4.手痛い洗礼 7-2
「なぁ、止めとこうぜ」
うんざり顔で、ロイが隣の二人に話しかけた。
そう言われた内の一人、ヒューゴも微妙そうな顔で、
「そうだな」
と答えたのだが、残りの一人であるジムは、先輩たちのやる気のなさにポコポコ怒っている。
「何言ってるんです、ロイさん。ヒューゴさんまで……。あの生意気な新入りをのさばらしておくつもりなんですか!」
噂の新入りたちは、あっと言う間に皆に受け入れられてしまった。
だが、ジムはそれが気に入らない。
特に弟の方はクセだかなんだか知らないが、子供のくせに敬語で話すのである。
妙に余裕があるのもむかつく。
おまけにあいつはよりにもよって、ジムがちょっと可愛いな、と思っているミサの隣の席に座りがやったのだ。
指定したのは先生だが、羨まし……いや、生意気だ。
それなのにヒューゴもロイも、あの新入りをシメようとは思わないらしい。
それがジムにとっては不思議で不満で仕方がない。
こうしてあの二人の後をつけていって、適当なところでシメてやろうというジムの案に、二人は難色を示している。
確かに十歳相手に少し情けないかもしれないが、“ちつじょ”とやらを守るためだ。
それなのに……。
「なんでヒューゴさんもロイさんも、そんなにノンキなんですか!? 見失っちゃいますよ!」
露天で串焼を買おうとしていた二人の服を引っ張って止めようとするジム。
うんざりした顔でヒューゴとロイが振り返った。
「やるんなら一人でやれよ」
「そうそう。俺たちを巻き込まないでさ」
「お二人はあいつが生意気だと思わないんですか!」
必死に言いつのるジムの頭をぽんぽんと撫でて、ロイが言う。
「落ち着きなって。俺は生意気とは思わなかったよ。というか、そういう次元じゃない。ね、ヒューゴ」
話を振られたヒューゴも、深くうなづいてロイに同意する。
「あぁ、あれはヤバイ。こんなことを言うのもなんだが、勝てる気がしねぇよ」
ヒューゴは何も腕っ節だけでガキ大将をやっているわけではない。
今でこそ体も大きくなったが、小さな頃から自分より大きく強い子供と喧嘩してきたのだ。
それなりに頭を使うし、勘もいい。
その相棒であるロイにしても、家が酒場ということもあり、人を見る目がある。
ヒューゴはなんとなく、あの姉弟には手を出さない方がいい、と感じていたし、ロイは二人の言動から侮ってはいけない相手だということを察していた。
だが、ジムにはそれが分からない。
ジムにしてみれば、ジークは年下の生意気なガキなのである。
そんなガキをのさばらせているヒューゴもロイも、腑抜けにしか思えない。
「もういいです! 俺一人でもシメシつけてきますから!」
真っ赤な顔で走り出そうとしたジムを、ロイが羽交い締めして止める。
「落ち着けって言ってんだろ、ばか」
「あれはヤバイっつってんだろうが。人の話を聞け」
ヒューゴにデコピンされて目の端に涙を浮かべながらも、ジムはじたばたと暴れている。
「放して下さい! 見失っちゃいます!」
ちょうど、姉弟が手をつないで、人だかりの中へ走っていくところだった。
それを見て焦ったジムは、思いっきり飛び跳ね、ロイに頭突きを食らわす。
「痛ったぁ」
ロイが思わず緩めた手を振り切って、ジムは走り出した。
「待て! おい! ジム!」
ヒューゴの声が追ってくるのを背中で聞きながら、ジムは人だかりの中へと突っ込んでいった。