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エイベルギアの聖旗  作者: 狼煙
序章
1/22

01話 北天の鷹

 分厚い鈍色の空からはとめどなくあふれだすように白磁の結晶が舞い降りてくる。

 森に立ち並ぶ木々や隆起した岩肌に降りそそいだそれは、遥か遠くに見える山々から続くこの地まで白き静寂で覆いつくしている。

 それらの景色を悠然と見下ろすように天空を一羽の鷹が舞っていく。

 霊峰に宿ると神が与えたとされる猛き翼を広げて、凍てつく北天の風に抗うようにその孤影だけが空を自由に駆け抜けていく。

 

 オルガルト渓谷――。


 大陸北方に連なるカルハナ山脈の麓にその地はある。

 険しく切り立った崖と針葉樹の森に囲われたその地は、一年のほとんどを雪に覆われる辺境の一つである。

 だが、その白き静寂を遮るように鋼の軋む音と大地を揺るがす衝撃が木々を揺らし、驚いた鳥たちが警戒の鳴き声をあげて周囲の木々から飛び去っていく。


 そこに在るのは強大な鋼の鎧を纏った巨人であった。

 身の丈はゆうに10ルフト(1ルフト=1m)を超え、全身に鋼の鎧を纏い、その手には巨大な剣を手にしている。


 ――機巧兵《アイン=クリーガー》。


 魔道の粋である聖結晶を糧として、かりそめの命を与えられた巨大な鋼の戦士。

 それがこの静寂を打ち破ったものの正体であった。

 

 3機の機巧兵を先頭に2機の従機兵が、雪煙を舞い上げて先を走る荷馬車の一団を後方から追い立てている。

 追手側の機巧兵は剣を手にしている機体もあれば長柄の得物を構えているものもあり、乗り手の流儀に合わせて好みの武装を施しているのだろう。その身に纏う鎧の意匠も統一されたようなところは見当たらず、正規の軍隊には見えそうもない。

 更にその後方には機巧兵にやや遅れるように随伴している数十騎の武装した騎影も見えるが、粗野な雄叫びを上げて無抵抗の獲物を追い立てている姿は、まさに野党のそれである。


 荷馬車の一団との距離はまだ数十リート(1リート=1m)ほどは離れているが、街道は石造りで整備されているとはいえ雪が降り積もっている上に積荷を抱えているであろう荷馬車では振り切ることは難しい。いずれ機巧兵はおろか後続の騎兵にすら追いつかれるのも時間の問題だろう。


 その様子を街道を見下ろせる崖上から静かに見つめる二つの人影がある。

 薄汚れた灰色の外套に身を包み、周囲を警戒しながら岩陰に身を潜めつつその光景を慎重に観察している。


「ありゃあ…追いつかれちまうのも時間の問題だなぁ。」


 背の高い男の方が遠眼鏡を覗き込みながらのんびりとした口調で呟く。

 崖下から吹き上がる冷たい風が外套をはためかせると頭を覆っていた頭巾が外れて束ねていた赤錆色の長髪が揺れる。晒された素顔はこの地方にしてはめずらしい褐色の肌をしており、高い鼻梁に鋭い切れ長の瞳が女性の目を惹きつけそうな青年だ。


 男の名はイザール=ラハン。


 均整の取れた長身に隙のない身のこなしは戦士のそれである。

 双眸に好戦的な光が浮かべて薄く笑う口元を見る限り、褐色の肌の色とあいまって獰猛な豹のような印象を与える。


「どうする…カイン?」


 イザールはそう言って傍らにいる者に手にしていた遠眼鏡を無造作に放り投げる。

 投げられた遠眼鏡をカインと呼ばれた者は受け取ると、被っていた外套の頭巾を煩わし気に外しながら崖近くに近づいていく。


 頭巾を外して現れた素顔は思いのほか若い。

 無造作に切り揃えらた黒髪から覗く顔立ちは青年というには些か幼さも残るものの眉目の整った面立ちである。ただ射貫くような鋭さを持つ黒い瞳が猛禽を思わせるようであり、その若さには不釣り合いな剣呑さと戦士として冷静さが垣間見える。外套の隙間からは黒革の胴鎧と腰に帯びた長太刀が覗き、細身ではあるが均整の取れて鍛えられた体つきがこの青年も戦士であることを伺わせている。

