだったものはそのまま交代で見張りだ!』
ほどなくして堀にかけられていた桟橋があがり城門の鉄扉が固く閉ざされると、城壁に備え付けられた見張り台の上に慌ただしく登り始める幾人かの男たちの姿が見える。
暗灰色の機巧兵はそれを見届けると、砦の中庭に片膝をついて駐機姿勢となる。
――機巧兵グレイ・フォルダ。
この砦を守護している傭兵団の長の機体である。
全身に纏う鎧は些か古びてはいるものの随所に精緻な飾りや模様が施され、兜には一本の鋭く長い角飾りを生やしている。腰にはレグナ・ヴァールと同じく長太刀を吊り下げているだけだが、堂々たるその姿は歴戦の風格すら感じさせるものであった。
駐機姿勢となったグレイ・フォルダの胸部の装甲が開くと、その操縦槽からは先ほどの命令を発したものが降りてくる。
年齢は初老の域に達しているであろうか。
白髪に近い灰色の髪を無造作に襟足で束ねており口元にも髭を蓄えている。大柄ではないが年齢を感じさせぬ鍛えられた体躯をしており、腰に吊り下げている太刀と同じく鋭い視線は周囲を圧倒する歴戦の風格がある。
ログナー=オルランド。
オルガの砦の傭兵団の長である。
もう15年ほど前にはなるが、まだ幼子であったカインと生まれたばかりの女の赤子を連れて傭兵としてこの町に流れ着いた。
かつてはどこかの王国の騎士団で剣術指南役を務めていたとも、一軍を預かる将であったとの噂もあるが本人は否定も肯定もせず無言を通している。カインも一度だけ過去のことを問うたことがあったが、「ここでの暮らしが全てだ」とにべもなく答えるだけで、それ以上のことは答える気配はなかった。まだ幼かったカインはそれが不満ではあったが、実直だが口数の少ないこの養父が簡単に話してくれるとは思えず、それ以来このことを口にしたことはなかった。
ただその剣技は近隣に並ぶものがおらず、的確に状況を見極める冷静さや胆力は傭兵の間でも頼りにされており、鉱山の所有者であるエストリア商会の強い要請もあってこの町で兵士や傭兵たちを束ねている。
ログナーが機体を降りるやいなやその周囲に幾人かの兵士や機巧師たちが集まってきており、それぞれ指示を仰いでいる。
手練れの兵士らしき男には捕縛した野党たちを獄へつないで見張りをつけるように指示を飛ばし、機巧師たちには鹵獲した機体や残骸を工廠に運ぶように指示している。一方で、ようやく砦に逃げ込んだ隊商の面々が安堵のあまり中庭に止めた荷馬車の傍らでへたり込んでいるのを見ると、他の兵士に案内させて詰所の方へ連れていくように指示をしている。ひとまず休息させつつも、事情を聞いたり身元を確認させるつもりなのであろう。
ふいに映像盤ごしに一瞬だけログナーの視線がちらりとカインに向けられる。
その目がこちらを咎めているような気がしたが、ことさらカインに何か声をかけるといった風もなく、指示を待つ幾人かを従えて詰所のある方へ向かって立ち去っていく。どちらかいうと無視されているような雰囲気だった。
(何だよ…)
労いや称賛の言葉を期待してたわけではないが隊商の面々の窮地を救い、多勢を相手取ってそれなりの戦果を挙げたはずなのに咎められるよな目線を向けられた気がしてカインとしては些か釈然としなかった。
『おい、そんなところに突っ立ってないで行くぞ!』
隣に並んだ機体の拡声器からイザールに促されると、カインは再びレグナ・ヴァールを駐機場へ向かわせた。
カインはレグナ・ヴァールに運ばせてきた野党の機体の残骸を駐機場の広間の前に置くと、機体をいつもの整備柵に固定させる。そのまま操縦槽の上部にあるレバーを手前に引くと、ガクンと大きな揺れた後は座席の下から伝わっていた振動が急速に緩やかになっていく。機体の心臓部である結晶駆動炉が休眠状態まで出力を低下させ、先ほどまでは轟々と唸りをあげていた炉心も、今は荒い呼吸を整えるかのように小さく喘ぐような振動にわずかだが落ち着き始める。
先ほどの戦闘では短時間であったとは言え限界近くまで機体を酷使したため、鎧の下にある鋼の骨格すらも強く発熱しており、その上に纏う装甲の隙間からは陽炎のように熱気が立ち昇っている。
カインは続けて足元の冷却弁のレバーを引き上げると、機体の各所にある装甲の隙間から勢いよく蒸気が噴き出して炉心の喘ぎも先ほどより静かになっていく。
カインは自分の緊張も解くように操縦槽で小さく息を吐きだすと、機体の胸甲を押し上げて操縦槽から降りようとした。
