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混沌なき箱庭  作者: 天原ちづる
第5章 切り裂きし者
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5.切り裂きし者 12-1

 葉月が提案した作戦は、上層部にすんなりと承認された。

やはりヴィリーやケヴィンが想定していた作戦と重なっていたからだろう。

だいたいの根回しは済んでいたのだ。

この作戦自体は、普通のおとり捜査と劇的に違うわけではない。

ターゲットを絞り、より効果的な“餌場”を作り、おとりをより“食いつきやすい餌”に見せるというだけだ。

それでも今までの消極的なおとり捜査とは規模が違う。

戦列の<テーラン>の威信をかけた大掛かりな捜査となる予定だ。

実はこの作戦承認の最大の難関は、捜査責任者であるオズワルドの説得だった。

女子供を軽視するオズワルドだが、何も女子供の抹殺を願うような思想の持主ではない。

逆に女子供はか弱いのだから守られていろ、という考えなのだ。

しかし、<ゼルダの使徒>が狙うのは<世界の落し子>、つまり通常は十代の半ばくらいの少年少女である。

もうすぐ三十路になろうかとしているオズワルドからすれば、十分に女子供の範疇だ。

そのような女子供をおとりにするなど、許せるものではない。

だから消極的なおとり捜査にならざるを得なかったし、葉月のおとり捜査への参加も渋っていたのだ。

しかし、状況はそのような信念など許されなくなっている。

これ以上の被害者が出る前に事件を食い止めることが求められていた。

この状況で微妙な立場にあるのは<テーラン>だけではない。

この世界に於いて、新興地区自体がイレギュラーな存在なのだ。

諸々の事情で自治が認められているが、これ以上の治安の悪化は他からの干渉を避けられない。

そうした背景と共に、おとり役の葉月がか弱い存在ではないことをオズワルドに認識させること、それがヴィリーの考えていた計画の序だった。




「というわけで、次のおとり捜査にはジークにも参加してもらいたいの。もちろん、おとりには若過ぎるから捕縛部隊で。正式な協力要請の話は明日にでも首領補佐のゾルさんからあるとは思うんだけど」

葉月がジークの部屋をこっそり訪れたのは、作戦の大枠が決まった日の翌晩だった。

掻い摘んだ事情と協力要請の話を葉月から聞かされたジークは、首を傾げた。

葉月は本日から学問所を休んでおり、何かしらの進展があったのだろうとは思っていたし、より大掛かりな作戦で人手が足りないことは理解出来たが、自分は一度おとり作戦に参加することを拒否されている。

たった数日でそれらの事情が変わるとは思えない。

「本当に俺が参加してもいいんですか?」

少々疑り深い声で尋ねるジークに、葉月はころころと笑った。

「もちろん。危なっかしい感じがだいぶマシになったもの。それに親分の鶴の一声があったからね」

ジークを推薦したのは葉月だったが、これにはオズワルドだけではなくケヴィンも難色を示した。

理由は以前ジークのおとり作戦参加を拒否した時と同じだ。

いくら腕が立つとはいえ、葉月の危機に逆上して犯人を殺してしまう恐れがある人物を捕縛部隊に入れるわけにはいかない。

葉月はジークの意識が変わったことを説明したが、感覚的なことなので説得力はあまりなかった。

それこそたった数日で変わるわけがない、と思うのは当然だった。

しかし、その話を伝え聞いたカーサが「いいんじゃねぇの?」と言ったことで、ジークの参加はあっさりと決まった。

カーサはその根拠を「実際にってみた感じと勘」と言い放ったが、<テーラン>の団員にとってそれらの根拠は十分に信用するに足るものだった。

ヴィリーやケヴィン、そしてオズワルドもそれで納得してしまうのだから、凄まじい。

女子供を軽視する傾向のあるオズワルドだったが、カーサのことは特別のようだ。

「アレを女子供の範疇に入れるほど、あの石頭だって脳みそ腐ってねーだろ」

とはケヴィンの談だ。

かなり失礼な話ではないのかとタイロンにこっそりとこぼした葉月だったが、返ってきた言葉は、

「いや、一緒にする方が親分にも女子供にも失礼じゃねぇか?」

であり、葉月もそれにはうまく反論が出来なかった。

カーサを婦女子の範疇に入れるには心理的抵抗があると自身で気づいてしまったからだ。

とにかく、ジークがおとり作戦に参加することは決定したのである。

「作戦の詳しい段取りは後日、きちんと説明があるからね。といっても、初期段階で大変なのは諜報部だから、捕縛部隊は気付かれないことの方が大事かな。犯人にも住人にも、ね」

と、葉月はそこで言葉を区切った。

いつも癖のように浮かべているおっとりとした笑みも消してしまう。

滅多にすることのない真剣な顔で自身の唇を指差し、声を出さずにはっきりと唇を動かした。

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