「………」


 カインは岩陰に身を潜めつつ無言で遠眼鏡を覗き込む。

 だがそれもつかの間、渡された遠望鏡を無造作に突っ返すとまっすぐにイザールを見返す。


「あのなぁ…お前だって状況は分かってんだろうが?」


 その後に続く言葉がイザールには分かっていたが、年長者として説得くらいはしておくべきと思ったのか、やれやれといった様子で年若い相棒に翻意を促すべく諭す。


「正規の軍隊じゃねぇとは思うがさすがに俺達だけで5機も相手取るのは分が悪い。ましてや、ここから敵の鼻先に割り込むにしたって迂回しながら崖を降りなきゃいけないんだぞ。それじゃあ間に合わないだろうが」


 イザールの意見はもっともな話であった。

 荷馬車の一団が逃げ進む街道は両脇を切り立った断崖に挟まれており、今のカイン達はそこから少し離れた崖上にいる。数刻もしないうちに荷馬車の一団が彼らの足元を通過するだろうが、高さ50ルフト近い断崖が眼下に広がっている。もともと彼らが来た道を戻れば崖下まで降りるための間道はあるものの、それでは追手の鼻先に割って入るには時間が足りない。


「イザールはこのことを砦に知らせろ…」

「お前まさか…!?」


 不愛想にそれだけ言うとカインは崖から少し離れた大岩の裏に向かって歩いていく。

 そこには遠目から見れば被せられた天幕と雪によって何かがあるようには見えないが、明らかに岩とは違うものが隠されていた。

 カインはカモフラージュがわりにかぶせていた天幕を手早く引きはがすと、天幕の上の枝木と雪も滑り落ちていく。そこには岩肌の影に片膝をついた機巧兵が暗灰色の外套をまとった姿で隠されていた。


「って…おい!!」


 イザールが制止の声を上げるが、カインには耳を貸す様子もない。

 カインは機巧兵の胸部の装甲を引き上げるとその内側にある座席に滑り込む。手早く座席の防護帯を引き下ろして体を固定すると、頭上近くにあるレバーを引き下ろして胸部の装甲を閉じる。一瞬、操縦槽が暗闇に包まれるが、すぐさま唸るような駆動音と振動が座席の下から伝わってくると、ほどなく明かりが灯されるように正面や左右の壁面に外の映像が映し出されていく。左右の操桿篭手に腕先を突っ込んで具合と確かめるように軽く動かし、そのまま足元の足踏桿をゆっくりと踏み込むと、目の前に映し出された視界がゆっくりと高くなる。

 カインは操縦槽の中で機体に意識を合わせるように集中すると、機体の頭部がカインの意思をくみ取ったように首を左右に向ける。それに同調するように操縦槽の映像盤に映しだされる景色がカインの視点となるべく移り変わっていくいく。


(いつも通り…俺たちならやれるはずだ)


 カインは心の中でそう呟くと、その声に同調するかのように愛機の心肺機が低く唸る。


――レグナ・ヴァール。


 それは全身に黒い鋼の鎧を纏った機体であった。


 機体の頭部を覆う兜はは鋭く二本の角飾りが張り出すように伸びており、鋭く尖った兜のひさしや面当ての顎の意匠と合わさると猛禽類の嘴を想起させる。また細身の体躯に比べるとやや不釣り合いと思える重厚な肩鎧と両手首を覆う手甲も猛禽の爪のような鋭さを持つ拵えをしており、兜の意匠と相まって精悍な鷹のような印象を見るものに与える。そして機体の腰部には乗り手と同じく長太刀を吊り下げており、右手には機体に不釣り合いなほど大きな重槍剣を手にしていた。


 レグナ・ヴァールは低く唸るような駆動音を辺りに響かせると、白い粉塵を吹き上げて50ルフト(1ルフト=1m)の高さはあろうかという崖下へ迷うことなく飛び降りた。

 あまりに無謀な決断と行動に、さすがのイザールも焦って崖上から身を乗り出す。


「くそっ、あの馬鹿! この高さから飛び降りるなんて正気かよ!!」

 