「こりゃあ随分と無茶をしたもんだ…」
開いた胸甲を覗き込んで声をかけてきたのは老齢の機巧師ゴードンだった。
この砦の機巧兵や従機兵の整備を担う技師たちを束ねている鍛冶匠合の長である。
「…………」
「あいかわらず不愛想なやつだ」
ゴードンの揶揄するようなその言葉にカインは無言で操縦槽を降りてくる。
カインのそうした態度はいつものことなのか、気分を害した様子もなくゴードンはにやりと笑みを返す。
「まぁ、レグナ・ヴァールの方は限界まで稼働させたみてぇだから、炉心の熱が放熱し切れなくって全身に回っちまってる」
ゴードンはレグナ・ヴァールの装甲の隙間から骨格の内側を覗き込んだり軽く手で触れたりしながら機体の状態を確かめていく。
「だが骨格が歪んでいる風でもねぇから、幾つか装甲を外して熱を冷ましてやりゃ元の調子に戻るだろう。こっちでやっておいてやるから任せておきな」
「頼む…」
ぼそりと吐き捨てるようにカインは呟くが、悪びれた様子はない。
「しかしあっちの方は見る影もないのぉ。こりゃあ修理してどうにかなるよう状態じゃないってもんだ…」
ちらりとゴードンが視線を向けた先には鹵獲した野党の機体やそれらの残骸が駐機場の床に転がされている。それを見やったゴードンはやれやれといった様子でため息をついているが、その目は玩具を与えられた子供のように輝いている。
機巧師というものは元来は機械を扱うことに無情の喜びを見出す連中が多く、この老練な機巧師もそれは変わらない。人を束ねるような立場であるにも関わらず今だに職人として現場に立って機巧兵を整備している。遠からず残骸になった機体の部品をかき集めると一機分くらいは機巧兵に組み上げてしまうだろう。
「あぁ…まったくだ!」
カインが整備柵に降りてくると、続いて声をかけてきたのはイザールだった。
先刻は砦に危急の報せを告げる伝令役をカインになかば強引に押し付けられてしまったが、ログナーが引き連れてきた増援の中には彼の駆る従機兵の姿もあったのだ。その後も行商隊の面々を警護しつつ、他の仲間と一緒に野党の機体や残骸を回収していたのだ。
「お前が無茶しやがるから、俺までとばっちりで団長に絞られたじゃねぇか!」
「…………」
「もう少しやりようがあっただろ。俺達が到着するまで足止めしとくだけで良かったんだよ」
「…それなら隊商の連中を助けることができたのか?」
「そうじゃねぇだろ…」
イザールは独断専行に巻き込んだことをかなり怒っているのか、いつもの軽薄で柔弱な雰囲気はなりを潜め、いつになく真剣な表情でカインを見据えていた。
見かねたゴードンが「あれだけの数を相手にしたんだ…そう責めるな」と言って仲裁に入ると、イザールは小さく溜息をつくと「ちったぁお前も考えろ」と言って、顎で駐機場の一角を指し示してさっさと詰所の方へ立ち去ってしまう。
その視線の先にはいつのまにか後始末を終えたであろうログナーがこちらを見上げていた。
「カイン…ちょっと来い」
そう声をかけてきたのはログナーだった。
駐機場から外へ通じる出口まで行くと、ついてこいと手ぶりで示してくるりと踵を返して外へ出ていく。かがり火を背にしてるため影になったログナーの表情までは伺うことはできなかったが、怒っていることは明白であろう。
駐機場の裏手に抜ける通路を歩いている間もログナーは無言だった。
すでに外は完全に日も暮れてきており、砦から見える家々からは夕飯の支度を知らせる煙があがっている。夕刻前には止んでいた雪も再び緩やかに雪が舞い降りてきており、明け方に向けて吹雪いてきそうな空模様だった。
整備場の裏手には小さな古井戸や冬越しのための薪が積み上げられている薪小屋などがあり、その前は少し広くなった空き地になっている。ここまでカインの前を無言で歩いていたログナーだったが、ふいに立ち止まると静かに振り返る。
その目は怒りの感情は見て取れず静かな光を帯びているだけだったが、全身から立ち昇る闘気というか殺気のようなものが対峙するカインには感じられた。
「何故、あのような戦い方をする」
「…………」
「賊を見つけても単独で手出しするのは控えよ…と命じておたはずだ」
「あのまま隊商の連中を見殺しにすれば良かったのかよ…」
「そうは言っておらん。あのまま見過ごせば隊商の連中にも多くの犠牲が出ていたやもしれん。そのことを責めているのではない」
