5.切り裂きし者 3-2
葉月がかすかに眉間にしわを寄せ、今後の行動の算段をしていた時、隣を歩くタイロンが突然足を止めた。
「タイロン? どうかしましたか?」
葉月が同じく足を止め振り返ると、タイロンは厳しい顔つきで薄闇の向こうを見つめていた。
「おい。どうしたんだ?」
「なんかあるのか?」
第四隊の男たちもタイロンの様子を不審に思い、足を止めている。
タイロンは「しっ」と男たちを黙らせると、「聞こえねぇか?」とつぶやいた。
男たちと葉月はタイロンの言葉に耳をすませる。
すると虫の声に混じり、微かではあるが甲高い女性の悲鳴が聞こえてきた。
はっと喜色を浮かべる第四隊の男たち。
女性の悲鳴を聞いて笑みを浮かべるというと悪趣味な性格破綻者のようだが、空振りばかりのおとり捜査で鬱憤がたまっているのだ。
<黄昏の怪人>の手がかりになることならば言うことないが、ただの喧嘩でも憂さを晴らせるならそれでいい。
「声の方向がどちらか分かるか?」
気がはやるのか、早くも腰の剣に手をかけながら男が問う。
それにタイロンはうなづき、北を指さした。
「あっちだな。おそらく、雨月通りの近くだ」
「よしゃ! 行くぞ!」
「おうよ!」
「うおおお!」
第四隊の男たちが奇声を発しながら北へと走り出す。
よほど向いていないおとり捜査でストレスが溜まっていたようだ。
葉月もその後を追おうと、長い裾を膝までたくし上げた。
葉月にしたら走りやすいように、という合理的な理由による行動だが、慌てたのはタイロンだ。
「ばっ、お嬢!? 何やってんだ?」
葉月は裾をつかんだまま、首を傾げながらタイロンを見上げる。
「何って、走りやすいように裾をまくってます」
ごく平然と言い放った葉月に、タイロンは葉月の手を裾から放させた。
裾がふくらはぎの中間に戻る。
「はしたねぇ! 堂々と足見せる女がいるか!」
葉月の感覚で言えば、膝丈では短い部類には入らない。
別に太ももまで見せるわけでもないので抵抗はないのだが、タイロンにしてみれば、というよりこの国の常識に照らし合わせれば、膝を出すというのは大変にはしたないことになる。
葉月は内心、タイロンに『はしたない』と指摘を受けたことにへこみ、『こんな細くて色気のない子供の足を見せたところで――』と思ったが、殊勝にうなづいておいた。
今、ここで羞恥心や少女偏愛について問答している暇はない。
長い裾は走りにくいが、元々袴や着物での動きに慣れているので、転ぶことはないだろう。
こっそり嘆息した葉月の体が、急に宙に浮いた。
「ちょっ」
気が付けば、タイロンに俵のように肩に担ぎあげられていた。
葉月が抗議の声をあげる前に、タイロンがものすごい速さで走り出す。
「こうすりゃあ、お嬢が裾まくらねぇでも早ぇだろ?」
葉月の顔を見上げてにかっと笑うタイロンの頭を叩きたい衝動を抑えて、葉月は額に手を当てた。
なんというか、もう、頭痛がする。
「確かに早いですけどね。ですけど、タイロン。これは裾をまくりあげるのと同じくらい恥ずかしいですよ」
「そぉか?」
「そうです」
ぴしゃっと葉月は言い放ったが、その後は言いたいことをぐっと呑み込む。
あのやりとりで時間を無駄にしたことは確かだ。
葉月が自力で走るより、この方が断然早いことは認めないわけにはいかない。
タイロンの羽織の襟を掴んで、高速で流れる路地裏の道を覚えることに集中する。
元の場所に独りぽつんと残された露出狂は、事態についていけず後ろ手に縛られたまま、ぽかんと立ち尽くしていた。
「俺はいったい、どうしたらいいんだ?」