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混沌なき箱庭  作者: 天原ちづる
第6章 君が望む場所
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6.君が望む場所 4-2

 「地図はあるのですか?」

ふいに、イーリオの後ろを歩いていたハインツが口を挟んできた。

正確な面積も分からずに、正確な地図があるのか疑問なのだろう。

「新興地区全体の、というのなら、表と中の主立った大通りを示したものがありますよ。奥は白いままですけれど」

「もっと詳細なものもあるのでしょう?」

葉月の説明に満足いかないハインツが、重ねて尋ねる。

葉月は内心苦笑しつつ、さらりと答えた。

「ありますね」

「見せて頂いても?」

無表情ながら意気込んでいるハインツに、イーリオがあちゃーと額に手をやり天を仰いだ。

若いというか、まっすぐ過ぎるというか、可愛らしいものだ、と思いながら、葉月はふわりと笑う。

「申し訳ありませんが、私にはそれを決める権限はありませんので。副長のブノワか参謀のヴィリーにお尋ねください」

「ごめんね、葉月ちゃん。困らせちゃって」

イーリオがハインツの頭を叩いて下げさせた。

邪気のない笑みを浮かべたまま、葉月は首を横に振る。

「いいえ。お気になさらず」

別に気を悪くした訳ではないので、これは本音だった。

直球でも甘い球は打ち返しやすい。

一見まっすぐに見えて、どう落ちるか分からない球の方が曲者だ。

赤頭の方もこれだけ単純なら丸め込むのも簡単なんだけど。

などと、さり気無くひどいことを考えているだけである。

現代日本では駅前などによく地図が立っているし、携帯でも自分の現在位置から目的地までのルートを重ねて示してくれる地図まであるので身近な存在だが、実は地図とは政治的にも戦略的にも、ここではお値段的にも価値が高いものなのだ。

庶民がほいほいと持っているものではないし、部外者に簡単に見せて良いものでもない。

こんな下っ端の見習いに見せる見せないを決める権限がないことくらい、少し考えれば判ることだ。

イーリオに制されたハインツも興奮が治まったからだろう。

その事実に思い至ったらしく、

「すみません」

と頭をさげてしょげ返っている。

何か、こう、叱られてしょんぼりしているクソ真面目な大型犬を彷彿とさせる姿は嗜虐心しぎゃくしんをくすぐるものがある。

一言で言えば可愛らしい。

ハインツを部下に持つイーリオは大変そうだが、こちらは部外者なので他人事のように愛でることが出来るというものだ。



次の角を曲がれば<テーラン>の本拠地が見えるという所で、異変に気付いたのはジークだった。

「ねえさん」

ハインツにも適度に気を使いながらイーリオと腹の探り合いを続けていた葉月の袖を、ずっと黙ってついて来ていたジークが掴んだ。

驚いて振り返った葉月ではなく、角の向こうを睨みながらジークが言う。

「本拠地の辺りが騒がしいです。何かあったのかも知れません」

言われた葉月は耳をすませてみるも、聞こえてくるのは普段と変わらない雑踏の音だけだ。

ハインツやイーリオもジークが睨む方を見て、一瞬険しい顔をする。

が、すぐに肩の力を抜いた。

「別に変な音は聞こえないけどなぁ。お前、何か聞こえるか?」

イーリオがハインツに問いかける。

ハインツはそれに首を横に振って答えた。

「いいえ。特には」

子供の聞き間違えだろうと笑う男たちを無視して、ジークは葉月を見る。

「迂回しますか?」

「そうね……」

葉月は少し考え込んだ。

自分やイーリオたちに聞こえずとも、ジークがここまで確信を持っているのだ。

実際に騒ぎとやらが起こっているのだろう。

教えてくれたジークには申し訳ないが、正直、こんなところでジークのスペックが知られるのはよろしくない。

<テーラン>の本拠地はこの先の角を曲がって少し歩いた所にある。

普通ならば聞こえる距離ではない。

それが聞こえるジークは普通ではないのだ。

会って間もない人間に手札を晒すのはどうにも躊躇ためらわれる。

ここでイーリオたちと一緒に気のせいだと笑うのは簡単だが、それも無駄だろうししたくない。

仕方がないな、と葉月は腹をくくることにした。

「騒ぎは<テーラン>の本拠地の辺りなのね?」

真剣な顔で問う葉月に、ジークが少し困ったように曖昧に頷いた。

「おそらく、ですが。聞こえてくる距離と方向は、だいたい本拠地の辺りです」

「なら迂回したって無駄でしょう。あの辺りで騒ぎや揉め事が起きてるなら<テーラン>(ウチ)が関わってないわけないもの」

葉月はふうっとため息をついて肩をすくめてみせた。

そして、くるりとイーリオたちの方を向き、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「申し訳ありませんが、少々面倒なことが起きているようです。そんな中にお客様をお連れするのは心苦しいので、どこかで時間をつぶしてからという訳にはいかないでしょうか?」

葉月の提案に、イーリオは苦笑でもって応えた。

「何も聞こえないのに、葉月ちゃんは弟くんの言うことを信じるんだ?」

多分に侮りが含まれている言葉に、ジークがむっとした表情を浮かべる。

葉月はそれを片手で制しながら、ふわりとした笑みを浮かべて言い切った。

「私でも他の人が言ったのなら何を言っているんだ、と思います。ですが、ジークが言うのならば本当です」

葉月はイーリオの緑がかった青い瞳をひたと見つめる。

イーリオも葉月の灰青の瞳を見つめ返した。

二人はしばし見つめ合う。

色っぽいものは欠片もない。

無言の腹のさぐり合いだ。

静かな、それでいて緊張感をはらんだ空気が流れる。

その間、わずか数瞬。

意外にも、先に舞台を降りたのはイーリオだった。

両手を小さく上げて、いかにも妥協したというような声で言う。

「了解。葉月ちゃんの言うことを信じよう。でも時間は潰さない。荒事には慣れてるし、こちらも仕事で来てるもんだからあまり遊んで時間を喰うわけにはいかないんだよね」

「分かりました。ではご案内しますが、警戒は怠らないようお願い致します」

葉月はそう言って、ジークに目配せする。

ジークはその目配せの意味を読み取り、頷いてみせた。

葉月たちを追い越し、先を歩く。

葉月もさりげなく羽織の裾を押さえながらその後を追う。

その後に半信半疑の男たちが続いた。

そこの角を曲がってから<テーラン>の本拠地までは徒歩数分。

新興地区にしては珍しくまっすぐで見通しの良い道に面している。

声はまだ聞こえない。

だが、石造りの建物の角を曲がった葉月たちの目に飛び込んできたのは、<テーラン>の本拠地に詰め寄る数人とそれを押し止める<テーラン>の団員。

そしてそれを遠巻きに眺めている野次馬たちの姿だった。

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