 そう罵りつつも、イザールも隠していた自分の機体へ乗り込むと砦にこのことを知らせるべくこの場を後にした。



「もっと早く走らせられんのか!? このままでは追いつかれるぞ!!」

「やってますよ!積荷もあるからこれ以上は無理ですぜ!!」


 商人と思しき初老の男が身を乗り出して馬を操る行者に声をかけるが、返ってくるのは切迫した言葉だけである。


 数台の荷馬車からなる隊商の一団は、数刻前より野党と思しき手勢に追われていた。

 モンテダールの街を出て2日ほどたったあたりまでは、この街道で自分たち以外の姿を見かけることはなかったが、異変に気が付いたのは3日目の夜であった。

 夜更けに怯えたようにいななく馬の鳴き声で目が覚めて荷馬車から降りると、遠くに松明の灯りのようなもの目に入った。数日前にはそのような様子は全くなかったのだが、今はそのかがり火がゆっくりとこちらに近づいてきているように見える。こんな人気の無い街道で、それも夜中に近づいてこようとする者たちが良識と友愛の念をもっているとは思い難い。急いで寝入っている隊商の皆を叩き起こすと、急いで野営地を後にした。

 それから昼夜を問わず荷馬車を走らせて先を急いできたものの、荷馬車を牽引する馬たちの体力も限界が近く、速度も目に見えて落ちてきている。追手もそのことに気付いているらしく、ここで追いつめるべく追跡の速度を上げて迫ってきている。


「つ…積荷と有り金を差し出して命乞いすれば、ど、どうにか助からないでしょうか!?」


 雪深くなっている街道に足を取られそうな馬たちを懸命に宥めながら、行者の男が叫ぶ。


「無理じゃろうな…、儂らを生かしたところで罪の証拠が残るだけだからな。運が良くて奴隷として売られるのが関の山じゃな」

「そ、そんなぁ…」


 初老の商人の絶望的な見解に行者の男は目に見えて怯えたあげく落胆している。

 思えば数日前、モンテダールでオルガの鉱山までの食料の買い付けを済ませ、取引のための商品などを荷馬車に積み込んでいるときに傭兵らしき男たちに声をかけられたのが始まりだった。

 その連中から目的地までの護衛として自分たちを雇わないかとの申し出があったとき、交渉の過程でうっかりと彼らに行先がオルガの鉱山に向かうつもりであることを話してしまった。報酬額が相場よりも高かったこともありその場は彼らの申し出を断ったのだが、思えば彼らは最初から護衛が目的ではなく自分たちの行先や懐事情を探り出すのが目的だったのだろう。

 すでに追手の姿は肉眼で捉えることができる距離まで迫ってきており、そこには護衛を持ち掛けてきた傭兵の機巧兵らしき姿も混じっていた。


「儂としたことが迂闊だったものだ…」


 そう後悔を口にしたところで状況が好転することはない。

 今は少しでもオルガの町に近づいて、この状況に気付いた誰かが救援を寄こしてくれることを願うしかない。

 

 ふいに先頭を行く荷馬車を引いていた馬が大きな嘶きをあげて前足を上げて棹立ちになると、怯えたようにその場で立ち止まってしまう。そこには追手が放った数本の矢が荷馬車を引く馬の鼻先の地面に突き刺さっている。

 幸いにして馬に当たった様子はなかったものの、他の荷馬車などは急停車できずにそのままに横倒しになってしまい、積荷や乗っている者たちが地面に投げ出されている。その様子につられるて他の荷馬車の馬たちも怯えるように足を止めてしまい、行者も暴れる馬たちの手綱を抑えるのに精いっぱいで、荷馬車はすべてその場で立ち往生してしまった。


「ぬぅ…これはいかんな」

「ど、どうするんですか旦那ぁ!?」


 狼狽して泣きそうな顔の行者に縋りつかれても、さすがにこの状況では覚悟を決めるしかなさそうであった。

 すでに荷馬車の周囲は野党たちの機巧兵に周囲を取り囲まれており、その隙間もさきほど馬上から弓を射かけてきた傭兵たちで見るまに埋められていく。すでに相手が抵抗できないことを知っているのか下卑た笑いを浮かべ、構えた弓矢をこちらに向けている。


