5.切り裂きし者 14-2
黒外套の女は歯ぎしりしながら、カーサを睨みつけている。
「己ぇ、おのれぇ!」
という呪詛に似たうめき声を漏らし、明らかに不慣れな様子で剣を構えた。
対するカーサは余裕綽々だ。
無造作で一見隙だらけに見える構えで、獲物をいたぶるのが楽しくて仕方がないという笑みを浮かべている。
端から見たらどちらが悪人か分からないくらいだった。
しかし、葉月は<ゼルダの使徒>に同情する気など更々ない。
カーサが黒外套の女を相手するならばと、葉月が横、アンジェリカは後ろの男たちに向き合った。
後ろはケヴィンが率いる組が道をふさいでいる。
横がタイロンとジークたちだ。
葉月とアンジェリカの振り分けは、好悪は関係なく戦力差で判断したものだ。
葉月とアンジェリカでは、実は葉月の方が強かったりする。
アンジェリカもそこそこは出来るのだが、役目柄こうした正面切った戦いは不得手なのだ。
葉月の方は二十数年の経験に加えタイロンとの朝稽古で自身より体が大きい者との戦い方は心得ている。
別にケヴィンが弱いということはないが、細身に見える分、大剣を軽々構えるタイロンよりも隙があるように見えるだろう。
タイロンを相手にするよりは、とこちらに向かって来ることは十分考えられる。
そう判断してのことだった。
三方を塞いでいて逃げ道がない中、一番まずいのは自害されること。
次点が葉月やアンジェリカが人質に取られることだ。
人質を盾に逃げられるということではなく、自身たちごと切り捨てられると承知しているからこそ、気を付ける必要がある。
服は裾が長く動きにくい女物だが、袴捌きに慣れた身としては問題ない。
隙があるようで攻めあぐねてしまう独特の空気を醸し出しながら、葉月は剣を構える。
おっとりとした笑みが場違いであることは承知の上である。
戦いの火蓋はカーサの「さぁ、さっさと片付けて晩飯食おうぜ」と言う一言で切って落とされ、あっという間に終幕した。
カーサは一足で女の目の前まで距離を詰めて剣をはじき飛ばすと、その長い足で女を蹴り倒した。
女が昏倒した所をオズワルドの命で他の団員が縄で縛り上げる。
後ろや横の男たちも、ケヴィンやタイロンの敵ではなかった。
これは黒外套の男たちが弱いというわけではない。
葉月では荷が重いし、ジークも体格差がある分、倒すのには時間がかかるだろう。
ただ、ケヴィンやタイロンが化物並みに強いだけだ。
この二人の戦い方は対照的で、ケヴィンは手数が多くフェイントが上手い。
避けたと思った矢先に思いもよらない方から切られる。
敵を翻弄する嫌らしい戦い方だ。
少しだけ、自分の戦い方と似ていると、葉月は思う。
しかし、倒れた男の左手に剣を突き刺しえぐるようにして引き抜く姿を見て、その印象をやや修正した。
念の為、利き手を潰しておくというのは別にいいのだが、その顔が心底楽しそうなのだ。
葉月はそういう嗜虐趣味は持っていない。
正直、その表情にドン引きだ。
それに対してタイロンの戦い方は豪快である。
両刃の大剣を振るうと、巻き起こった風が六、七メートル以上離れた葉月の髪を吹き上げるのだから恐ろしい。
一見、力任せに大剣を振るってように見えるが、ただの馬鹿力だけではこの大して広くない道で大剣など振るえるハズがない。
戦闘センスの塊のような人なのだ。
ただ、剣を持たない右手で男の腹を殴って葉月の足元まで吹っ飛ばすことからして、手加減は苦手だとよく分かる。
男は白目を向いて泡を吹いているが、生きているようなのでタイロンにしては手加減している方だ。
隠し持っていた縄で足元に転がる男の腕を後ろ手に縛りながら、葉月は苦笑を浮かべる。
内蔵が無事かは分からないが、即死でないだけマシだろう。
まぁ、マシなのは葉月たちの観点からであって、余計に苦しむ男にとっては不幸なのかも知れないが。
「アンジェリカ、体を起こすのに手伝ってもらえますか?」
猿轡を噛ませる為に男の体を起こそうとして、葉月は傍らのアンジェリカに声をかけた。
舌を噛み切ってもそう簡単には死なないが、話をするのに支障が出ては困るからだ。
「了解~」
アンジェリカは葉月の申し出を快く引き受け、男を起こすのを手伝う。
黒外套の三人を捕縛し、現場にはほっとした空気が流れた。
それは、ほんの僅かな隙だった。
ジークがタイロンに声をかけ、葉月の手伝いをする為に歩み寄ろうとしたその時、背中がぞわりとした。
元の体であれば、全身の毛が逆立つような悪寒。
それが何か、頭で考える前にジークは叫び、駆け出していた。
「ねえさん! 伏せて!」
葉月は切羽詰ったジークの声に、咄嗟にアンジェリカを押し倒しながら伏せる。
カキンッ。
放たれた幾本もの矢の内、葉月たちに向かっていた矢をジークが叩き落す。
が、狙われたのは葉月たちではなかった。
顔を上げた葉月が見たものは、喉と左胸に深々と矢が刺さり、物言わぬ骸となった黒外套の男の姿だった。