5.切り裂きし者 3-3
女性の悲鳴は既に止んでいたが、北に行くに従い代わりに血の臭いと、がやがやという複数の人の声が聞こえてきたので、その場所を特定するのはそう難しくはなかった。
現場に到着し、タイロンに下ろしてもらった葉月は、その惨状を見て胃からこみあげてくるものを根性で嚥下した。
被害者は服装からして女性だろうということしか分からなかった。
それほど遺体の損傷がひどい。
五体はつながってはいたが、傷がないところが見当たらないというほど切り刻まれ、顔もつぶされていた。
特に喉が大きく切り裂かれており、これが致命傷となったとみて間違いないだろう。
殺害現場はここだ。
壁にまでおびただしい量の血痕が残っている。
八人目の犠牲者。
また止められなかった。
犯人を確保した様子はない。
四十代とみられる女性が真っ青な顔で座りこんで震えている。
どうやら、不幸な第一発見者のようだ。
彼女は何か目撃しただろうか。
葉月は遺体検分に合流しているタイロンから離れ、中年女性の方へと足を向けた。
正直、あまりじっくりと遺体を見ていられなかったのだ。
すっかり暗くなった中、いくつもの灯りに照らし出された惨殺死体は、こういっては犠牲者に失礼だが悪夢に出てきそうだ。
葉月が中年女性のところへ着く前に、またバタバタと足音が聞こえた。
葉月たちが来たのとはまた別の路地から現れた四人の男たちは第三隊の者たちだろう。
葉月にも見覚えがあった。
が、その後についてきた十六、七歳ほどの少女には見覚えがない。
灯り越しにも大層な可愛らしさだ。
これだけの可愛らしい少女なら、一度でも見たら忘れられないだろう。
左右の耳の上で一部を結んだ、いわゆるツーサイドアップにした髪がその可愛らしさを強調している。
はっきり言って、殺人現場にはまったく似つかわしくない人物だ。
少女は遺体を目の当たりにして微かに眉をしかめたが、とり乱した様子はない。
しばらく現場の状況を見回していた少女だったが、葉月の視線に気が付いてこちらへとやってきた。
「また出遅れちゃったみたいね」
「はい。そのようです」
苦い顔で葉月がうなづく。
「あなた、副長の娘さん?」
少女がちょこんと小首を傾げながら尋ねる。
その可愛らしさに、葉月は今後の参考にしようと心にとどめ置きながらうなづく。
「はい。葉月と申します」
すると少女の表情がぱっと明るくなる。
「あ、やっぱりそうなんだ。わたしはアンジェリカ。諜報部の所属なの」
「あなたがアンジェリカさんでしたか」
「アンジェリカでいいわ。<テーラン>はむさ苦しい男ばっかで女の子がいないんだもの。わたし、葉月とは仲良くしたいわ」
にっこり笑うアンジェリカに、葉月も笑顔を返す。
「えぇ。アンジェリカ。私でよろしければ」
ふふふふ、とここが陰惨な殺人現場であることも忘れ、笑い合う少女たち。
そこに割って入ったのはタイロンだった。
タイロンは葉月の肩を掴むと、アンジェリカから引き離した。
「出たな、変態」
「やだ、タイロン。変態だなんてひどい」
悲しげな顔でタイロンを見つめるアンジェリカ。
そんな顔で見つめられれば、女の葉月でさえ反射的に謝ってしまいそうだ。
だがタイロンは苦虫を噛み潰したような顔でアンジェリカを無視し、葉月の両肩をぐっと掴んだ。
「タイロン?」
様子のおかしいタイロンに、葉月はいぶかしげにタイロンの名を呼ぶ。
タイロンはいつになく複雑そうな表情だ。
「お嬢。この変態に騙されんなよ。コイツ……」
そこでタイロンは言葉を切り、深いため息と共に絞りだすようにつぶやいた。
「コイツ、男なんだ」