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混沌なき箱庭  作者: 天原ちづる
第1章 <世界の落とし子>
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1.<世界の落とし子> 4

 気が付くと、葉月とジークは夕焼けに染まる荒野の真ん中で立ち尽くしていた。

つい一瞬前まで白い神殿にいたはずなのに、地平線に消えゆく赤い太陽に照らされて呆然とする。

自分たちの姿を見回すと、着ているものは白い貫頭衣から、フードのついた外套がいとうをまとった旅装に変わっており、背中には背嚢はいのうを担いでいる。

腰の水袋にはたっぷりとした量の水が入っていた。

それは葉月もジークも同じだったが、その他に葉月は胸までの長さの杖を持ち、ジークの腰には二振りの短刀が挿さっていた。

それらの装備を確認した後、葉月は周りをぐるりと見回した。

「360°見渡す限りの荒野……ね。あの女神様、相当なドSじゃない」

「えぇ。ですがまったくの非情というわけでもないでしょう。野たれ死んでしまってはそれこそ意味がありません。よく見るとわだちが微かにですが残っています。一応、街道なのでしょう。これをたどれば街につくはずですよ。それに食料は節約すれば十日は持ちそうです。水袋に浄化石も入っているようですし」

背嚢の中身をのぞいてジークが答える。

「浄化石?」

聞きなれない単語に、葉月は水袋の中身をのぞきこんで尋ねた。

「浄化石って何ですか? いえ、なんとなく言葉の意味から推測は出来ますけど」

「えぇ、言葉の意味そのままの石です。生水はお腹を壊しますから、普通はこうした浄化石を入れて浄化するんです。旅の必需品なんですけど、旅されたご経験はないですか?」

「旅の経験はありますけど、こうした旅をしたことはないですね。それに浄化石というのは、私の住んでいた世界にはないものだと思います。もしかしたら私の住んでいた世界より、ジークさんが住んでいた世界の方が、文明的にこの世界に近いのかも知れませんね」

「あぁ、そうかも知れません。ですが、住民の姿はだいぶ違うようです。毛がなくて肌がつるつるするのもそうですが、牙も爪もないとなると落ち着きません」

やはり慣れないのか、ジークは自分の頬をさすりながら苦笑する。

「失礼ですけど、毛皮・牙・爪と言いますと……」

葉月が聞きにくそうに水を向けると、ジークはあっさりうなづいた。

「はい。獣人です。俺は黒豹の一族の出身らしいです。が、お話はちょっと置いておいて、野宿の準備をした方がよさそうです。日が沈みます」

ジークが目を細めて地平線の彼方を見やった。

葉月がそれにつられて地平線の方を見ると、確かに太陽は半分以上沈んでいるようだった。

「分かりました。とはいえ、申し訳ないのですが、私は野宿の経験もないんです。どうしたら良いか教えてもらってもいいですか?」

「えぇ。とりあえずは俺がやるので、やり方を見ておいてください。とりあえず、火をおこしましょう」

そう言ってジークは倒れた灌木かんぼくの、細く枯れた枝をいくつか拾い集める。

ジークの背嚢の中にはなたがあったらしく、それを取り出して太い枝を伐り始めた。

「葉月さんはそこの枯れ草を集めてください。いきなり枝には燃えないので火種にします」

手際よく太い枝を伐りながら、ジークが指示を出す。

「はい」

そういえば中学生の頃キャンプでたき火をする時、新聞紙なんかに火を付けてから薪に移したんだっけ? と遠い記憶を思い起こしながら、葉月の背嚢の中に入っていた小型の鎌で枯れ草を刈っていく。

