5.切り裂きし者 9-2
捜査本部に使用している部屋は、ほぼ小中学校の教室と同じくらいの広さだった。
入口の側には六脚の長机が二列で等間隔に配置されており、奥にはダイニングテーブルのような八人掛けほどの大きな机が置いてある。
部屋にいるのは十人程だ。
出払っている者もいるが、ほとんどの面々は第三隊と第四隊の男たちだった。
葉月は「お疲れ様です」と会釈しながら、奥の机まで進む。
反応は様々だが、やはり上の影響か、第三より第四の者たちの方が気軽に応じてくれる。
微妙な立場にある葉月とジークだが、相手がどういう態度であろうと愛想の良い対応を心掛けている結果、あからさまな悪感情をぶつけてくる相手は少なくなってきた。
ただ、その少数派を懐柔するには、だいぶ骨が折れそうではある。
奥の机まで近づくと、椅子に座ったタイロンが片手をあげて葉月を迎えた。
「よう。お嬢、災難だったな」
タイロンがにかっと笑いながら労いの言葉をかけると、葉月は苦笑で応じた。
「まぁ、オズワルド隊長のお気持ちも分かりますよ」
葉月とて、子供が殺人事件に積極的に関わりを持つのには感心しないだろう。
いくら葉月たちの中身がとうに二十歳を越しているとはいえ、それは相手に知られてはいけないことだ。
葉月は苦笑を引っ込めて、タイロンの隣に座る人物に顔を向ける。
「お疲れ様です。ヴィリーさん」
「お疲れ。お嬢は本当、見た目と違って神経太いよね。あのオズワルドさんに睨まれて笑ってられるって相当だよ」
言葉は辛辣だが、ヴィリーの顔に浮かんでいるのは毒のない笑みだ。
これで本人は褒めているつもりなのだ。
そして葉月も怒ったりはしない。
<テーラン>の中では無害でおっとりしたお嬢様を“分かりやすく”装っている。
嫌みにならないさじ加減というのは難しいが、したたかさを滲ませなければ、本当に“ただのお嬢様”になってしまう。
ヴィリーの言葉は、葉月にとっても正しく褒め言葉なのである。
だから葉月は若き参謀の言葉に笑って答えた。
「本気で殺されそうになったら怖いですけど、殺気とかありませんでしたから」
「あぁ、そうなったら俺も全力で逃げるね」
ヴィリーが肩をすくめると、タイロンも笑って言う。
「俺もそれは微妙に遠慮してぇな」
タイロンの発言に、葉月とヴィリーはそのような事態を想像し、顔をひきつらせた。
「タイロンとオズワルド隊長が本気でぶつかるのなら、少なくとも見える範囲からは離れますね」
「俺なら隣街まで行くね。可及的速やかに」
「辺り一帯廃墟になるんじゃないですか」
「人災だよね。まさしく」
二人にじと目で見られたタイロンは慌てて口を開いた。
「遠慮してぇって言ってんじゃんか! つーか想像だろ? それ! んな化けモンじゃねぇだろ、俺もオズワルドの兄貴も!」
椅子から腰を浮かして抗議するタイロンに、ヴィリーが笑ってたしなめる。
「冗談じゃん。本気にすんなよ」
「まぁまぁ、落ち着いてください。タイロン」
いけないと分かりつつ、ついタイロンはからかいたくなる。
それに誇張はしたが、あながち間違いでもない。
武力だけで言えば、タイロンは間違いなく隊長クラスだ。
<テーラン>の実行部の隊長クラスというと、他の団員よりも圧倒的に強い。
盗賊十人程度なら、一人であっさり片付けられるくらいに強い。
平団員からすれば、それこそ化け物みたいな強さなのだ。
そんな実力を持つ二人が本気で殺し合ったら……。
しかも共に静よりも動を旨とする戦い方をする二人だ。
想像するだけで恐ろしい。
「ところで、ヴィリーさんも実行部から協力要請があったんですか?」
未だ納得していない様子のタイロンを放置し、葉月が問いかける。
ヴィリーは参謀という役職についているが、どちらかといえば首領付きのようなものだった。
首領補佐は自由奔放過ぎる首領の補佐はすれど、歯止めにはならない。
なる気もないようだ。
ブノワも当人が忙し過ぎてカーサにばかり構っているわけにもいかない。
そこで白羽の矢が立ったのが、ヴィリーというわけだ。
「参謀とか偉そうな肩書きだけど、実際は遊軍みたいなもんだから」
腕っ節にはあんまり自信ないんだけどね、とヴィリーはうそぶく。
実際、つわもの揃いの<テーラン>の中では、ヴィリーは線が細い方だ。
が、頭の回転が速く、弁も立つ。
武力に偏りがちな<テーラン>では貴重な頭脳派だった。
「まぁ、何にせよ、この事件は速やかに解決しなきゃね」
ヴィリーが大机に広げられた地図に目をやる。
模造紙ほどの大きさの新興地区の地図だ。
地図上には点々と赤と黒の印が記されている。
その内の赤の一点の場所に合点がいった葉月はヴィリーに尋ねる。
「赤は遺体発見現場ですか?」
「そうだよ。黒は誘拐現場と思われる場所。目撃証言があったトコとかね」
「目撃者はいないという話でしたけれど、あるんですか?」
葉月は軽く驚いたように地図から顔をあげる。
ヴィリーはうんざりした顔で机に頬杖をつきながら答えた。
「あるよ。真偽問わずに結構ね。裏取るのが大変なくらい。噂は相当尾ひれがついてるようだけど」
「へぇ、やはりそういうものなんですね」
葉月はそう言いながら、地図に目を戻す。
そして、脳内で赤の点だけを線で結んでみた。
新しい赤の印を含めて八つを、いくつかのパターンで。
一見バラバラ、無造作に見える点だが……。
あれこれ考えている内に、何故か三週間ほど前に聞いた単語がふと浮かんできた。
その言葉と地図上の赤い点が結びつき、唐突に理解した。
途端に背筋に悪寒が走る。
そして即座にこの動揺の理由を知られてはならないと悟った。
だから葉月は笑みを浮かべた。
いつものおっとりとした邪気のない笑みとは違う、十三の少女には似つかわしくない凄みのある笑みを。
そしてじゃれ合いを止めて近づいて来る二人の隊長を振り返り、言い放った。
「犯人の目星はとっくについていたのですね」
と。