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女が恋したかもしれないクソ野郎

三人の、VTuberのオタクが秋葉原にあるブリティッシュパブで飲んでいた。


うち二人は男で、一人は女だった。


三人が邂逅して、今年の夏コミの頃にはもう三年が経つ。


多い時は月に二回、少ない時でもふた月に一度はこの三人で会っていたので、オフ会というよりは大学の漫研の一部の集まりのようなダラッとした、限りなく「現実」(リアル)の空気やノリが彼らの間では構築されていた。


CIAとプリントされたシャツに兄貴からのお下がりのユニクロの黒いチノパンを履いた年下の方のオタク男は、本名を峰岸光という。4月で30歳になった。

mineと書いてみね、と読むハンドルネームでVTuberの二次創作イラストをネットで発表していた。

mineは、やたら絵本のように可愛く、やたらメルヘンで、やたらおしゃれな、二次創作然としないイラストを描いた。

そのため、女性ファンがとても多かった。若いのから、社会人の子供がいるような奥様まで、幅が広かった。

mineはイラスト以外であればサバイバルゲームとお菓子作りに心血を注いでいた。

サバゲーに関してはアメリカ製の銃や装備に精通していて、お菓子作りにおいてはまあいろいろ作ったが強いて言うならクッキー作りが好きだった。

mineは高校卒業と同時にK市の市役所に就職した。今は市民税課で働いている。

後で大体おわかり頂けると思うが、母を愛し、尊敬していたmineはややおばはんっぽい性格をしていたため、年上の女性職員にとても人気があり、しょっちゅうお菓子だの作りすぎたとかいうおかずだのをもらっていた。


一方、全身TROVEの服に身を包みやたら背が高くやたら細くて丸眼鏡をかけた年上の方のオタク男は、本名を桐島智輝という。10月で32歳になる。

藤野10介と書いてフジノジュウスケ、と読むハンドルネームで女性VTuberが筆舌に尽くし難い鬼畜な目に遭うエロ小説を某イラスト・小説SNSで投稿しており、カルト的な人気があった。

たまに出す同人誌の表紙イラストは毎回必ず絵描きの弟に発注し、小説の同人誌にしては異例な売れ方をした。

藤野は趣味が多すぎるので今回全てを羅列するのは諦めるが、まあまあな活字中毒で様々な書籍から『小説家になろう』に投稿された小説まで、なんでも読んだ。

藤野はS区にある、山手線某駅からほど近い広告会社で営業をしていた。プライベートではかなり自由奔放な方の男だったが、仕事の成績はとてもよかったし、会社の先輩の飲みの誘いは断らないし、社会人の見本のように振舞っていた。


