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混沌なき箱庭  作者: 天原ちづる
第5章 切り裂きし者
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5.切り裂きし者 6-2

 彼の中で目まぐるしく計算が働いたが、結局はジークを人身御供に差し出すことにしたようだ。

「もうすぐ暗くなります。手短に。あとジークは怪我が治ったばかりですので、お忘れなく」

それでも指導役として、釘を刺すことは忘れなかった。

その親心を知ってか知らずか、カーサはにんまりと笑う。

「真剣じゃなくて、刃ぁ潰したのにすっから心配すんなよ」

「刃を潰していたって、親分の馬鹿力で振るわれた剣を受ければ死にます。ジーク、気をつけろよ」

真剣な眼差しのライナスに、ジークは深くうなづいた。

「はい。親分の剣は一度となく見ています。あれを見て油断出来る者がいるとは思えません」

カーサの剣はまさしく豪剣だ。

元の体でもあれを正面から受けろと言われたら、少々ためらう。

ましてや非力で軽いこの体では、正面からどころか、カーサがどんな体勢でも一太刀受ければ吹っ飛ぶに違いない。

首領直属の団員たちとの稽古で、この体での戦い方を掴みかけていたジークではあったが、カーサ相手では稽古といえども命がけだ。

副長直属のタイロンは手加減が苦手であるが、カーサは手加減をする気がない。

戦列の<テーラン>の団員には戦闘狂が多い。

ケヴィンなどもその手合いだ。

しかし、<テーラン>の中で一番戦いに飢えていて、一番危険なのは、間違いなく首領であるカーサだった。



西日が差す庭の一角にある稽古場は、いつもなら何羽かの鳥がねぐらとして戻って来ている頃だったが、今は一羽たりとも姿がなかった。

ピリピリした殺気に満ちた稽古場に、好き好んで近づく野生生物はいない。

風で揺れる木々の他に、動く影は二つだけだ。

なぎ払うように振るわれたカーサの剣を、ジークはあえて相手の懐に入るようにして避けた。

ジークの武器は二振りの短剣だ。

身長差なども相まって、ジークの間合いは狭い。

それを補うのは、機動力と度胸だ。

脚の腱を狙うように低い体勢でカーサへと突っ込む。

カーサは剣を戻すより蹴りを選んだが、ジークはそれも読んでいた。

カーサの利き手の左とは逆に転がり、全身をバネのようにして飛び上がる。

狙いは首だ。

カーサは小さく舌打ちし、あえて右へと体を捻った。

ジークの短剣を避けながら、刃ではなく柄の先でジークのこめかみを打つ。

手ごたえは浅かったが、金具が引っ掛かったのか、小さな血飛沫が舞う。

ジークは後ろに飛びすさり、袖口でぐいっとこめかみを拭った。

頭は怪我自体が大したことがなくても、血がよく出る。

額でないのが幸いだ。

額が切れると、血が目に入る可能性がある。

ジークは荒い息を整えながら、攻めあぐねていた。

カーサは強かった。

今も息ひとつ乱さず、にやにやとジークを見て笑っている。

あの街道での戦い以外にも、何度か他の団員たちを相手に戦うカーサを見たことはあったが、実際に戦ってみるとよく判る。

元の世界でもここまで強い者はいなかった。

カーサは確かに女性としては長身な方だろう。

だが、ブノワのように背が高いわけでも、タイロンのように厚い筋肉をまとっているわけでもない。

体格で言えば、ケヴィンにも劣るだろう。

それでも、カーサが最強だ。

荒くれ者たちが女性であるカーサを親分と慕うのは、この圧倒的な強さが彼らを惹きつけてやまないからだ。

強い者に惹かれるのは、本能だろう。

ジークにもそれはよく解る。

しかし、カーサにこうも遊ばれているようでは、ねえさんを守ることなど出来ない。

ジークは焦る気持ちを抑えようと歯を食いしばった。

奥歯がぎりっと音を立てる。

その途端、面白がるように笑っていたカーサが、さぁっとつまらない物を見るような目になった。

ジークがその落差に驚くと同時に、突風が稽古場に吹き込んだ。

土埃が舞い上がり、ジークは思わず目を細める。

土埃に紛れ、カーサの姿が消えたことに気付いたジークは、ぞくりとした悪寒を感じてその場から逃れようとした。

が、遅かった。

後頭部を後ろから掴まれ、勢いよく地面へと叩きつけられる。

背中を踏まれ、後頭部の髪を掴まれて顔を上げさせられたジークの顔が苦痛と混乱で歪む。

何がカーサの気に障ったのか解らない。

ジークは混乱したまま、傍らにしゃがみ己を踏みつけているカーサへと視線を向けた。

カーサが心底つまらなそうな顔で口を開く。

「お前さ、今、くっだらねぇこと考えてただろ」

疑問ではなく断定で突き付けられた言葉にジークが反駁はんばくする間を与えず、カーサは言葉を重ねる。

「どうせ葉月のこったろうが、今のままじゃ、お前、葉月のお荷物にしかならねぇぞ」

ジークの瞳が見開かれる。

その言葉はどんな刃より鋭く、ジークの心をえぐりとっていた。

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