勢いあまって足を切らないようにだとか、枯れ草で手を切らないようにだとか考えながら作業したため無駄に時間がかかったが、なんとか必要そうな量を集めることが出来た。

ジークが集めた薪を組んでいるところへ持っていく。

「これくらいで大丈夫ですか?」

「はい。十分ですよ」

にっこり笑ってジークは火口箱ほくちばこから火打石と火打金ひうちがねを取り出して、カチッカチッと打ち合わせた。

火花が散り、火花が枯れ草に落ちる。

それに息を吹きかけると、火がおこった。

手慣れた様子で火をおこす姿に、葉月は一緒に落とされたのがジークで良かったとエルフィムの選択に感謝した。

相性も考えて選んだというが、性格だけではなくスキルの相性も考慮したのだろうか。

いきなり荒野に放り出されて落ち着いていられるのは、ジークがまとう旅慣れた雰囲気があるからだ。

これがもし自分と同じ日本人だったとしたら、たとえアウトドアに精通している人間でも火打石で火を起こせる人間はどのくらいいるのだろうか。

きっとあまり多くはないだろう。

ライターやマッチがあれば十分だからだ。

葉月にしても、火打石というのは石同士を打ち合わせて火花を出すと思っていたくらいだ。

ジークによると火打石同士を打ち合わせても火花は出るらしいが、火打金と呼ばれる木片に金属片を組み込んだものに火打石を打ちつけた方がよく火花が出るらしい。

この世界で生きるには、必要となる知識だ。

葉月があれこれ尋ねても、ジークは嫌な顔をせず答えてくれる。

足手まといな上に面倒をかけて申し訳ないが、早く覚えるには仕方がないことだった。

せめて次からは出来るように手順を頭に叩き込んだ。


太い薪に火が移る頃には、辺りはすっかりと闇に染まっていた。

ぱちぱちと薪がはぜる音がする中、干し肉を枝に挿してあぶる。

干し肉というとRPGなどでもお馴染みの保存食だ。

少しわくわくする。

あぶる前の干し肉はかちこちで、そのままかじったら歯が悪くなりそうだった。

保存食は他に堅く焼いたパンのようなビスケットのようなものや、木の実、チーズのような、でもちょっと違うようなものなどだ。

あと意外にも漬物なんていうものもあった。

「これが荒野ではなくて山や森だったら、あと鍋があったらもっとちゃんとした食事が出来たんですけど。堅焼きパンはスープに浸して食べると美味しいんですよ」

ジークは少し残念そうだ。

「果物や野菜を食べないと、壊血病や脚気になるんでしたっけ?」

本か何かで読んだ知識を思い出す。

両方とも死につながる病だ。

大航海時代の壊血病は有名だが、白米中心でおかずを食べない食事をしていた江戸では脚気で死亡する者も多かったという。

あの皇女和宮の死因も脚気によるものだとか。

葉月の眉間にしわがよる。

ジークも難しい顔をする。

「そこは漬物があるので大丈夫だと思いますけど、それよりも食料が尽きる前に街へ着けるかの方が問題です」

「節約すれば十日分ということは、だいたいそれくらいか、もしかしたら十二、三日くらいかかるかも知れませんね。轍が残っているとはいえ、どちらの方向の方が近いかは分かりませんし」

「そうですね……あ、葉月さん、干し肉はそろそろ食べても良さそうですよ」

「あぁ、ありがとうございます」

手渡されたあぶった干し肉は熱そうだが、美味しそうだ。

火傷に気をつけながらかぶりつく。

肉の味が凝縮している上、塩以外にも香辛料がついているのか、なかなか美味しい。

ジークも顔をほころばせてかぶりついている。

「これは良い干し肉ですね」

「えぇ、美味しいです」

葉月とジークはしばし無言で咀嚼そしゃくを続けた。

薪のはぜる音だけがぱちぱちと響く。

太陽が沈んだ夜の荒野は冷える。

暖かいたき火の火が二人の体を温めていた。

その火を見つめながら、葉月がぽつりとつぶやく。

「不思議なものですね」

「え?」

「私もジークさんも、別々の世界で生まれたのに、今はこうして一緒にご飯を食べているなんて」

葉月がおっとりと笑いかけると、ジークも微笑んでうなづいた。

「はい。不思議です」

「あの女神様が言うことも一理あると思い直したんですけど……やっぱり敬語はやめにしません? 私たち、運命共同体でしょう?」

葉月の提案に、ジークがちょっと困ったような顔をする。

「葉月さんが俺に敬語を使わなくても、もちろん構わないんですが、俺の敬語はくせなんです。養父が誰に対しても敬語を崩さない人で、真似している内に染みついてしまいました」

「そうなの。私だけ敬語を使わないのも、何か違和感があるんだけど」

「すみません。その代わりと言っては何ですが、ねえさんと呼んでも良いですか?」

ジークはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

葉月は面食らったような顔をして、目をぱちくりする。

が、次の瞬間には、笑みを浮かべて、右手を差し出した。

「いいよ。出来の悪い姉だけど、よろしくね」

ジークがその差し出された手に戸惑っていると、

「あぁ、握手っていうの。挨拶みたいなものだよ。右手を出して」

葉月がぎゅっとジークの右手を握る。

「改めて。これからよろしくね、ジーク」

「はい。こちらこそよろしくお願いします。……ねえさん」

ぎゅっと握り返して、ジークが照れたように微笑む。

その手はとても温かかった。

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