5.切り裂きし者 15-2
戦列の<テーラン>の本拠地の中で幹部が集まって会議をするのは、大抵の場合は副長の執務室と相場が決まっていた。
首領であるカーサの執務室が面積的には一番広いのだが、本人がデスクワーク嫌いの上、首領補佐のゾルも無益なことをしないタイプなのでカーサを執務室に押し込めるようなことはしていない。
その結果、首領執務室はカーサの私物や首領直属部隊の備品等で溢れかえって雑然としており、半分物置のようになっている。
副長執務室の一角を占めている楕円の卓を囲んで座っている幹部たちの表情は一様に渋い。
「……ており、射手を確保することは出来ませんでした。なお、親分とオズワルド隊長が射手であろう影を目撃した現場から約三十リウほど離れた建物の屋上ですが、弦の切れ端が落ちていました。射手が意図的に残していったものと思われます」
幹部たちの中で一番の若手であるヴィリーが報告書を読み上げる。
三十リウというと、メートル法に直せばだいたい百メートルといったところだろうか。
そこから黒外套の男の喉と心臓を射ぬいたのだ。
オズワルドやケヴィンが弾いた矢も、残る黒外套たちの急所を的確に狙っていたらしい。
こちらの弓とは多少構造が異なるものの、日本の弓道の遠的とて一般的な射距離は六十メートル、一番遠いもので九十メートルだ。
建物の屋上から放ったのだから飛距離は伸びるとして、的は急所、あまりに小さい。
文字通りの矢継ぎ早の連射といい、恐るべき肩と技術を持った射手である。
「次に確保した黒外套たちの供述ですが、やはり<ゼルダの使徒>のようです。被害者たちを忌子、つまり<世界の落とし子>とみなして殺害したと吐きました。行方不明になった日と殺害日がズレている件については、ゼルダへの供物とするのに良い日を選んだとのこと。ただ、現在行方不明になっている数名のことは知らないと言っています。アジトの場所を男の方が吐いたので、朝を待ってオズワルド隊長とケヴィン隊長が十五名ほど率いて調査に向かう予定です」
ヴィリーが「以上です」と言って座ると、諜報部長のチェスターが左手を上げた。
チェスターは三十代半ばくらいの、これと言って特徴のない男である。
強いて言えば柔和な雰囲気の持ち主であるが、後からこの男の似顔絵を書けと言われたら戸惑うことは間違いない。
どこにでも居そうで、すれ違っても気にとめることはないだろう平々凡々な姿をしている。
一見ただの印象の薄い男であるが、優秀な諜報員で情報のプロだ。
ブノワに促され立ち上がったチェスターは、ちらりと手元の資料に目を落としてから口を開いた。
「先程入った情報ですが、他の都市でも<ゼルダの使徒>の活動が活発化しているようです。ちょうど半年後の都市間会合の頃がゼルダの大祭に当たりますから……<ウクジェナ>はゼルダが造った街ではないとはいえ警戒が必要でしょう」
チェスターは淡々と報告を述べて、席に着いた。
ただ一人、円卓に加わらずソファにふんぞり返ったカーサが、ぐいっと後ろに倒した顔だけをブノワの方に向ける。
「俺らだけで対応出来ると思うか」
形は問いかけだが、自分はそうだとは更々思っていない声音で尋ねる。
いつも飄々(ひょうひょう)としているカーサだったが、今日ばかりは不機嫌さを隠そうともしない。
射手に逃げられたことが余程面白くないらしい。
そんなカーサに、ブノワは肩をすくめ、
「番号付街と連携する必要が出てくるだろうな。まぁ、あちらさんがどこまで連携してくれるかは分からんが」
と前置きしつつ、まぁ、それは何とかしようと請け負った。
外との交渉は、副長の職務の一つである。
カーサはその答えににやりと満足気にうなづいた。
「新興地区は俺らの縄張りだ。上手くやれよ」
「言われるまでもないさ」
ブノワもにやりと不敵な笑みを浮かべる。
「うっし」
と、短い気合を入れて、カーサは腕の力で跳ね起きた。
腰に手を当てて居並ぶ幹部たちの顔を見回す。
「なかなか面白いことになってるが、おそらくこれからはもっと面白いことになるぞ」
ここにいる幹部の中で、カーサの言う『面白い』が『大変なこと』であることを知らない者は居ない。
ため息をつく者、愉快そうに笑う者、顔色一つ変えない者、反応は十人十色であるが、共通するのは強い意志を持った目。
多かれ少なかれ、ここには闘争本能の強い輩ばかりが集まっている。
所詮は『戦列の<テーラン>』という名を冠する集団に属する者たちだ。
世間のはみ出し者たちの代表は、獰猛な笑みを浮かべて腕を組む。
そして、腹の底から大きな声で発破をかけた。
「テメェら、気合入れて行け!」
「「「うっす」」」
男たちの気合の入った返答に、蝋燭の灯りがゆらりと揺れた。
世界は停滞を止め、変化を始めた。
ある所では劇的に、ある所では粛々(しゅくしゅく)と。
もう誰もその変化を止めることは出来ない。
たとえ、神、それもこの状況を作り出したエルフィムでさえ、止めることはおろか望む形へ持って行くことさえ出来ない。
熟した世界の行く末は創造神の手を離れ、住む者たちの手に委ねられる。
熟す前に腐り落ちようとしていた箱庭の運命は、くるくると回り出した。
無事に熟すのか、結局腐り落ちてしまうのか、その結果を知る者は誰一人、ただの一柱もいやしない。
誰も知らないまま、ただただ、運命は回り続けていく。
激しく、静かに。
くるくる、クルクル、と。