6.君が望む場所 3-2
ジークはやっと買うことが出来た二人分の焼き飯を両手に持ち、葉月を探した。
並んでいる人数はそう多くなかったが、ジークのように他の人の分も買い込む人が多く、思ったよりも時間がかかってしまったのだ。
この辺り一帯の屋台はどこも人気のようで、ジークと同じように屋台で買った食べ物を持ってうろついている者も多い。
ねえさんは無事に席を見つけられたのだろうか。変な輩に絡まれていなければいいが……。
もちろん、そのおっとりした外見とは裏腹に、性格も武術の腕も一筋縄ではいかないとは承知しているが、それでも心配なものは心配だ。
ジークはそんなことを考えながら、辺りを見回す。
居た。
机椅子が置かれている一帯の北端の四人掛けの席に葉月の姿を見つけ、眉をひそめた。
ジークは視力は良いのだが、未だに人の顔の見分けがあまりつかない。
どうもこの世界の人間は皆のっぺりした顔をしているので、老いているか若いか男か女かくらいしか分からない。
後は髪色や服、近くに寄れば声や匂いや気配で判別している。
それでも、あの赤白の男どものように目立つ髪色の輩ならば、一度見れば記憶に残る。
あれはジークの知らない人間だ。
その知らない男たちが葉月に馴れ馴れしく話しかけているようだ。
特に葉月の隣に座る赤頭の方は距離が近い。
ただのチンピラならば相手にしないはずの葉月も、男の話に相槌を打っているように見える。
はっきり言って、面白くない。
<テーラン>の人間ならまだしも、赤の他人が、しかもこの距離で判るほど“血の匂い”を纏った男が葉月の隣にいるのは我慢ならなかった。
「ねえさん、焼き飯買ってきました」
小走りに葉月の座る席までやって来たジークは、赤白頭たちを無視して葉月の前に焼き飯を差し出した。
「ありがとう」
にっこり笑って焼き飯を受け取った葉月に笑い返した後、ちらりと赤白頭の二人を睨む。
白頭はむっとした顔で睨み返して来たが、赤頭の方はにやりと余裕をにじませた笑みで返して来た。
この男は気に食わない。
ジークはほとんど本能的に懐に手を伸ばしかける。
それを制したのは、葉月の鋭い声だった。
「ジーク。無闇矢鱈に喧嘩を売るのは止めなさい。とりあえず座って」
「でも、」
「ジーク」
葉月がじっとジークの目を見て、その名を呼ぶ。
こういう時の葉月は、相手に有無を言わせない迫力がある。
相手がその命令に逆らうことなど微塵も許さない、命令することに慣れきった者特有の傲慢さ。
葉月以外の者がこのような態度をとれば反感を覚えるが、相手が葉月だからしゅんとしてしまう。
ジークは懐から手を離し、のろのろと葉月の向かいの席に腰を下ろした。
葉月は『よく出来ました』というように満足気に笑った後、申し訳なさそうな顔をして赤白の二人に頭を下げる。
「弟が失礼を致しました。こちらが弟のジークです」
葉月に紹介され、ジークは無表情のまま頭を下げた。
本当ならば頭など下げたくはないが、しなければ葉月が困るだろう。
ジークの思考は清々しいまでに葉月が中心だ。
葉月の謝罪を受けた赤白頭の内、赤い方がひらひらと手を振って「いいって、いいって」と笑う。
「葉月ちゃんが謝ることないじゃん。ハインツが怖い顔してたのが悪いんだろ。悪いね、弟くん、こいつ無愛想で」
馴れ馴れしく“葉月ちゃん”などと呼ぶな、悪いのはお前のへらへらした面だ、と反論したかったジークだが、葉月に目で制され、「いえ」とつぶやく。
赤頭は仏頂面のジークに構わず、白頭の肩をぽんっと叩きながら自己紹介を始めた。
「俺はイーリオ、で、こっちがハインツ。よろしくな」
「……よろしく」
にっと笑うイーリオと、ジーク以上に仏頂面のハインツの二人に挨拶され、ジークも渋々と口を開いた。
「よろしくお願いします」
葉月はそんな様子を見ながら、おっとり笑って言う。
「イーリオさんとハインツさんは、<テーラン>(ウチ)に御用がおありなんですって。食べ終わったらご案内することになったから」
「そうそう。ここいらって入り組んでるよなぁ。全ッ然分からなくって。いやぁ、葉月ちゃんたちに会えて良かったよ。ホント助かった」
笑顔の葉月とイーリオ、仏頂面のジークとハインツ。
髪色も雰囲気もバラバラの四人は、周りの好奇の目を意に介せず、独特の空気を放ち続けていた。