大惨事手前の惨事
有名エロ同人作家逢坂恋太の正体はどうやらオフパコクソエロ絵師だったらしいと本人の口から詳細にカムアウトされた話を、藤野は簡単にまとめて、なるべく冷静に、逢坂に恋したかもしれないかなたに伝えた。
特に訂正したり追加することもなかったmineは、かなたの顔を見ることができず、ただ苦々しい表情を浮かべながら、俯いて藤野が話し終わるのを待っていた。
「…」
最終的にはかなたも、俯いていた。
「私は嘘はつけないんです」
一通り話し終わると、藤野は溜息をついて遠い目をした。
「…嘘だと、思ってないです」
かなたは、声を震わせながら言った。
「俺も逢坂…さんの話、同じ場所で聞いてましたしね。…藤野さんの話したこと、本当なんですよ。かなたさん」
「わかったから、嘘だと思ってないですから」
かなたがやや声を荒らげて言った。
しばし、沈黙。
「…相談、いっぱい乗ってくれてたんだけどな」
かなたが、苦笑しながら口を開いた。
「バイト、太いけどとにかくショーモーするウザ客がいて」
俯いて、自分を嘲笑するように口角を上げながら、テーブルの上でネイルアートが美しく施された両手の指を遊ばせながら話を続ける。
「DMでめちゃくちゃ真剣に話、聴いてくれて。
お金を払ってるとはいえ、かなたさんの仕事を邪魔していい理由はどこにもないよ、って言ってくれて。
……コンカフェって、どこの?って。
俺がかなたさんの太客になって、そいつ潰すから。って言うから、お店のtwitterとかお給仕表とか、送ってたんだけど」
震えながら、テーブルに顔を伏せ、
「……結局、1回も、来てくんなかったなあ……」
そう言うと、しゃくりあげて、鼻をすすりだした。
mineも、たぶん藤野も、少し泣きたくなった。
「…ウザ客いるって話、俺聴いてないんすけど、藤野さん知ってましたか」
「私もはじめましての話だね」
藤野がまた腕組みをしながら、ポテトの皿を見つめた。
「なんか、変じゃないすか。順番。
こんだけ頻繁に会ったり、通話までしてて、なんで俺らじゃなくて逢坂………逢坂恋太に、先に相談するんすか」
「楽しい話だけしてたい、二人には」
かなたがテーブルに伏せて泣きながら訴えた。
「…かなたさん、そんな決まりないでしょ、俺らに」
mineが悲痛そうに言う。
「俺ら、ここでどのイツメンよりも頻繁に集まって、同じ皿のポテトばくばく食って、乾杯して酒飲んで、大爆笑してきたじゃないですか。
家族も好きすよ。
だけど、俺、これも小さなひとつの家族みたいに、思ってたんです、多分。
大事なんです。
かなたさんも、藤野さんも。
楽しい話しか共有しない家族…じゃないなら、友達。は、不自然だな。いびつだな。
って、俺は思うんです。俺は」
かなたの嗚咽が大きくなった。
藤野は腕を組んだまま、俯いている。
「藤野さんも大事なはずですよ。この集まりのこと。かなたさんのこと」
えっそんなこと私に振んの、みたいなぎょっとした顔をして藤野がmineの方を見た。
mineは真剣な顔で藤野を見ている。
「………そうだね」
藤野が目を泳がせ、少し考えてから、言った。
「…私、今年で32になるんだけども。今までの付き合いとかもあるのをさしおいてつるみすぎな方だと思う。このメンツ。
なんかいっちばん多いとき…2人も社会人いるんだよ?それもアラサーの。なのにさ、ひと月に3回とか集まったことなかったっけ。
手帳書きながら、思ったよ。いや集まりすぎやろって。なんなら、いや集まりすぎやろ!って独り言言ったね。うん。
私、別に多分友達少ない方じゃなく、それはみねくんもかなたさんも同じだと思うんだが、確かに…」
少し間を置いてから、藤野は続ける。
