14話 モンテダールの街へ
カインはレグナ・ヴァールを駆って、雪に覆われた森の木々を縫うようにモンテダールの街へと向かっていた。
整備されている街道を進めば到着を今少し早めることはできるだろうが、密かに斥候として仲間がモンテダールへ向かったのであれば人目につく街道は避けて森の中を抜けて行ったはずである。それが証拠に森には野営したような痕跡も残されていた。
森の木々に機体をぶつけないように巧みに操りながら、カインはオルガの砦を出立した時のことを思い返していた。
数刻ほど前に砦のログナーの執務室をカインが訪れると、そこで待つログナーはいつもと同じく険しい顔をしていた。昨日のことで何か小言の一つも言われるのではないかと少しだけ身構えていたのだが、ログナーはこれ以上は特に言う必要はないと思っているのか話題に上ることはなかった。
カインが呼び出されたのはモンテダールへ偵察を命じるためだった。
ログナーはモンテダールの近隣に謎の軍勢が潜んでいる可能性があることや、先だってそこへ向かった仲間が今だ戻っていないことなどをかいつまんで説明すると、急いで状況を確かめて戻ってくるようにカインに命じた。幾つか任務に必要なやりとりをした後、いつものようにイザールと二人であたる任務と思ったカインがそのことをログナーに伝えると意外な返答で返された。
「モンテダールにはお前とレグナ・ヴァールで向かってもらう」
「それは構わないが…」
「今回は奴には砦に残ってもらう。どのみち寝台で呻いているあやつが今すぐ役立つとも思えん」
そう言ってイザールがこの場にいない理由をログナーは揶揄したものの、苦笑しただけでそれを強く咎めないのは彼の長弩弓の腕前をそれなり評価しているからである。もし砦で籠城するようなことになればイザールの射撃はこの上ない戦力となる。
「それならこの任務は俺だけで…ってことになるな」
ログナーが率いる傭兵団は機巧兵を四機ほど保有している。
団長であるログナーが駆るグレイ・フォルダとカインの駆るレグナ・ヴァール。他にも2機の機巧兵が駐機場には並んでいるが、一方はモンテダールの偵察に向かっているホランドがその乗り手を務めており、残りはかなりの老巧機ということもあり模擬戦や訓練に使えるくらいの代物だ。従機兵であれば乗り手も含めて六機ほどは稼働できるものがあるが、機巧兵の足についてくるのはいささか難しい。もう数日後であれば、ゴードンが修理中の機体もそこに加えることができるかも知れないが、それを待つ猶予は無さそうであった。もちろん団長であるログナーもこのオルガ砦を離れるわけにもいかないため、この任務を全うできそうなのはカインが駆るレグナ・ヴァールだけであった。
「いや…お前一人ではない。此度はもう一人同行して貰うつもりの者が居る」
「同行者?」
「先ほども申した通り此度の任務は急ぐに越したことはない。さりとて今は動かせる機体も限られておる故、お前の機体に同行者を乗せて向かってもらう」
「…………」
「そう露骨に嫌そうな顔をするな。鍛冶師長には話を通してあるから、出立までには準備を済ませてくれるはずだ」
「…分かった。それで同行者っていうのは?」
カインはすぐに出立するつもりで踵を返すと、扉に手をかけながら背中越しにログナーに問いかけた。
「先ほど話した呪法師のエメルダ殿だ」
「……本気か?」
実際に会ったことがある訳ではないが、呪法師なる存在がいることはカインも知識としては知っている。だが、傭兵稼業が長いと言っても武人肌のログナーの知己にそのような怪しげな者がいることが驚きだった。それに堅物である養父がそんな怪しげな手合いを信用するというのもいささか意外なことだった。
思わずカインが振り向いて怪訝そうにログナーを見返すと、堅物のログナーにしては珍しく「不愛想なお前とは気が合うやもしれんぞ」とにやりと笑いながら冗談を口にする。
だが、それも一瞬のことで、こちら見据えるログナーはいつになく真剣な眼差しで続く言葉にもそれが込められていた。
「儂の杞憂であればよいが、此度は盗賊まがいの傭兵を相手にするのとは状況が異なるやもしれん…。そのような時こそ彼らの知識やその術がお前の助けになるやもしれん。くれぐれも油断せず必ず生きて戻れ」
カインはその言葉に素直に頷きはしたものの、いつもは寡黙で剛毅なこの養父が冗談などを口にしたことに小さな違和感を感じてもいた。あの時のログナーは心の奥底にどこか大きな迷いを抱えているように感じられ、それを軽口を叩くことで隠していたように見えたのだ。
(俺の考えすぎか…)
そう心の中で呟いてカインは首を小さく振るが、そのことは小さな棘のように心の隅に引っかかっていた。
「何やら考え事をなされているようですね」
その声にカインは現実に引き戻されると、その視界の片隅に白い人形のような顔がこちらを覗き込んでいる。その声の主は操縦槽に取り付けられた補助席から身を乗りだすようしてカインに声をかけているのだ。
「別に…何でもない」
「その割には出立したときに比べて機体に枝がぶつかることが多くなっております」
カインも呪法師なる者を見るのは初めてであった。
その者は全身をすっぽりと昏い濃緑の外套に身を包み、顔には白い仮面を被っている。その声が仮面に反響してくぐもって聞こえ、淡々とした口調もあって男女の区別が定かではない。表情から何かをくみ取ろうとしても、素顔は白磁の仮面に覆われており、覗き穴すらない仮面からは表情はおろか目線さえ追うことができないのだ。
