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混沌なき箱庭  作者: 天原ちづる
第6章 君が望む場所
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6.君が望む場所 7-2

 その瞬間、今までどんなにきゃあきゃあ言っていても止めなかった手を、葉月以外の全員が止めた。

四人は顔を見合わせて、ローザはにやりと口の端を吊り上げ、コニーは瞳を輝かせて、ミッシェルは微笑ましい物でも見るような笑みを浮かべた。

リスウは相変わらずの無表情である。

が、じぃーっと葉月を見つめる視線は強い。

四人が四人とも興味津々なのは明らかだった。

「へぇーえ。ケヴィン隊長、ねぇ。さっきもケヴィン隊長から預かった繕い物を持ってきたし、葉月ってばもしかして……もしかしちゃう?」

ローザがにやにや笑いながら突っ込むと、コニーが両の頬に手を当てて黄色い声を上げた。

「たしか葉月とケヴィン隊長って十四歳くらい違ったわよね。突然現れた副長の隠し子とイケメン隊長の歳の差を超えた恋! きゃー、恋愛小説みたい!」

実際はあちらの方が年下なんだけどなぁ、と思いながら、葉月も針を動かす手を止めた。

「外見だけって言ったじゃないですか。中身は全然好みじゃありませんよ」

心外だと抗議する葉月に、ミッシェルが温かい視線を寄越す。

慈愛に満ちた笑みはまるで聖母のようだ。

「あら? 恥ずかしがらなくてもいいのよ。歳の差だっていいじゃない。応援するわ」

「いえ、ないですから。あの人と恋愛なんて考えただけでうんざりしますよ」

葉月はそう言いながら、本当にうんざりとした表情を浮かべる。

しかも、はぁっという実に重たいため息付きだ。

「本当に外見だけ?」

そのあんまりなうんざり具合に、リスウが首を傾げる。

尋ねられた葉月は、ひょいと肩をすくめて見せた。

「外見だけですよ。皆さんだって知ってらっしゃるでしょう? ケヴィン隊長の性格は。あの人は完全なる観賞用です」

葉月はきっぱりすっぱり、一ミクロンの照れもなく言い切る。

四人とも、もちろんケヴィンの性格は知っていた。

ついでに、街での評判も耳に入っている。

いわく、難癖をつけてきた命知らずのチンピラの腹を蹴り飛ばした上、血反吐を吐きながら土下座した相手の頭をブーツの踵でぐりぐりと踏みつけたとか、あるスリ集団の内の二人を捕縛した際は一人の指の骨を一本ずつ折りそれでも吐かなかったので足の爪を一枚ずつ剥がして、見かねた相方に他の仲間を売らせたとか、色街で一番の売れっ妓に惚れられたがその嫉妬心がウザいと言ってあっさり捨てたとか、良くも悪くも――大抵は悪評だが――とにかく噂に事欠かない御仁なのである。

しかも、前の二つの件は、実に楽しそうにニヤニヤ笑いながら行ったのだという。

顔は良いが、性格はかなりの難あり。

それが戦列の<テーラン>実行部第四隊長の客観的な評価だった。

その事実に思い当たったローザは、少し白けたようにつぶやいた。

「まぁ、そうね。ケヴィン隊長は見る専門よね。というか、葉月ももっと照れたりしなさいよ。からかい甲斐のない」

ふうっとため息をついて、ローザが繕い物に戻る。

それを合図に、葉月を含めた他の四人も作業を再開した。

「やだ、ローザさん。そんな誤解を招くようなこと、するはずがないじゃないですか。ケヴィン隊長相手との間に照れるような関係性なんてこれっぽっちもないんですから」

葉月は朗らかな笑みを浮かべながら、糸切り鋏を手に取る。

取り付く島もない葉月に、コニーは苦笑を浮かべた。

「葉月も結構言うよねぇ。あ、ケヴィン隊長と言えば、さっき前の通りで起きた騒ぎの件、ケヴィン隊長とオズワルド隊長も呼ばれたみたいですよぉ。あたしお茶出しに行ったんですけど、押しかけてきた人たちの代表って、あのビルガさんとエーガーさんでした。なんでも娘さんたちが行方不明みたいで、例の<黄昏の怪人>事件が解決したなんて嘘なんじゃないかって難癖付けに来たみたいですぅ」

「えー何それ。ちゃんと事件は解決したでしょ。犯人は捕まえたし、あれから十日以上経つけど犠牲者は出てないじゃない」

コニーが何気なく変えた話題を聞いたローザは、憤慨したように口を尖らせた。

いくら下働きとはいえ<テーラン>の本拠地で働いている身としては、身内を馬鹿にされたようで腹が立つらしい。

「殺人の方は起こってないけど、若い女性が失踪する件は続いているらしい。ただ、それが<黄昏の怪人>事件と関係しているかは疑問だ。自ら失踪したと思われる事例の方が多いと推測する」

リスウが買出しの際に聞いたと言うと、ミッシェルがその後を継いだ。

「そうですねぇ。消えた娘さんたちは、大抵失踪してもおかしくない状態だったみたいですね。ビルガさんにしてもエーガーさんにしても、噂になる程ひどい親だったみたいですから」

「あぁ、ビルガってあの呑んだくれ親父ね。それはあたしも聞いたことあるわ。あの親父の娘さんってフィオナでしょ? あの子、酒代でこさえた借金返済の為に娼館に売られるトコだったって聞いたわ」

「それはエーガーさんのトコのパティも似たようなものですよぅ。パティ、お給料は全部父親に巻き上げられて、それが少ないってよく殴られてたみたいで。しかも、エーガーさんってばパティの勤め先に押しかけてお給料を前借りさせろって騒ぎを起こしたって聞きましたぁ。あ、パティの勤め先ってあの角の金物屋さんなんですよぉ。そこの奥さんから聞いた話ですから信憑性ありありですぅ」



四人はわいわいと他にも“聞いた話”で盛り上がっていた。

どれも街で聞いた噂話の類だが、その情報量は凄まじい。

耳の広さは諜報部顔負けなのではないだろうか。

葉月は相槌を打ったり、さりげなく質問を挟んで情報を引き出していたが、次から次へと出てくる噂に空恐ろしいものを感じていた。

話には聞いていたが、これが下町ネットワークというものだろうか。

なんで他人の家の家族構成から勤め先から趣味嗜好まで、ここまで詳しく知っているのだろう。

葉月とて、あちらでも利害関係にある人々の情報は頭に入れるようにしてはいたが、ローザたちは別に利害関係の為に情報を仕入れているわけではあるまい。

若い女性の失踪が続くのは確かに不審だし気になるが、それ以上に彼女たちの情報ネットワークの方が恐ろしい。

彼女たちは情報の受信者であると同時に、発信者だからだ。

葉月は<テーラン>の副長の隠し子ということで、街で声を掛けられる機会も多い。

その時になんでそんなことを知ってるんだろう、という話題を振られることがあった。

その全ての情報源が彼女たちだとは思わないが、割合の大部分を占めると今確信した。

繕い物が終わるまでに、この辺り一帯のダメ親と虐げられる娘たちの情報をひと通り得ることが出来た葉月は、決してローザたちだけは敵に回すまいと固く心に誓ったのだった。

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