『追いかけっこはここまでだ』


 兜に羽飾りのついた機巧兵の拡声器からの声があたりに響く。


『全員、荷馬車から降りてきな。 いまさら逃げようなんて変な気は起こすなよ』

『まぁ、この状況から逃げ出せるっていうならやってみてもいいがな』


 その拡声器からの声に周囲からの下卑た笑い声や野次が飛び交う。

 寸鉄も帯びず抵抗したところ弓矢の餌食になるか、騎兵に追い立てられて槍で突き殺されるだけだろう。ましてや万が一にも身一つのでこの包囲を脱することができたとしても、何の備えもなければ雪深いこの極寒の地では凍死を免れることは難しい。それに全力で走る機巧兵は並みの騎兵の足の速さをゆうに凌ぐものであることは、彼らの荷馬車を追いつめたことからも明らかである。

 それぞれの荷馬車に乗っていた者たちも観念したようにのろのろ降りてくると、近づいてきた野党の槍の穂先に脅されながら一か所に集められ行く。その中には先ほどの初老の商人らしき人物や行者の姿もある。全員縄こそかけられていないが、これから自分たちに起こるだろう悲劇を想像して沈んだ面持ちである。

 そんな彼らの怯えた様子を愉しむように、野党たちは槍の穂先をわざとらしく突き付けたり、足元に弓矢を放って脅すなどして、彼らの恐怖を駆り立てて愉悦に浸っている。

 

『荷馬車に隠れたままのやつもいるかもしれんから、おまえらは中を調べろ』


 再び羽飾りのついた機巧兵の拡声器から命令が飛ぶ。

 どうやらこの機体の乗り手がこの野党の群れの首領なのであろう。


『抵抗するなら殺してもかまわん。いずれにせよこいつらも奴隷として売り飛ばすだけだ。ここで死んでも不幸になることは大して変わらないってもんだ』


 そう言って軽口を叩くと、賛同するように周囲の機体や馬上の野党からも下卑た笑い声があがる。

 幾つかの荷馬車からは隠れていたものが引き釣り出されて、そのうちの一人が逃げ出そうと駆け出したが足に矢を受けて倒れ伏す。野党の一人が見せしめもかねて逃げ出すものに矢を射かけたのだ。その光景に逃げ出すことはおろか、抗う気力すら奪われた隊商の面々はいわれるがままに、手持ちの路銀や身に着けていた貴金属などを差し出された麻袋に入れていく。その間も別の野党は馬車の中をあらためている。

 ふいに一つの荷馬車を調べていた野党が下卑た奇声をあげながら、何者かの腕を乱暴に掴んで引きずりおろしてくる。野党の手下は、その者が身を隠すように全身に包んでいた外套を乱暴にはぎとると、旅の楽士なのか楽器を大事そうに抱えた女性の姿であった。


「お頭ぁ、こっちの馬車には女が隠れていたぜ!!」

『ほう…旅芸人の女みたいだが、なかなか上玉のようだな』

「ちっ!この女ぁどうやら目が視えてねぇみたいですぜ、これじゃあ売りもんにはならねぇですぜぇ…旦那ぁ」

『フン…盲目なら逃げだす心配もねぇから、それなりの器量ならどこぞの妓館で買い手もつくはずだから殺すなよ』


 見張りについていた手下の一人も、他の者と同じように下卑た顔でその様子を見ていたが、仲間の一人がしきりにきょろきょろと落ち着かない様子で辺りを見回していることに気付くと訝るように声をかけいた。


「どうした…?」

「何か唸り声みたいなのが聞こえなかったか…?」

「そりゃあ…ここは雪と岩だらけの渓谷だが、あの崖の上には森も広がってるからな」


 冬ごもりをしそびれた不機嫌な熊でもうろついているんだろ、と傍らの同僚は興味なさそうに返す。だが、彼らが乗ってきた馬や荷馬車を引いていた隊商の馬も、人間では捉えることができない危険な何かを本能が察知して怯えるように嘶いている。

