4.手痛い洗礼 6-2
ジャニスはそんな生徒たちと新たな生徒となった二人を見て、軽く眉を上げた。
確かに子供というのは、大人たちが思うほど愚かではない。
ただ、それを整理して折り合いをつける方法と表現する方法が未熟なだけだ。
しかし今のこの二人の挨拶はどうだろう。
こましゃくれた子というには、そつのない挨拶だった。
大人びた子というよりは、まるっきり大人のような……。
(まぁ、<テーラン>に入れるような子たちだし、普通じゃないか。あそこに入るヤツで普通のヤツなんかいないものねぇ)
ジャニスは妙な納得の仕方をして、思考を保留した。
二十一人になった生徒たちの相手をしなくてはならないからだ。
「ヒューゴ、ルーシー。ちょっと立ってくれる?」
名前を呼ばれた男女二人の生徒が立ち上がる。
男子生徒はがたがたっと、女子生徒はすくっと立ち上がり、それがそれぞれの性格を表しているようだった。
「葉月、ジーク。男の子の方がヒューゴ、女の子の方がルーシーよ。この二人がウチの子たちのまとめ役なの。何かあったら二人に相談するといいわ」
そこでジャニスは一旦言葉を切り、ヒューゴたちの方を向いて続けた。
「あなたたち、面倒みてあげてね。……ヒューゴ」
「あんだよ」
名指しされたヒューゴが不機嫌そうに眉をひそめる。
ジャニスは腰に手をあてて、ぴしゃっと言い放った。
「示しつけたいのは分かるけど、もめごとは教室外で解決してちょうだいよ。教室内に持ち込んだら叩きだすからね」
「うっせぇ! それが教師のせりふかよ!」
「目上を敬えないガキが何を言うんだか。それに教師は副業でやってるんだからいいのよ」
「自分だって敬われるような人格者じゃねぇくせに。副業だろうがなんだろうが教師やってんのには違いねぇだろ」
教師と生徒がいきなり軽口を叩き合い出した状況に、葉月とジークは目を丸くした。
険悪な雰囲気はないので本当に“軽口”なのだろうが、いきなりだと驚く。
他の生徒たちが『またか』という目で二人のやりとりを見ているところを見ると、どうやらこの光景は日常茶飯事のようだ。
ルーシーは呆れたように額に手をやり、口を開いた。
「先生、二人が困ってます。いつまでも立たせておくのは可哀想です。私も含めて」
生徒にぴしゃりと怒られて、ジャニスがぴたっと止まる。
そして、どうでもよさそうな顔をして、ひらひらと手を振った。
「あー、それもそうね。あなたたち座っていいわ。葉月はそっち、ジークはそこね」
教室には二人掛けの机と椅子が四台ずつ三列、合計十二台並んでいる。
窓際の一番後ろの机は誰も座っていない。
あと空いているのは、廊下側の三番目に一席と真ん中の二番目に一席だ。
ジャニスが指さしたのは、葉月が廊下側で真ん中がジークである。
人数からするともう一席空きがあると思われるが、窓側の三番目の机は一人の男子生徒が占領していた。
縦にも横にも大きい彼と一緒に座るには、針金のように細くないと無理だろう。
ジャニスは二人が席に着くのを待って、紙束を配り出した。
「新入りたち以外の今日の課題を配るわよ。こらっ、そこ、ぶーたれない。課題増やすよ」
じゃかじゃか一人ずつに課題を渡しながら、ジャニスが机を巡っていく。
どうやら個人個人違う課題のようだ。
二十人ちょっととはいえ、年も進度も違う生徒たちに合わせて課題を作成するのは面倒だろう。
口で言うほど、彼女は教師に向いていないわけではないらしい。
だが大量の課題を出される生徒の方は、その熱心さにうんざりしているようだ。
葉月の隣に座るラナも、渡された課題にため息をついている。
葉月が「いい先生みたいね」と言うと、「えぇっ」と小声ではあるが驚いた声をあげた。
「えー、どうして? 葉月もあの先生の態度は見てたでしょ? そりゃあ悪い先生とまでは言わないけど」
眉間にしわを寄せて小声で抗議するラナに、葉月は少し困ったように笑って答える。
「だって、生徒一人一人に課題を作ってるんでしょう? それに変に偉ぶってもないし、私たちに変に気を遣わないしね。いい先生だと思うよ」
「えぇー」
納得出来ない様子のラナが抗議の声をあげると、その頭をジャニスが丸めた冊子でぽかりと叩いた。
「うるさい。課題に対するおしゃべりならいいけど、教師批判は本人がいないトコでやって」
ぷくぅっとほっぺたをふくらませるラナに、葉月が「ごめんね」と謝った。
「私が話しかけたせいで叱られちゃって」
「むぅ。そうさっさと謝られちゃうと怒れないじゃん」
「うん、ごめんね。許して」
笑顔で謝る葉月に、ラナはぷっと吹き出して小さく笑った。
「うん。いいよ。許してあげる。葉月って面白いね」
「許してくれてありがとう。でも面白いって言われるとちょっと複雑かな」
葉月が苦笑いを浮かべる。
面白くないと敬遠されたり嫌われたりするよりはいいが、“面白い人”というレッテルを貼られるとなると、少し複雑な気分だ。
相手は意識の上では一回り以上年下の女の子なのだ。
中身だけとはいえ、大人としてどうだろうという話になる。
だが、それを知っているのは自分とジークのみなので、まぁ、いいか、と葉月は納得することにした。