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心、陵辱されたひとびと

半年前のことだった。


VTuberの二次創作界隈でそこそこ名の知れたmine様も藤野10介様もその、まあまあ信者が多い野郎どもが集まるオフ会にお呼ばれした。


新宿の某焼肉屋の個室で、VTuber二次創作界隈である程度名の知れた野郎ばかりが11人、集まった。


かなたが今ラブかもしれない、エロ同人作家の逢坂恋太…オウサカレンタ、もそのオフ会に招かれていた。


逢坂恋太は、某大手芸能事務所を退所した有名な男性芸能人に似た、可愛い顔をしていた。

服も清潔で、華やかで、表情も明るかった。

自己紹介のときに、その、そっくりな男性芸能人とほぼ同じ声で


「逢坂恋太でーす」


と名乗った。


あなたが逢坂恋太か、とmineも藤野10介も思った。

明らかにオーラがmineと藤野も含めた10人と、違ったから。逢坂は。


逢坂は簡単なプロフィールを述べ、ハキハキと次の同人誌の新刊の宣伝をして爽やかに自己紹介を終えた。


mineはいつも通り快活に、その右隣に座っていた藤野も平常運転でつつがなく自己紹介をした。


全員分の酒が揃って野郎どもが元気に乾杯してから結構すぐ、地獄の扉が開いた。


結論から言うと、逢坂恋太が自分が何人もの界隈の有名女性同人作家・女性コスプレイヤーと寝たという話をし始めたのだ。


何人も、マジ何人もである。


なんなら、同時に二人相手をした、という話まで飛び出した。


詳細を書くのは省くが、エロ同人だったとしてもなかなかハードなプレイをしていたことも、逢坂は事細かに話した。


名前こそ全員伏せていたが、わかるひとには誰だか特定できてしまう口ぶりで話していた。


楽しそうに下品にげらげら笑っていたのは逢坂本人と奴についている金魚のフンみたいな両隣の二人の男だけで、あとはなんかもうみんな、拷問を受けているような表情で俯いていた。


