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混沌なき箱庭  作者: 天原ちづる
第5章 切り裂きし者
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5.切り裂きし者 2-2

 戦列の<テーラン>は自警集団である。

新興地区の治安を担う、とても簡単に言ってしまえば、ヤクザのような警察、いや、警察のようなヤクザの方が実態に近いだろうか。

基本的には、四つの部隊からなる実行部が実際の調査や取り締まりなどを行う。

諜報部もあるが、こちらは普通の犯罪を調査するというよりは、他の地区の情報を収集する役割の方が強い。

ただし、<テーラン>の組織というのは、それほど厳密な役割の住み分けをしているわけではない。

手柄の取り合いがまったくないといえば嘘になるが、部署同士が手を組むことは普通で、人手や人材が足りない時は、他の部署から応援を頼むことも良くあることだ。

特におとりになるような人材は、とても少ない。

何せ、“戦列の”という語が頭につく組織である。

戦いのために作られた組織であることは疑いようがなく、団員はむくつけき男どもばかりなのだ。

だから、葉月はタイロンと共にブノワに呼び出され事情を聞いた時、自分が選ばれるのは当然の成り行きだろうと思った。

副長執務室に居るのは、部屋の主である戦列の<テーラン>副長のブノワ、その補佐であるトーリスと、呼び出された葉月とタイロンの四人。

呼び出された、と言っても、隣の部屋からである。

副長執務室の隣が、副長直属の配下の仕事部屋なのだ。

以前は同じ部屋だったのだが、配下の内の二人があまりにうるさい為、ブノワがキレて部屋を別にしたという経緯がある。

その原因の内の一人は、もちろんタイロンだ。

現在時刻はお昼もとっくに過ぎ、そろそろ西日が差し始める頃。

陽が射し込む窓を背に執務机に座るブノワの顔は険しい。

組織の運営はもちろん、他の組織や市との交渉も担当するブノワはかなりの多忙だ。

それでもこのような顔をしているのは珍しい。

どんなに忙しくとも、余裕綽々といった顔をしているのがブノワなのである。

傍らに立つトーリスが難しい顔なのはいつものことだが、いつもよりも眉間のしわが深い気がする。

葉月は上長たちを観察し、厄介事が起こっていることを悟った。

二人が並ぶのを待って、ブノワが重々しく口を開いた。

「実行部から協力要請が来ている。葉月に、だ」

「私に、ですか?」

葉月は何故自分が指名されたのか分からず、首を傾げる。

<テーラン>に見習いとして入ってから数週間が経っているが、やっていることは鍛錬と学業と雑用ばかりだ。

何かしらの成果をあげたわけではない。

それなのに他の部署から協力要請とはどういうことだろう。

疑問に思ったのはタイロンも同様のようで、ちらりと葉月を見下ろしてブノワに問いかける。

「お嬢に実行部から協力要請って、何の件で?」

「最近発生している連続誘拐殺人事件のおとりとして、だそうだ。あの事件の被害者は十代、特に女性が多く狙われている。諜報部のアンジェリカも出ているらしいが、おとりが一人だけでは効率が悪いからな」

その事件は、葉月も聞いていた。

もう三週間以上前から発生している事件だ。

被害者の多くは十代の若者で、特に女性の数が多い。

数日間行方不明になった挙句、人通りの少ない路地裏で滅多刺しの惨殺死体が発見されるという。

中には行方不明のままの者もいるようだが、その残忍な手口と行方不明になる時間帯の多くが夕方ということで、ちまたでは<黄昏の怪人>と呼ばれているらしい。

<テーラン>が見回りを強化しているにも関わらず、この短期間に遺体は発見されているだけで七人。

行方不明者を含めれば二十人以上と言われている。

コケにされた形の<テーラン>実行部はかなりピリピリしていて、犯人検挙に全力をあげていた。

「むやみやたらなおとり作戦にはあまり乗り気はしないが、あの事件のせいで<テーラン>に対する風当たりが強くなってきているからな。やってくれるか、葉月」

ブノワがひたと葉月の目を見つめて言う。

文体としては問いかけだが、実際には命令だ。

葉月はそれを承知で、うなづいてみせた。

「えぇ、もちろんです。お父様」

葉月の返答に、ブノワは満足げにうなづく。

「で、俺は何で呼び出されたんだ?」

いまいち分かっていない様子のタイロンを、ブノワが半眼でにらみつけた。

「話の流れで解れ、馬鹿。実行部は人手不足なんだ。どうせお前は書類書きには向いてないんだから、体を動かせ。葉月と一緒に実行部に協力しろ」

「……おっさん、俺とお嬢じゃ態度が違わねぇか?」

「上司をおっさん呼ばわりする馬鹿に対するのと一緒の態度で娘に接する父親がどこにいる」

ブノワがきっぱりと言い切った。

なんだかんだ言って、ブノワは父親役を楽しんでいた。

葉月の着ている服や小物の大半は、ブノワが選んで買ってきたものだ。

女ったらしなだけはあって、その趣味は良く、葉月の雰囲気に合った、華美ではないが少し大人っぽいものが多い。

女性に服を贈る場合、受け取るにも普段着るにも困る高価な服を買い与えるという話は良くあるが、ブノワの場合はその辺りもよく分かっていて、この年頃の少女がよく着ている服を選んでいる。

だからといってブノワが葉月を溺愛しているかというとそうでもない。

やはり父親役を楽しんでいる、と言うのが適切だろう。

必要とあれば、危険な任務を割り振ることもためらうことはない。

ブノワというのは、そういう男だった。



そんなわけで葉月とタイロンは、実行部に協力しておとり作戦を実行しているわけだが、その成果はかんばしくない。

聞くところによると、もう一組の諜報部のアンジェリカをおとりにした方も、似たような状況らしい。

せめて目撃情報でも得られれば手がかりになるのだが、そちらも有力な情報がなかった。

まさしく怪人のごとく、誰にも見られることなく、犯行が行われているとしか考えられない。

被害者の共通点といえば、十代の若者である、というくらいしかないのだが、もしかしたら何か見落としがあるのだろうか。

葉月やアンジェリカがおとりではいけない理由が。

そこで、葉月ははたと気づいた。

葉月はアンジェリカに会ったことがない。

いったい、どういう人物なのだろうか。

諜報部の人間は、部長であるチェスターを含めて、屋敷どころか新興地区にいること自体が少ない。

他の地区や都市への潜入調査が主な任務なのだ。

実はアンジェリカの名を聞いたのも、今回の作戦が初めてだった。

「タイロン、アンジェリカさんって、どういう方なんですか?」

葉月が傍らのタイロンに尋ねると、タイロンは困ったように目を泳がせた。

「あー、あいつか。あいつはなんていうか……あれとは違った意味で……変態だな」

「は? 変態……なんですか?」

目をぱちくりして、葉月はタイロンを見上げる。

変態とは、予想だにしていなかった人物像だ。

「おう。確かに顔は可愛い。可愛いが……変態だ。俺、あいつは苦手なんだよなぁ」

「はぁ」

遠い目をするタイロンに、葉月は首を傾げざるを得なかったが、タイロンの言葉の意味を知るのは、このすぐ後のことだった。

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