「じゃあ、何だって言うんだ…」
「我ら傭兵は命と引き換えに日々の糧を得ている。それ故、こうした戦いで命を危険に晒すこともあるだろう。だが、我らが守っているものは何だ? 我らが守りを失えばこの町に暮らす人々は誰が守る?」
「…そのために俺たちが居る」
ログナーはため息交じりに「だからお前は半人前なのだ」と呟くと、そのままカチリと太刀の鍔を鳴らしてカインに向けて刀を抜けと目で促す。
こうしてログナーと対峙すると自分の剣がいまだ未熟なものであることを思い知らされる。
体格はさしてかわりないくらいまでにカインも成長はしている。だが、構えた剣やその全身から発せられる見えない圧力…剣気とでもいうのだろうか。それが対峙している者にむけて絡みつき、押しつぶすように締め付けてくるように感じるのだ。
(言い分があるなら、剣で示せってことかよ)
その気迫に気圧されつつも、カインも腰の太刀を引き抜き両手で上段に構える。
格上のログナーに対して受け身でいては初撃で先手を取られてしまい、巧みな剣技の前に防戦一方に追い込まれてしまう。それ故、最初の一撃で先手を取る以外に勝利を得ることが難しいことをこれまでの稽古を通じてカインは知っていた。
それに対してログナーは太刀に手をかけてはいるものの、その刃は鞘に納めたままで悠然としている。
だが、カインから見えるその姿には斬り込む隙すら見いだせず躊躇するしかない。そんな逡巡すら見透かしているのか、ログナーは無造作にカインとの距離を詰めると、自ら隙を見せると誘うようにカインの間合いに入り込んでくる。
その動きにカインはつられるように構えた太刀を振り下ろす。
その刹那、ログナーの抜き放った居合の一刀が鞘走ると、あまり迅く強烈な一撃が振り下ろしたカインの一撃を跳ね上げるようにら打ち崩す。そのまま返す刀が袈裟懸けにカインに振り下ろされるのを、どうにか揺らいだ剣先でいなすが矢継ぎ早に繰り出される切先を受け流すので精一杯となり、瞬く間に防戦一方に追い込まれる。
「機巧兵は戦の道具だ。その機体の奥底には破壊への衝動とも呼べる本能が眠っており、強く同調した乗り手を苛むことがある」
「くっ…」
「それに抗うことなく身を委ねたものは、血を求めて戦うだけの殺戮者と同じだ」
大きな踏み込みとともに繰り出されたログナーの力強い一撃に、カインはかろうじて頭上にかざした剣で受け止めると返す刀で水平に薙ぎ払う。だが、ログナーはあっさりとそれを剣で打ち払うと、尚も言葉を重ねていく。
「確かにお前は剣士としても機巧兵の乗り手としてもその腕は一人前といってもいいだろう。だが、力を求めるあまり己を律することができないのでは道を失うだけだ」
「俺はそんなこと思っちゃいない!」
「本当にそうか? あの場でお前はレグナ・ヴァールに宿る破壊の衝動に抗いきれず、機体が命じるままにその剣を振るったにすぎなかったのではないのか」
「俺は隊商の連中を守ろうと必死だっただけだ!」
「では何故、最後の一機に止めを加えようとしたのだ」
「……!?」
その言葉にカインは言葉を失い、明らかに怯んでしまった。
その僅かな隙を達人とも呼べるログナーが見落とすことはなかった。
カインの打ち込みを真っ向から受け止めると、ぶつかり鍔ぜりあった刃を強く押し返えさずに斜め下に受け流すようにいなす。バランスを崩してカインの太刀筋が乱れた瞬間、すかさず刀を返して打ち上げて強烈な一閃を放つ。その一撃で受け止めて腕にしびれを感じた時には、カインの太刀は弧を描いて弾き飛ばされていた。
一瞬のことに呆気に取られていたカインであったが、次の瞬間にはログナーに胸倉をつかまれると頬に強い衝撃と痛みが走る。そのまま雪の降り積もった地面にカインは転がされると、口の中にはじんわりと鉄のような味が広がる。
「お前の剣は力ばかりを追い求め、自らの命を軽んじる…」
「……くっ」
「何かを守るということは、自らも生きてこそ成すことができるものだ」
見上げたそこには怒気に満ちた眼差しでカインを見下ろすログナーと、何事かと騒ぎを聞きつけて集まっていた者たちが驚いた顔をしたまま固唾をのんでこちらを見ている。
その中にはこちらを悲し気に見つめている少女の姿もあった。
「お前の守りたいものが何であるのか、良く考えろ…」
ログナーはそう言い捨てると、カインを置いてその場を立ち去った。




