5.切り裂きし者 4-2
事実を知った時のタイロンの心境は想像に難くない。
葉月が男だと仮定して、好きになった相手が実は男でした、と言われたら多分ショックでひきこもる。
恋だの愛だのに性別なんて関係ない! という所まで達観出来れば違うのだろうが、その域まで達せられる人はどのくらいいるのだろう。
少なくとも、タイロンはそこまで行けなかったようだ。
葉月に同情めいた視線で見つめられたタイロンは、不貞腐れたようにしゃがみ込み、地面に向かってぶつぶつ呟いている。
どうやら当時の恥ずかしい思い出がフラッシュバックしているようだ。
タイロンの周りだけ、夜の闇が一段と濃くなり、じめじめとした重苦しい空気が漂っているように見える。
可哀想だけど、ちょっと可愛いなぁ、と葉月がひどいことを考えていると、かつらをかぶり直したアンジェリカと目が合った。
お互いの顔に浮かんでいるのは苦笑だ。
二人してタイロンをいじめ過ぎたと反省する。
怒らせると怖いタイロンだが、いじると楽しいのだ。
何せ反応がいい。
タイロンは葉月の指導役ではあるが、中身の年齢は葉月の方が上だし、アンジェリカにしてもタイロンは先輩格にあたるのだが、『男である自分に惚れた過去』という弱みを握っている。
戦闘の時は鬼神のごとしと恐れられ、人を動物に例えるくせのあるカーサにして“虎”と言わしめるタイロンであるが、普段はその外見通り気のいい兄ちゃんなのである。
本人も堅苦しく接せられるより、砕けた付き合いの方が楽だという。
もちろん、ものには限度というものがあるが、葉月にしてもアンジェリカにしても、その辺りは心得ている。
二人とも、平時の虎にじゃれつく勇気こそあれ、そのしっぽを思いきり踏んづけて怒らせる勇気はない。
そもそもそれは勇気などではなく、無謀というものであるが。
「ごめんね、タイロン。ちょっと調子に乗り過ぎちゃった」
しゃがみ込んでいじけるタイロンの右横にアンジェリカが膝をつき、殊勝な顔をして謝る。
「私も。ごめんなさい、タイロン。口が過ぎました」
葉月もアンジェリカとは反対側にしゃがんで頭を下げる。
が、タイロンはぶつぶつと呟き、顔をあげようともせず、膝をかかえている。
「どうせ、俺は男と女の見分けもつかない間抜けですよーだ」
「いやいや、タイロン。間抜けとまでは言ってないって。タイロンは間抜けなんかじゃないって」
「そうですよ、タイロン。それにアンジェリカを男性と見抜くのは難しいですよ。声だってちょっと低めかな、と思いますけど、声の低めの女性なんてたくさんいますし、女の私だって言われなければ気付きませんでしたもの。仕草や歩き方も違和感やわざとらしさがありませんでしたし、アンジェリカの女装技術は完璧です。それを見抜けというのはかなり難しいことですよ」
「そうそう。オレってばマジで可愛いから、オレに惚れた男はタイロンだけじゃないしさ」
「うおおおおおおおおおおおおおおお、惚れたって言うなぁ!」
また恥ずかしい過去を思い出し、それを振り切るようにタイロンが地面に頭を打ち付け始めた。
「アンジェリカ……」
「うっ、ごめん。禁句だった……」
じとりとした目で葉月ににらまれ、アンジェリカがうなだれる。
ますますよく分からない状態になった三人の場違いな喜劇を終わらせたのは、頭上から降って来たひどく冷たい一言だった。
「なぁ、お前ら。殺人現場で何遊んじゃってんの?」
ぴたりと動きを止めた葉月、タイロン、アンジェリカの三人は、聞き覚えのある声におそるおそる顔を上げる。
果たして、そこには氷よりもなお冷たい目をした<戦列のテーラン>実行部第四隊隊長であるケヴィンが立っていた。