MA*RSのワンピースを着た黒髪のツインテールのオタク女は、本名を柴崎夕という。5月で21歳になった。

平仮名でかなた、というハンドルネームで主に女性VTuberの二次創作のイラストや漫画をネットで発表していた。

普通に絵が上手く、普通に可愛い絵柄だったため男性からも女性からもそこそこ人気があった。

かなたは山形から上京しR大の社会学部で学生をやりながら、秋葉原にある、学園をイメージしたコンセプトカフェでバイトをしていた。

大学に受かったお祝いで親にお金を出してもらって、コンプレックスだった瞼を二重に整形してから性格がとても明るくなり、今の自分がまあまあ好きだった。

VTuberとイラスト以外では、普通に洋服とコスメとアフタヌーンティーとお酒が好きだった。


mineも藤野10介もかなたも、特に醜くも臭くもなく、コミュ力も大して問題のない、平々凡々な今どきのオタクであった。


「かなたさん、フライドポテト切れたから頼みます?」


「みねさん、お願いします!ほんとここ来ると一生ポテト頼んじゃうなあ」


「おいしいけども、本当に一生ポテト食べてますよねえ」


「みねくん、一緒にカシスソーダおねがーい」


「はいはい、かしこまりですー」


前述の通り、mineはおばはんっぽい性格ゆえ面倒見がとてもよく、この三人で飲む時は毎回注文役を自然と引き受けていた。


「…あの」


かなたが真剣なトーンで口を開く。


「好きかもしれない、人がいるんです」


「うそっ」


VTuberとサバゲーとお菓子作りにくわえてヒトの恋バナも大好きだったmineは嬉しそうに驚き、かなたの顔を見た。

一方別にヒトの恋バナなどマジでどうでもよい藤野だったが、かなたがいつになく真面目な雰囲気で話すので、まあここは聴いてるフリをした方がいいかと思ってスマホを見ていた顔を上げてかなたの顔を一応見た。


「やだあ、うそうそ、お客さんじゃないですよね?」


「ふふ、それはないです」


「だあよねえ、えー、じゃ学校の人ですか」


「違います」


「どこで知り合った方?わあわあ」


かなたはスマホを取り出して少しいじると、画面を二人に向かって見せた。


瞬間、普通に日本人らしい肌の色をしていたはずのmineの顔が青白くなった。

死んだ魚の目みたいと人生で何度か言われたことのある藤野の目が本当に死んだ魚の目のようになった。


スマホには、『逢坂恋太』という名前のXのユーザーのプロフィールが表示されていた。


「…おうさかれんた」


mineが画面を見つめたまま、顔を引きつらせながら呟く。


「…逢坂恋太だねえ」


藤野も画面を見つめたまま、たった今運ばれてきたポテトを口に運んだ。


「有名人ですもんね、知ってますよね」


「ゆうー、めい、じん」


同じトーンとテンポで、mineと藤野の声がハモった。


「…有名、ですね」


青い顔のまま、mineの目が泳ぐ。


「有名だねえ」


藤野が顔をしかめて腕組みをする。


「すごいシコい絵描きますよね」


かなたはオブラートに包まず嬉しそうに言った。


「…人によっては、そうなのかもしれない、俺の性癖ではないです」


mineは半笑いで呟いた。


「私は逢坂氏の漫画で抜いたことはなくもないけどちょっと私情があって今は彼の作品は見てないです」


ちょっと私情があって、というワードが出たところでmineが驚愕した顔で隣の藤野の顔を見た。


「私情?」


かなたが真っ黒なキャンディーマジックのカラコンを入れた大きな目で藤野を見つめて、首を傾げる。


mineと藤野は少し無言で見つめあうと、mineの方が口を開いた。


「俺も藤野さんも、半年前に男だけのVTuber二次創作界隈のオフ会で会ったことあるんですよ。逢坂恋太……さん」


「さん…」


苦笑しながら藤野が頷く。


「会ったことあるんですか?!可愛いですよね!手越くんみたいな顔してる」


「…かなたさんこそ、会ったことあるんですか?」


「ううん!あたしは写真見せてもらっただけ」


ほっ、という効果音がふさわしい表情をして、一気にmineと藤野は脱力した。


「みねくん」


「はい」


「これはかなたさんの話を聴く前に話すべきか。聴いてから話すべきなのか」


「全然わかんないっす」


mineは迫真の表情で藤野の顔をみつめながらふるふると何度も首を横に振った。


かなたは、首をまた傾げて純粋無垢な瞳で藤野とmineの顔を交互に見つめた。


その様子を見て、藤野はフライドポテトの皿を見つめながら静かに、低い声で呟いた。


「……ええ〜い、ままよ」


その言い方は、一言一句違わぬ歌詞が出てくるとある曲の歌い方に似ていた。


「半年くらい前のことなんですが」


藤野は、先に話す方を選んだ。


「さっき聴きましたよ?」


「じゃあ、何度もごめんなさい。そんくらいのときに、我々は新宿の個室の焼肉屋でオフ会に参加していました。野郎ばかりの」


「すてき」


すてきではない、すてきに聞こえるかもしれんがすてきではなかったのだと藤野もmineも思っていた。

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