5.切り裂きし者 10-2
葉月は凶悪で壮絶な笑みを引っ込め、邪気の欠片もない笑みを浮かべる。
その身にまとう気配が極寒の吹雪だとしたら、春の花園のような笑みだ。
灰青の瞳さえ、底は見えないが柔らかい。
つまり、総合してみるとかなりちぐはぐだった。
己でも相当に器用なことをしていると思いつつ、葉月は続けた。
「おとり捜査というのは、だいたいの犯人像が浮かんでいて、証拠がない場合に実施するものなんですよ。まったくの的外れなところでやっても意味がありませんから。稀にそうした闇雲なやり方をする所もあるでしょうけれど、参謀と隊長たちが揃っていてやるとは思えません」
「お褒めに与り光栄、とでも言っときゃいーのか、お嬢様?」
言葉尻をとらえ、ケヴィンが皮肉で混ぜっ返す。
オズワルドは難しい顔をして黙ったままだ。
葉月はそんな隊長たちを見据えたまま、少し待ったように首を傾げた。
「まさか。私の正直な気持ちですよ。だから、既に目星がついていた、と考える方が自然なんです。それに、実はその手掛かりは三週間ほど前に聞いていたことを思い出しましたから」
葉月はそこで一旦言葉を区切った。
じっと隊長たちを見つめる。
言外にここで言ってしまっても良いのか、という意味をこめて。
すると責任者であるオズワルドが盛大な舌打ちをした。
苦虫を噛み潰したよう、という表現がぴったりな顔だ。
オズワルドはつかつかと葉月との距離を詰め、鋭い目で見下ろした。
葉月が口を開こうとする前に、羽織の襟首を掴み、子猫のように吊るし上げる。
これには葉月も驚き、目を瞬かせた。
しかしオズワルドはそんな葉月に構うことなく、そのまま扉へと向かう。
ドアノブに手をかけたところで唖然としている者たちを振り返った。
「ケヴィンと…………タイロン、ついてこい。ヴィリー、後は任せた」
そう言い置いて、葉月を吊るし上げたまま、さっさと出て行ってしまう。
指名を受けたケヴィンとタイロンが後を追うと、捜査本部内は騒然とした。
犯人像が分かっているのでは? ということうんぬんよりも、“世間知らずのお嬢様”だと思っていた少女が見せた気迫に戸惑っているのだ。
特に葉月の表情がよく見える位置にいた者たちは、表情と気配の落差に得体の知れない恐怖を感じていた。
後姿しか見ていないヴィリーはそんな団員たちをまとめながら、ちらりと四人が出ていった扉を見やる。
タイロンを連れていく辺り、オズワルドにしては配慮をしたな、と思った。
少女のあれがハッタリかどうかは分からないが、どちらにしろ、オズワルドは耳を傾ける気になったらしい。
それが重要だ。
葉月がこちらの筋書きを読んだ上であのような態度に出たのなら、末恐ろしいというべきか……。
姉弟揃って普通ではないな、と思いながら、ヴィリーは今後打つべき手に備え、手早く指示を出し始めた。