4.手痛い洗礼 5-2
建物の中は短い廊下に、二つの扉があった。
賑やかな声が聞こえてくるのは手前の扉がある方で、扉の位置から考えるに奥の部屋よりも広く、建物面積の三分の二を占めているようだ。
ライナスは手前の扉を通り過ぎ、奥の扉をノックする。
普通の強さで扉を叩いたのだが、隣の音にかき消されてしまった。
ライナスは軽くため息をついて、もう一度今度は強めにノックする。
「ジャニス、坊と嬢を連れて来たぞ!」
すると、扉が内側に開き、ひょいと赤茶の髪がのぞいた。
「あぁ、遅かったじゃない。待ってたのよ」
部屋から出てきた女性は小柄ではあるが、歳は二十代半ばだろう。
愛嬌のある顔にはそばかすが浮いており、丸眼鏡をかけていた。
一目見たら、ちょっと忘れそうにない存在感がある。
ジャニスは葉月とジークの顔を順に見て、にっこりと笑った。
「初めまして。私はジャニス。ここの教師をしてるの。本当はもう一人教師がいるんだけど、今日は午後からの予定なのよ」
「初めまして、葉月と申します。よろしくお願い致します」
「初めまして、ジークです。よろしくお願いします」
二人も笑顔で挨拶を済ます。
「えぇ。よろしくね」
ひとしきりの挨拶が済むと、その光景を満足げな顔で見ていたライナスが口を開いた。
「坊、嬢、俺はもう帰るが、帰りは二人で帰れるよな?」
ライナスの言葉に二人がうなづくと、
「ジャニス、二人を頼むぞ」
「はいはい。頼まれたわ」
「お前ら、ちゃんと勉強しろよ」
と言ってジークと葉月の肩を叩いて、ライナスは帰って行った。
「さて」
と、ライナスを見送ったジャニスが振り返る。
「じゃあ、教室に入りましょうか。さっきから皆あなたたちが来るのを待ってたのよ。うるさいでしょ? 皆、興味津々だから何かとわずらわしいかも知れないけど、上手く相手をしてやってちょうだい」
そう言って、ジャニスがさっさと教室に入って行く。
経歴が曖昧な二人にとって、突っ込んだことを聞かれると何かとまずい。
一応、辻褄を合せるために大雑把なところは打ち合わせてあるが、あとはそれぞれの機転とはぐらかす力に頼る他なかった。
葉月もジークも、それなりに経験を積んでいるので、そう悲観はしていなかったが油断も出来ない。
相手が子供だと思って油断していると痛い目に合うことは、よく分かっていた。
葉月がちらりとジークの方を見ると、ジークも葉月の方を見ていた。
その顔にはこれからへの期待と葉月を気遣う色が浮かんでいた。
そんなジークに葉月はおっとりと笑って見せて言う。
「さて、頑張りますか」
「はい」
二人はお互いの拳を軽く合わせて、ジャニスの後について教室へと入って行った。