4.手痛い洗礼 1-2
カーサとブノワが頃合いだと思ったのは、葉月が仕事に慣れ、ジークが不自由なく動き回れるようになった頃だった。
母屋の広間に団員たちが集められた。
カーサが葉月がブノワの隠し子であり、ジークは葉月の異父弟であることが分かったと発表すると、数人の者たちは訝しんだが大体の者は「なるほど」とうなづいた。
いかにもありそうな話だったからだ。
葉月たちが葉月の実の父を捜していると知っていた者たちは、葉月たちには祝福の、副長に対してはからかいの言葉を投げかけ、はやし立てた。
団員以外の屋敷で働く者たちも、口ぐちに「良かったね」と笑顔でうなづき合った。
しかし、二人を<テーラン>に見習いとして入れるという話になると、空気は一変した。
それはいくらなんでも、と大半の者は戸惑いの表情を浮かべている。
ある程度は予想していたものの、祝福してもらった後なので余計に突きささる視線が痛い。
葉月はちらりと隣に立つジークの方を見ると、困ったような顔をしたジークと目が合った。
これは予想以上にたいへんなことのようだ。
全体に困惑が広がる中、親分と副長だけが今後の反発を予想し、愉快そうな笑みを浮かべていた。
「やっぱりね。口実は口実でしかないってことか」
葉月がうっすら笑いながらつぶやいた。
ここはジークの部屋だ。
元々医務室に近い部屋ということで母屋に部屋があったジークとは違い、葉月は下働き仲間と北の離れの大部屋で寝起きしていた。
葉月がブノワの隠し子だったと発表されたことにより、葉月も母屋に部屋を与えられたのだが幹部たちの部屋に近く、こういった話をするには落ち着かないのでジークの部屋を使っているのだ。
ちなみにジークの怪我が完治していないことや、葉月の弟とはいえジークの父はブノワとは違うということで、葉月のように幹部の部屋の近くに部屋を与えられることはなく、医務室の近くの部屋のままだ。
この部屋には椅子が一つしかないため、椅子は葉月に譲り、ジークは寝台に腰かけて幼い顔に似合わない眉間のしわを刻んでいた。
「居場所は自力で作れ、ということですね」
「でしょうね。それにしてもある程度の反発は予想していたとはいえ、思っていたよりも受け入れられないみたいね。下働き中に結構愛想を振りまいておいたんだけど」
ブノワの娘だったと発表された時の団員たちの様子から、葉月の愛想振りまき作戦は成功していたと考えても良いだろう。
ただ葉月たちが思っていた以上に、戦列の<テーラン>という組織に入るということは大変なことらしい。
葉月が買い出し等で外に出た時の街の人々の反応をみるに、<テーラン>は忌避と羨望の両方の目で見られているようだ。
<ウクジェナ>という街は役所が集まる中央区とその周りを囲む一番街から十番街までに分けられているのだが、人口が増えたことによりつけたされた新興地区にはまだ番号が振られていない。
正式な街とは認められていないのだ。
そこを根城というか縄張りにしているのが<テーラン>で、自警集団と名乗ってはいるが実態はヤクザに近い。
縄張り内でもめ事があれば仲裁するが、みかじめ料をとる。
用心棒の斡旋もするし、公の警備隊がやらないようなことを市長から依頼されてこなすこともあるようだ。
新興地区は新しいだけあって店も多く活気がある。
活気があるということは、それだけもめ事も多いということだ。
ヤクザに近いとはいえ、それほど無体な金額を絞りとるわけでもなく、また新興地区では警備隊の取り締まりを期待出来ないこともあって、それなりに頼りにされている。
<テーラン>がしっかりと縄張りにしているから、他のあくどい組織が入って来られない、という見方もあるくらいだ。
そう見られていることを<テーラン>の団員たちも知っているが、そこで調子に乗って威張ることをカーサもブノワも許さなかった。
逆に誇りを持って、堅気に手を出すようなことはするなと徹底した。
みかじめ料を取られるのは癪だし、胡散臭い連中であるが、強くてかっこいいという評価も否定出来ない。
<テーラン>に入りたいと思う連中も多いが、そうほいほいと入れるものでもなく、<テーラン>の団員は憧れの対象なのだ。
その<テーラン>に副長の隠し子だかなんだか知らないが女子供が入るということは、彼らからすると許容出来ないことになる。
<テーラン>に入る者は“いっぱしの男”でなくてはならない、という不文律があるのだ。
葉月としては、親分が女性であるのに、と思わなくもないが、どうやら<ウクジェナ>の人々はカーサのことを女性として区分していないらしい。
女性であることは認識しているのだろうが、女性扱いされていない。
緩く波打つ黒髪は無造作に束ねられており、化粧っ気はないが、胸だって普通にある。
外見的特徴から言えば、長身ではあるがどこからどう見ても女性だ。
だがその女とは思えない膂力から繰り広げられる豪剣と、口調や雰囲気が男前なので、憧れの“兄貴”のように思われているのだった。
ともかく、葉月とジークが<テーラン>の一員として認められるには、並みではない力を示すしかない。
「俺は親分さんの下に着くことになりました。使いっぱしりからですが、なんとかやってみます」
「私は副長……お父様の所で雑用だって。こき使われてくるよ。お互い頑張ろう」
「はい」
葉月とジークはそれぞれの思いを胸に、<テーラン>で生き抜くことを誓い合った。
平穏と安穏に背を向けて、混沌と激動の渦へと自ら踏み出す。
この世界の歪みを、二人はまだ知らない。