会の間、mineは3回、いつでも平常心のはずの藤野さえ2回トイレに立った。


藤野が2回目のトイレを終え、mineが3回目のトイレに向かったとき2人は鉢合わせた。


お互い、酷い顔をしていると思った。


見つめ合い、力なくにへ、と互いに笑いかける。


「藤野さん、顔、死んでますよ」


mineが言うと、


「みねくん」


藤野が静かな口調で、後方を軽く親指でさして言う。


「男子トイレの手を洗うところに、鏡があります」


目も合わせず、にやりと笑って続けた。


「人の顔に文句をつけるときは自分の顔を鏡で見てからの方が、いいよ」


二重整形でもすれば少しは私の顔面も生き返るかなぁ、みねくんもぱっちりした二重だしなぁ、などと吐き捨てながら藤野は気分の悪い個室へと戻って行った。


20時に飲み会は終了した。


二次会なんて行くわけがないので、mineも藤野も軽く幹事と、互いの知り合いに声を掛けてよろよろと焼肉屋を後にした。


2人とも、トー横あたりから新宿駅がやたら遠く感じていた。


先に口を開いたのは、藤野だった。


「…みねくん」


「……はい」


「私の家で飲み直さないかな」


「…藤野さんの家すか」


2年半ぐらいの付き合いで、初めての宅飲みになる。


「よくない酒だったじゃん、なんか。私全然飲めてないし、飲み放だったのに」


「いや最悪でしたけど、いいんすか」


藤野は呆れたようにmineを見ると、目を見開いて、半笑いで言った。


「私が誘ってるんだが。ならそこはあざっす、じゃないのか」


「あ、はい!はい。あざっす!よろこんで」


mineは年功序列を結構大事にしたし、何より藤野のことを尊敬していたし、好きでもあった。


「じゃ、タクシーで帰ろう」


「そんな近いんすか」


「そうでもないが今日はタクシーです、キミも半額払ってね」


「藤野さん」


「私ゃ公共の乗り物でタクシーがいっとう好きなんだ、こういうくさくさした日はタクシーだよタクシー」


「…まあ、くさくさどころじゃなくて…草ですよね」


「まったく本当ジョークが上手くておもろいなあ、みねくんは」


藤野が鼻で笑ったと思うと少し早足になったので、mineも慌てて歩調を速めた。


*


藤野が住んでいる1DKのアパートは千代田線のN駅からほど近いところにあった。


藤野はアパートに入ってすぐ雑に「桐島」と書かれたポストを開け、何枚か入っていたチラシをいらいらしながら見ると、全てポストの下にあるダンボール箱に捨てた。


エレベーターがあるのに藤野が階段を使うので、mineは慌てて追いかけた。


藤野の部屋はアパートの2階、階段を上がってすぐ右隣にあった。


ポケットから鍵を取り出し、部屋の扉を開けると、藤野がいつもつけている香水のにおいが中から少し漂ってmineを迎えた。


ダイニングには黒いローテーブルと座椅子が2つ、テレビ、小さなコンポ、PCデスクと何故か実家感がすごい木のタンスが浮いている感じで置いてあり、何より部屋のそこかしこに畳まれた服が散在していたり、洋服がかかったハンガーも大量にあった。


殆どの服がやや高い日本のブランドものであった。


「藤野さん、やっぱ服好きなんすね。いつもおしゃれだし」


「別に全然すきじゃない」


「この部屋で服別に全然すきじゃない、は無理あるだろ!」


「それが無理でもない。不思議なことがたくさんあるね世の中は。今日は説明は省く、めんどい」


「省くのかよ…」


藤野はせっかちな様子でPCのスリープモードを解除し、YouTubeで女性VTuberが二人で歌っている『プラスティック・ラブ』のカバーの切り抜きを流し始めたかと思うと3秒で止めて別の曲を、と履歴を漁り始めた。


「俺、その『プラスティック・ラブ』好きなんだけどな」


「歌詞がなんか今の気分じゃない」


「え?」


「気分じゃないの!歌詞が、今!情緒がないなキミは、歌聴くとき歌詞は無視なの、キミは!!」


「あっあっ確かに、確かに今の気分じゃないかも、突然のキスと、とか言われても」


「…これにしよう」


黒地の背景に、大きなピンクのハートがセンターに描かれた画面が表示される。


「ちょこっとLOVEじゃないですか、なっつ」


「うん、最近聴きすぎてるわ色褪せないわで私はもはやなついとかないけどね」


今やなかなか見ることのないベルボトムを履いた三人のアイドルが歌って踊っている。


「…俺、圭さんが好きでした、この三人だと」


「いい趣味じゃん。…くるぞ」


画面を観つつ、藤野は突然指を鳴らしながら小声で口ずさみ始めた。


「…こーいと言う字っをー…じーしょで引いたっ、ぞー…」


そして、急にmineの方を向いて、叫ぶように歌った。


「きーさまのなまーえー、そこにー、ぜえええったい、かか、ねえ!!」


「俺もー!!」


「っく」


不意打ちの超有名なコールに、藤野は顔を背けて笑いを漏らした。


「いや、いや、そのコール、みーねくん、キミってやつはおい、はははは」


「っくはははは」


mineも飲み会で全然飲んでなかったと言ってもよく、したがってほぼシラフなのに飛び出したアホすぎる自分の合いの手に大笑いした。


「タイガー!ファイアー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャー!ジャーッ!!」


二人でそう叫んでから、ひーひー言いながら大爆笑した。

テンションが元気の有り余った学生のようなそれになっていた。


「みねくん、飲もー。冷蔵庫に缶ものが結構あります、好きなのを飲んでいいよ。私には檸檬堂をとってきてちょうだい」


「あざっす!あざす」


mineが冷蔵庫に向かっている間、藤野はPCデスクの下から丸い形の酒瓶を取り出して言う。


「みねくーん。

マグカップでもグラスでもなんでもいいので、洗い場の奴、全部乾いてるからすきなの適当に2つ持ってきてー」


「ん?はい!かしこまりです!」


mineはとりあえず檸檬堂と男梅サワーを抱え、洗い場にあった某ソシャゲのキャラがプリントされたペアグラスを持ってダイニングに戻った。


「なんか高そうな酒持ってますね」


「私が毎年、正月になると買うとっておきの梅酒。百年梅酒、っていってね。

一人でゆっくり飲みたい時に飲む以外は、過去のメスと、まあたまに出現する行きずりのメスとかを抱く前後にしか飲ませたことがない、とにかくオスとこれを飲むのは初めてだねえ」


「メスとかオスって言い方、やめません?