纏っている雰囲気が怪しげなことは言うまでもないが、感情や気配といったもの恐ろしく希薄で、集中していなければカインとて背後に忍び寄られても気付けるかどうか自信がなかった。
(何が無愛想で気が合うだよ…)
ログナーは出がけに冗談のようにそう言ったものだったが、狭い操縦槽の中でこの奇妙な同行者と二人きりになるのはいささか居心地が悪いものであった。ましてや、こちらが考えていることを見透かしたようなタイミングで声をかけてくるのも心臓に悪い。
(狙ってやってんじゃねぇだろうな…こいつ)
そう勘繰りたくなるほど、カインの集中力が低くなったような時に声をかけてきているような節があった。
こちらが探るように目線を向けると、「何か…?」と呟くように声を発してはくるが、それ以上は話題を続ける気がないのか無言となる。カインもどちらかと言えば無口な方ではあるので、操縦槽は再び沈黙に包まれる。
(イザールの軽口の方が気楽とは思いもしなかった)
だがこれから1日、2日ほどは行動を共にする以上、ある程度は相手を知ることも必要ではある。
柄ではないと思ったが、呪法師という存在と接する機会など滅多にあるものではないので、カインは気になっていたことを聞いてみることした。
「昨日、砦に俺達が帰還したときに城門は閉じられて、さっき出立するまでは一度も開けたりはしてなかったはずだ」
「そのようです」
「あんたどうやって俺達の町に潜り込んだんだ? 助けた隊商に商人と偽って紛れ込んでいたとしても、あんたみたいな異質な気配なら叔父貴はもちろん俺でも気がついたはずだ」
「さて、どうでしょうな」
こちらを馬鹿にしているというよりは、あまり教える気がないのであろう。
「まぁ、無理に教えろとは言わないけどな」
カインとしては興味本位で聞いているだけなので、それほど返答に期待していいるわけではなかったが、目の前の呪法師は少しだけ考え込むように沈黙していたが、ややあって口を開いた。
「我ら呪法師とて常にこのような出で立ちをしているわけではありません。戦士が剣や鎧を身に纏って戦いに備えているように、我らも術を施した仮面や外套を纏っているにすぎないのです」
「いつもそんな恰好をしてるって訳じゃないと?」
「左様です。我らが操る術は本来はその流派において秘匿されているものが多く、それも含めて人前に姿を晒すことを好みません」
「流儀みたいなものか…」
「そうですね。ただもう一つ大きな理由として、人に宿る魂は真名とのつながりが深いと術者の間では考えられています。高位の術の中にはそれを糧に相手を意のままに操ったり死に至る呪いを施す術もあるため、それを知る我らは人前に姿を晒すことを避ける者が多いのです」
「あんたは違うのか?」
エメルダは砦でカインが出立の準備を行っている間、とくに姿を隠そうとしている様子はなかった。今と同じく外套で全身に纏い素顔を仮面で隠してはいたが、その奇怪な姿は砦でもひと目に晒していた。迷信深い年配の機巧師やたまたまその姿を目にした町の住民などは怯えるあまり物陰に身を隠してしまう者もいたが、エメルダ自身は隠れることはなく堂々としていた。
「私には必要がないというだけです。備えを怠ることがなければ他の術者に遅れを取るものではありませんので」
(…出来損ないの紛いものには、隠すようなものなど最初から存在しないのですよ)
エメルダはそう心の中で呟いただけで、それがカインの耳に届くことはなかった。
「どうやって…って聞いたところで俺には無駄な話だな」
そう冗談めかして言ったカインの様子が可笑しかったのだろうか。次の言葉につながるわずかな間のだったのかもしれないが、仮面の奥でエメルダが笑ったような気がした。
「残念ながら。ですが高位の呪法の中には人や物を時を要さずに離れた地へ運ぶ秘術もあります。あらかじめ魔力を帯びた道標となる呪物や、転移の門となる法陣を描くことでもそれを可能にすることができます」
「そんなものが世の中にあるってのか…」
「ですが、膨大な魔力を浪費する術でもありますので、自在に操れるような術者は僅かでありましょう」
「あんたはそこに含まれないのか」
「さて、どうでしょう」
その返答がおどけているようにも聞こえて、カインは思わず口元を緩める。
「私からもカイン殿に伺いたいことがあります」
「何だよ」
「砦を出るとき、あの場を訪れていたあの娘…アリシア殿と申しましたか。彼女はあなたの縁者か何かでしょうか?」
「……何でそんなことを聞く」
「いえ、家族とは違う様子でしたがとても親し気な雰囲気でしたので」
「別にあんたには関係ないだろ」
(こいつ、知ってて俺のことをからかってないか!?)
「詮索するつもりはございませぬが、何やら編み紐のようなものを受け取っていたようでしたので、この地方の風習か何かと気になったのです」
エメルダはカインが腰につるしている長太刀の鞘に括りつけられている藍色の糸で編み上げられた飾り紐を指さすと、無遠慮に無機質な仮面を向けてくる。
この北の地方には、男性から贈り物をされた女性が相手への返礼として、自らが身に着けていた髪結いの飾り紐を贈ることで同じ気持ちでいることを伝えるという意味があるものだった。
「別に大した意味なんかねぇよ!」
「そうですか。ではそれほど剥きにならずとも良いかと思います」
「お前、わざとやってねぇか…」
「さて、どうでしょう」
そう言ってエメルダは首を傾げているが、カインにはこの呪法師が自分をからかって愉しんでいるようにしか見えなかった