「生産的な話なんかほぼしてないのに、キミらといると、なんかノる。文の進捗もやたらよくなる。
気持ちも大学くらいの頃に戻る、この元気な大学生のサークルみたいなノリの中にいると、まあかなたさんは実際現役大学生だし、みねくん高卒だけど」
「ん?藤野さん」
「高卒の、立派な役人さん。
あと、現役大学生。
ヘンな奴らだよ。キミらは。
…正直な話、元気でおもしれー男と、元気でおもしれー女だとも思う。
そういう奴らと、定期的に話せるっていうのは…」
泣き声が小さくなってきたかなたと、mineの方を少し見てから、藤野は言った。
「まあ、私も大事にした方がいいんじゃないのとは思います。このご縁は。
キミらのことは」
そこまで言いきるとまた小さく溜息をつき、なぜかそっぽを向いた。
「かなたさん」
mineがかなたの顔を覗き込むようにして、目を見る気持ちで、大切に呼びかけた。
「そういうことなんですよ。
俺も藤野さんも、かなたさんのことが、大事だから…」
と言ったところで、mineが唇を噛んで、俯く。
そして、またかなたの方を見て、言った。
「かなたさんの身体だけでも、無事でよかったです」
さすがに、藤野も腕組みを解かないまま頷いた。
力強い頷きだった。
「…」
ゆっくりと、かなたが顔を上げる。
大きな二重の目には涙が溜まっていて、メイクも結構崩れていた。
かなたは、人差し指を鼻に押し当てると、呟いた。
「…おいんくおいんく」
mineも藤野も、かなたを見ている。
「………かなたさん、あの、なんですか、それ」
「豚の鳴き真似?」
かなたは藤野の問いに頷くと、言った。
「ママが言ってたから。悲しいときのおまじない。悲しんでる自分がばかばかしくなるから、最後には、笑っちゃうよ、って」
「かなたさん、英語上手だね。英米文学科だったっけ」
「…しゃがしゃが」
「しゃがしゃが、って、なんすか」
「R大の社会学部社会学科でしょ。
覚えてて訊いたんだよね」
藤野がいつになくやさしい口調で言った。
「......覚えててくれたんだ」
「うん」
中高の陸上部でいつも一緒にいた、抜群にシュールで面白くて可愛い顔の男がそこのOBだからね。
かなたさんはそいつの後輩ってことになるから。
とは、かなたにも、もちろんmineにも、一度も言ったことがなかった。
「かなたさん、牛の真似は?」
「…んむぅー」
「じゃあ、鶏は」
「……くっくどぅーどぅる、どぅー」
「おお正解、すごい。かなたさん、英米文学科も受ければ受かったんじゃないですか」
藤野は笑って拍手した。
「うんうん、豚、牛、鶏全部揃って、どれをカレーに入れるか悩みますねぇ!」
「みねくん、今度カレーパーティーやるか、皆で。アホみたいでいいだろ。アホな私らにお似合いじゃん。
私の家は調理器具ないんで、キミんちで頼みます」
「あははかしこまりです、家片さねーとなー」
かなたはふたりの顔を見ながら、噴き出した。
「…覚えました。おいんくおいんく!」
mineが控えめに鼻に人差し指を当てるとかなたににっと笑いかける。
「みねくん、海外の豚さんとコミュニケーションとれるようになったじゃん、やったね」
「わあ俺すげー、ありがとうございますかなたさん」
「おかしいから、アホすぎだから」
かなたが口を右手で隠しながら、大笑いしてmineの肩を叩いた。
三人とも、ヘラヘラと大爆笑していた。
「みねくん」
笑い続けながら、藤野が言う。
「ぽしゃけ。カシスオレンジおねがい」
「かしこまりです!」
「みねさん、ハイネケンとポテトもお願いしまーす」
「あいよろこんで!」
夜行性のオタク三人の夜が更けていく。
別にありふれていると言えばありふれている、オタク界隈のすったもんだが通り過ぎていっただけだった。
この日も。
いつも。