 岸壁の小岩が雪と共に小さく崩れたはじめていることに気付いた手下の一人が、その光景を見て凍り付いた。


「が、崖上に何か…!!」


 そこには漆黒の鎧を纏う機巧兵の姿があった。


 だがそれを目にしたの一瞬。

 崖上からいくつかもの大岩が崩れ落ちてくると、地響きとともに彼らの退路を絶つように大きな雪煙があがる。その場にいた多くのものがそちらに気を取られた瞬間、漆黒の機巧兵は岸壁に露出したわずかな岩場を足掛かりに、50ルフトはあろうかという断崖を急降下してくる。

 

―カインの駆る機巧兵、レグナ・ヴァール。

 

 レグナ・ヴァールは最後の足場を跳躍をすると、武器を取ろうと出遅れた従機兵に狙いを定める。両手で構えた重槍剣を相手の胴を目掛けてねじ込み、機体の全体重を乗せた切先で押し潰すように貫いた。

 激しい轟音と雪煙が舞い上がり、鋼の軋むような音が響き渡ると崩れるように二分された機体が地面に倒れ伏す。

 無残にも四肢を切り裂かれて鉄の屍と化した従機兵からレグナヴァールはゆっくりと重槍剣を引き抜いていく。

 それはあたかも獲物を仕留めた鷹のようであった。


「が、崖の上からだと!?」

「て、敵襲!?」


 こんな辺境の地にあって、それなりの数の機巧兵を有する自分たちを襲撃してくる者がいるとは思えず高をくくっていた。ましてやこの場は両側は50ルフトを超えるような切り立った断崖に囲まれている。その崖上から単騎で奇襲降下をかけてくるなど者がいようとは想像すらしておらず、野党たちは明らかに狼狽していた。

 今も狭い渓谷は視界を遮るように白い雪煙が立ち込めており、それを切り裂くように黒い鉄風が駆け抜ける。


「遅い…!」


 突然の奇襲に反応が遅れていた一機に狙いを定めると、レグナ・ヴァールは雪原を滑るように疾駆させて勢いのまま重槍剣を相手に振り下ろす。相手は抜剣しようと背部に懸架している剣に手をかけたまま構えた長盾でその一撃を受け止めた、かに見えたが鋼の長盾を構えていた腕ごと喰い破るように圧し斬った。

 本来であれば鋼の骨格に重厚な鎧や盾で身を守っている機巧兵を、鋼鉄の剣であってもたった一合で切り裂くことは難しい。

だが、巨大な鋼を削り出して研ぎ澄ました特注の重槍剣は通常の機巧兵の剣の倍はあろうかという大きさと重さがある。それに操縦者の卓越した剣技によって繰り出された素早い一撃があわさって叩きつけることで驚くべき破壊力を生み出していた。

 叩き斬るとはまさにこのことであろう。


『なっ…!?』


 レグナ・ヴァールの尋常ではない重い一撃に態勢を崩した機体は、よろめきながらも鞘から抜いた剣を構える。

 だがその僅かな隙すらもカインは見逃さなかった。

 振り下ろした重槍剣の勢いそのままに、素早くレグナ・ヴァールを反転させながら滑るように相手の左側背に回り込ませと、そのまま重槍剣を再び袈裟懸けに力任せに振り下ろす。鉄の軋む音を響かせると、肩口から下半身にかけて両断された敵機の上半身が轟音をあげて崩れ落ちる。


「あと…3機」


 常識では考えられない場所からの奇襲を受けて先ほどまでは狼狽していた野党たちであったが、首領の駆る機体から一喝されるとどうにか平静を取り戻し、今は武器を構えてレグナ・ヴァールを左右から包囲しようとしている。

 レグナ・ヴァールの正面には剣を構えた指揮官機らしき機巧兵が1機と、やや右手には長柄斧を手にした従機兵がじりじりと距離を測りながらその側面に回り込もうとしている。残る1機も大盾を構えつつこちらに左側から圧力をかけるように包囲しようとしている。こちらを尋常ならざる相手と判断して、同時に連携して襲い掛かることで仕留めようとしているのだ。


(間合いの外から長柄斧で牽制されるのは…)


 カインは状況を見て取ると決断は一瞬だった。

 レグナ・ヴァールは手にしている重槍剣を地面を薙ぎ払い、その衝撃で巻きあがった雪煙で周囲の視界を遮る。

 すかさず右手の従機兵に向かって機体を跳躍させると、必死に得物を振るって視界を遮る雪煙を振り払おうとしている従機兵を眼下に捉える。そのまま相手の懐にレグナ・ヴァールを飛び込ませると、従機兵が振るう長柄斧を重槍剣で受け止める。すかさず相手の機体の足を払って態勢を崩してよろめくと、肩鎧をぶつけるように強烈な当身をする。その一撃で相手は仰向けに倒れこむと、胸部を踏みつけて操縦槽を押し潰す。

 鉄の拉げる嫌な音とともに操縦槽から悲鳴が聞こえるがそれも一瞬のことだ。


(あと2つ…!)