ん?え?あ、飲んでいいんすか俺も」


「いいよ。オスだけど」


「ねえオスって言い方。やめましょうよ」


「私が大切にしてる酒を飲めるってのにお説教すんの、役人さんは」


「あ、はい!はい!あざっす!!嬉しいです!!

それはそれとして、オスメスはよくない、よくないですよ」


「キで飲め、まずは。うっまいのこれが」


それぞれのグラスに1フィンガーくらいとろりとした黄金色の梅酒を注ぎながら、檸檬堂ちょうだい、と言って藤野は手を伸ばした。


「まあまあまあ、たまには私ゃちゃんぽんで」


かしゅ、と音を立てて藤野が缶を開けると同時に藤野は梅酒入りのグラスをmineに渡す。


「ありがとうございます、いただきまーす」


mineは一口、おそるおそる梅酒を口に含む。


「うお」


「うお、でしょう」


「あっま、とろっとして、ほぼ蜂蜜すね……あ、でもちょっと喉にぴりっときて、お酒だこれ」


「お湯割りにすると、香りが立ってね。それもまたうまいの」


藤野は深く頷きながら、檸檬堂の缶を置いて、ゆっくりと百年梅酒の入ったグラスを傾けた。


「……うん、おいしい。香りと甘さにくらくらする感じが何かキマるんだよね」


「…すげーわかります」


二人はしばらく、アルコールの効果か、百年梅酒の魅力かどちらにやられたのかわからないがしばらくぽーっとして黙っていた。


「……みねくん」


「……はい」


「逢坂恋太は、死んだ方がいい」


「死んだ方がいいっす」


「私の手で去勢してやろうか、逢坂恋太」


「いや、俺がこの手で去勢します、逢坂恋太」


「どうぞどうぞどうぞ」


「いーやその伝統芸能、二人のときやるやつ初めて見ましたけど?!」


ぎゃはははは、とほぼ同時に二人で笑い出す。


「やー、死んだねえ、竜兵さん」


「死にましたねえ、悲しかった」


「我々には竜ちゃんがついてる」


「あーなんか意味わかんないけど、根拠ねー元気出てきますねえ」


「…逢坂は我々が去勢して、睾丸は豚に食わせよう」


「だめすよ、豚さんがお腹壊すのはヤだからダメ、捨てる」


「みねくんは本当、徹頭徹尾、やさしいやつだねえ」


ヘラヘラ笑いながら藤野は二缶目の酒を取りに立った。


「逢坂恋太、ちねー」


「逢坂恋太、ちねーっ」


「逢坂恋太うざぴなのだがー?」


「逢坂恋太きもぴなのだが!」


「オフパコしてないでママと寝てろし、逢坂」


「もーパパとも寝かせましょ、逢坂!」


「アハハ、言うようになったねえ、みねくん。缶ものなくなったら好きなのとってきなさい、チェイサーは水道水です」


「あい、あい、かしこまりです、ありあとざいます」


つまみも食べずに二人は酒と水道水を飲みながら罵詈雑言を吐き続けた。


気づいたら、mineは座椅子で、藤野はゲーミングチェアで寝落ちしていた。


そうして、起きた日が日曜日であることを感謝しながら、なぜか全然二日酔いをしていなかった二人は、とりあえずコーヒーと藤野が定期購入していたベースブレッドをもそもそ胃に入れた。

で、食べながら、なんかまだしつこくくさくさするから競馬付き合え、と藤野が命令をしだしたのでmineはその日競馬デビューをした。

脳死で藤野の予想をトレスし続けたmineは5000円勝ち、藤野は2万勝った。

そうして二人は、やっと、気持ちよく競馬場で解散した。


最終的には馬と金が一番ふたりの心を癒したのだった。


逢坂に、ぼろぼろにレイプされた、ふたりの繊細でかわいいハートを。

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