4.手痛い洗礼 6-3
教壇まで戻って来たジャニスは、教卓に両手をつき、葉月とジークの名を呼んだ。
「二人は読み書きと計算を最優先ってライナスには言われたけど、それよりもこの<ウクジェナ>という街のことを先に知ってもらった方がいいと思うのよね。あなたたちはどのくらいこの街のことを知ってる? 葉月。あ、座ったままでいいわ」
指名を受けた葉月は、今までに聞いた話を思い出しながら口を開いた。
「そう多くのことは知りません。<ゼルディア国>の都市であること。中央区と一から十までの番号付街、そしてこの新興地区……えぇと、たんこぶから成り立つこと。貿易で栄えていること。大雑把に言ってしまえば、そのくらいですね」
「うん。葉月の言ったことはだいたい合ってる。じゃあ、ジーク。この街はどちらの神様が造った街でしょう?」
指名されたジークは、目をまたたかせてその質問を繰り返した。
「どちらの神様がこの街を造ったか、ですか……?」
「そうよ。どちらか知らない? 葉月は?」
質問を振られた葉月も困ったように首を傾げた。
「えぇ、ちょっと分かりません」
二人が答えられないと知っても、ジャニスは落胆した素振りもなくうなづいた。
「まぁ、そんなに意識しないところだからね。<ゼルディア国>は主神がゼルダで、副神がエルフィムなわけだけど、<ウクジェナ>を造ったのはエルフィムの方ね」
ジャニスがさらっと言ったことの意味が理解出来ず、葉月は手をあげた。
「すみません。ちょっと意味がよく分からなかったんですけど、そういう伝説があるんですか?」
葉月の質問に、ジャニスが目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。
それどころか、ぺちゃくちゃとうるさかった教室内がシーンと静まり返っていた。
皆、信じられないといった表情で葉月のことを見つめていた。
何かまずい質問をしたことを悟り、葉月は冷や汗をかいた。
ジークもこの沈黙の意味がわからず、困った顔で葉月と周りを見回している。
ジャニスはおそるおそると言った様子で、口を開いた。
「ごめん、葉月。それ、本気で言ってるの?」
どうやら知っていないと馬鹿を通り越して、正気を疑われる類の常識らしい。
葉月はおっとりと笑って答えた。
「嫌だ。もちろん冗談ですよ」
途端に張りつめていた空気が一斉に弛んだ。
ジャニスは、はぁっと深いため息をつく。
「そうよね。国や街は神様が造るものだって、どんな小さな子だって知ってるわよね。ちょっと葉月、教師をからかうもんじゃないわよ」
「すみません、先生」
申し訳なさそうに謝りながら、葉月はこの世界の常識の一つを頭に叩き込む。
まさかこの常識がこの世界の闇を構成するものの一つだとは、この時の葉月とジークは、露ほども気付かなかった。