 既に距離を詰めていた左側の機巧兵が盾を押し出すように突進してくるのが視界に入る。

 巨大な岸壁を背にする格好となっているため躱して距離を取ることが難しいと判断したカインは、レグナ・ヴァールに重槍剣を両手で構え直させると突進する相手を貫くように突き出す。強烈な衝撃が操縦槽のカインを揺さぶるが、相手の盾と隠れた機体ごと貫き通した確かな手ごたえが操縦篭手を通じて確かな感触が伝わってくる。

 その決死の突進によって機体は刺し貫かれたものの、相手の機体は重槍剣を根元まで食い込ませたままレグナ・ヴァールを背後の岩盤に勢いそのまま叩きつける。


「ぐっ…!」


 その衝撃に操縦槽のカインも苦痛の表情を浮かべる。

 レグナ・ヴァールの重槍剣は突進してきた相手の機体の操縦槽を貫いたわけではないのか、相手はもがきながらも動きを止めずに重槍剣その身に抱え込むようにしてレグナ・ヴァールに倒れ掛かってくる。

 相手の機体の乗り手はそれこそが目的だったのかもしれない。

 最初から敵は捨て身の突進でこちらの間合いに飛び込んで、レグナ・ヴァールごと重槍剣の動きを封じることを狙っていたのだろう。それが証拠に敵の首領が駆る機巧兵が、間髪いれずに剣を構えて突進してきている姿が映像盤に映し出されていた。


『でかしたぞ! ちょろちょろと素早い奴だがこれで動けまい!!』

「くっ…!」


 迷っている暇はなかった。

 カインは重槍剣を諦めると左右の操縦篭手を押し返すように突き出す。

 それに呼応するようにレグナ・ヴァールの結晶駆動炉が轟と獣の様な咆哮をあげると、重槍剣に貫かれて事切れてたまま機巧兵を力任せに引きはがして蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた哀れな機体は突進してくる野党の首領の機体にぶつかり相手のバランスを崩させる。カインはその一瞬でどうにか相手のとどめの一撃からレグナ・ヴァールは逃れることができたが、蹴り飛ばした機体を深く貫いたままの重槍剣ごと手放さざるを得なかった。

 手下の犠牲はあったものの完全に相手が動けないものと高をくくっていたのか、レグナ・ヴァールの見せた驚異的な膂力に相手は一瞬だけ狼狽えていたが、手にしていた得物が味方の機体に突き刺さっているままの光景を見ると、再び剣を構え直してゆっくりとレグナ・ヴァールに近づいてくる。


『奇襲などと卑怯な真似をしおって…おかげで我らはこの有様よ。命乞いなど許されると思うなよ』


 レグナ・ヴァールの映像盤には渾身の一撃を振るうべく剣を振り上げている敵機の姿が映っている。


 操縦槽でカインは静かに目を閉じていた。


 映し出される映像を見るまでもなく、相手が必殺の一撃でレグナ・ヴァールを仕留めようとしているのは"感じる"ことができていた。相手の機体の周囲にはまとわりつくような黒い靄は、目を閉じていても感じられる。それが殺気と呼ばれるものなのか、まったく別の何かであるのかはカインには分からないが、眼を閉じていたとしてもレグナ・ヴァールを通じて視えていた。


