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混沌なき箱庭  作者: 天原ちづる
第3章 獅子と狼
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3.獅子と狼 4-2

 そんなブノワを放っておいて、女二人のやりとりは進む。

「お前の話はどうせ作り話だろ。いいじゃねぇか。証拠? あー、ブローチとか指輪とか何か持ってねぇのか?」

「えーと、ありますね。換金用の装飾品がいくつか」

懐の中身を思い出すと、この世界の通貨だろうと思われる銀貨や銅貨が入った小袋の他に、いくつかの小さな装飾品が入った袋があった。

その通貨が使えない場所で換金出来るように持たせてくれたのだろう、とはジークの談だ。

葉月は懐からその袋を取り出し、中身を膝に開けた。

ころころと出てきたいくつかの装飾品の中から、葉月はカメオのブローチをつまみ上げる。

瑪瑙めのうに草花を組み合わせた意匠を彫ったもので、いかにも若い男が恋人に贈りそうな可愛らしいブローチだ。

「これなんかどうでしょう? 豪奢ではなく、石の質もそこそこですから、若い男性にも贈れそうな品だと思いますが」

「いいんじゃねぇか。いかにも女ったらしが贈りそうな品だ」

葉月とカーサは微妙に異なる評価をそのブローチに与えたが、結論は同じだ。

これが葉月の母の形見ということになる。

ジークと葉月の強さやしたたかさが欲しいという思惑に、副長の隠し子という口実を与えるものだ。

実の母のことを思い出すと、自分の方が先立つ親不孝をしたのに“母の形見”とは不謹慎ではあるが、葉月は背に腹は変られないと思い直す。

何かぶつぶつとつぶやいているブノワをちらりと見て、葉月は小首を傾げた。

「証拠はこれでいいとして、やっぱり副長さんのことは“お父様”とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

“お父様”など、実の父相手にも呼んだことはないが、逆に使ったことがない呼称の方が気が楽だ。

それになんとなくではあるが、ブノワをもし“父”と呼ぶなら“お父様”という呼称が合っているような気がする。

“父ちゃん”では絶対にないし、“お父さん”も違和感がある。“親父様”と呼ぶにはブノワは艶っぽ過ぎ、また“親分”のように聞こえるので却下だ。

消去法ではあるが、“お父様”という呼称は艶っぽくてかっこいいブノワにぴったりではなかろうか。

葉月は乗りかけた船ということであっさりと口にしたのだが、呼ばれた本人はというと一瞬驚いたような顔をして、苦笑を浮かべた。

「そうか、君が娘になるということはそう呼ばれるってことか。なんだか一気に歳をとったような気がするな」

ブノワの言葉に、カーサが笑った。

「実際、子供の一人や二人どころか五人六人いてもおかしくない歳だろ」

「お前もたいして変わらんだろうが」

カーサの揶揄やゆに、ブノワがやり返す。

そのやりとりに苦笑しつつ、葉月が問いかけた。

「そう呼ばれるのはお嫌ですか?」

ブノワはちょっと考えてから、首を横に振った。

「嫌、ではないな。不思議なことに。そう呼ばれることなどないと思っていたが……案外良いものかも知れない。方便だとは分かっていても、な」

少し照れたような苦笑いを浮かべるブノワ。

カーサはやっと決まったというように、肩をすくめている。

葉月はおっとりと笑って、頭を下げた。

「親分さん、お父様。これからお世話になります。よろしくお願い致します」


他にもいくつかのことを決めてから、二人は部屋を出て行った。

葉月は扉が閉まるのを見届け、先ほどのやりとりも知らずに眠り続けるジークに目を向けた。

相談もなく勝手に決めてしまったが、この話を聞いてジークはどう感じるだろうか。

勝手だと怒るか、軽率だとなじるか……。

彼が目を覚ましたら、まずは謝らなければならないだろう。

ジークは相談出来るような状態ではなかったが、これからのことを考えれば身の振り方は早急に決めてしまわねばならなかった。

葉月はこれが最善の道だと考えた。

運命などという言葉を葉月は信じていなかったが、この世界に落とされて考え方が変わった。

何せ、実際に神という存在があるのだ。

運命がないとは限らない。

あの街道での出会いは、血と死臭にまみれたものではあるが、きっと運命だったのだろう。

カーサがあのタイミングで出てこなければ、葉月もジークも死んでいたはずだ。

エルフィムは具体的にどうしろとは言わなかった。

ならば流されてみるのも手だろう。

この世界について何も知らない自分たちには、庇護者が必要だ。

いくら中身が大人だとはいえ、それだけで生きられるほど人生は甘くない。

まずはこの世界のことを知り、この世界で生きていく為の知恵を身につけなくてはならない。

「だからジーク。早く元気になって」

葉月は汗で湿ったジークの髪をなでて、その快癒かいゆを願った。

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