『死ねぇぇぇぇぇ!』


 裂帛の気合とともに振り下ろされた剣がレグナ・ヴァールの頭部に振り下ろされた。

 その刹那、操縦槽で目を見開いたカインの意思と同調するにレグナ・ヴァールが腰の鞘から太刀を引き抜く。


――キィィィン。


 甲高い金属音とともに、振り下ろされた剣先が真ん中あたりから真っ二つになる。

 折れたのではなく、斬られたのである。


 レグナ・ヴァールが腰の鞘から滑るように太刀を引き抜くと、それは青白い銀光が弧を描くように剣閃を走らせた。

 相手の振り下ろした両刃の剣を真下から受け止めるように振るった太刀は、受け止めるのでなくそのまま剣を両断したのだ。重槍剣のようにその重さで圧し潰すように叩き斬るのではなく、まるで紙を斬る如く鋼の剣を真っ二つにしたのだ。


 恐るべき切れ味とそれを扱うものの技量であった。


 銘はない――。


 ただ抜き放たれたその黒い刀身は月明りを受けて白磁の輝きを帯び、研ぎ澄まされたその一振りが尋常ではない業物であることを示している。


 一般的な両手剣と違い片刃でやや細身に見えるが、緩やかに弧を描く刀身は柄も合わせると8ルフト(=8m)近い。その刀身の峰にあたる部分にはうっすらと刃紋が浮かび、複雑な意匠が施されている鞘と拵えも闇夜を削り出したように黒い。

 ただ柄に吊り下げている飾り紐だけが血で染め上げたように赤い。


「ば、馬鹿な…剣を斬るだと…!?」


 かろうじて折れた剣を捨てて二撃目から逃れるべく機体を後方に退かせたのは、この野党の首領も傭兵としてそれなりに戦い慣れており、咄嗟にその危険を感じ取ることができるたのだろう。

 

『そのようなまぐれ、二度も通じるものか!』


 そう言って、野党の首領は鉄塊となった味方の従機兵の傍らに落ちていた長柄斧を拾い上げると、隙のないように機体に得物を構えさせながらレグナ・ヴァールとの間合いを測るように近づこうとする。太刀の間合いの外から長柄の武器で対抗しようとするのは間違いではない。だが、野党の首領が操る機体は乗り手の思うようには動いてくれなかった。どれだけ操縦桿を動かしてもレグナ・ヴァールから放たれる殺気に気圧されるように勝手に少しづつ後ずさっていくのである。

 

「ええい…動け!動け!!」

 

 それでも野党の首領は気力を振り絞って機体を叱咤すると、渾身の一撃をレグナ・ヴァールに振り下ろした。

 

 だが、すでに勝敗は決していた。


 カインの操るレグナ・ヴァールは紙一重でその一撃を躱しながら怯むことなく相手の懐に飛び込む。相手がすかさず二撃目を振るおうと得物を振り上げたときには、雷光の如き素早さの一太刀が武器ごと相手の右腕を斬り落とし、返す刀で機体の片脚を両断した。


「ハァ…ハァ…」


 操縦槽の中でカインは荒く息をつく。

 この一瞬に集中させた爆発的な気力を機体に送り込み、その能力を限界近くまで無理やり引き出したのだ。それによってカイン自身も気力や体力を大きく消費しており意識を奮い立たせねば、機体ごと崩れ落ちてしまいそうなほどであった。


「これで…最後だ…」


 既にバランスを失い仰向けに倒れ伏した隊長機の操縦槽に向けて、レグナ・ヴァールが鋭い切先を向ける。

 

『ひぃぃぃぃ…!! わ…わかった俺達はここで手を引く。だから命だけは…』


 そういって命乞いをする相手の声が拡声器を通じてあたりに響き渡る。

 だが、レグナ・ヴァールが一閃した太刀が相手の機体の首を跳ね飛ばすと、操縦槽が暗闇に包まれる。その中で怯えるように両手で頭を庇い身を竦ませていたが野党の首領であったが、恐れていた瞬間はいつまでたっても訪れることはなかった。


 正にレグナ・ヴァールの太刀が振り下ろされんとした刹那、風をつんざくように足元に巨大な鉄矢が撃ち込まれ、遠くから幾つかの機影がこちらに近づいてくる。この弓矢を放ったのもその中の一機なのであろう。


『剣を引け!カイン!!』


 その声は兜に長い一本角を生やした機体の拡声器から聞こえていた。

 恐る恐る野党の頭目が胸部の装甲を開いて外に出ると、レグナ・ヴァールは太刀の切先をこちらにむけたまま動きを止めている。だが、こちらを見つめるその双眸に妖しい輝きを宿したままであったが。


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