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混沌なき箱庭  作者: 天原ちづる
第3章 獅子と狼
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3.獅子と狼 3-1

 「何から話して良いのか分かりませんので、とりあえず皆様が思ってらっしゃるだろうことの事実からお話します。お察しの通り、私とジークに血の繋がりはありません。私の母とジークの養父が再婚したので、私たちは姉弟となりました」

エルフィムの作り話を採用するのはどうかと思っていたが、こうなってしまってはベタだろうがなんだろが関係はない。

既に普通の子供としては見られていないのだから、多少怪しくても構わない。

自分たちを信じてもらうのに、話自体を信じてもらう必要はないのだ。

矛盾しているようだが、いかに得難い人物であるかを知らしめれば良い。

「母は夫を早くに亡くしましたが、幸いにも商才があり、私を含め四人の子を立派に育ててくれました。そんな母から再婚したい相手がいると聞かされた時は驚きましたが、母が決めた人なら良い人だろうと思いました。それがジークの養父だったのです。新しい家族に最初は戸惑いましたが、やがて本当の家族としてうちとけることが出来ました。しかし、その幸せも長くは続きませんでした……」

そっと目を伏せ、一呼吸置く。

「外出先で落石事故に巻き込まれたのです。助かったのは風邪を引いて家で寝ていた私と私に風邪をうつされたジークだけでした。そして、母と跡取りと目されていた兄も亡くなったことにより叔父が欲を出しまして、私たちは家を追い出されてしまったのです」

多少改変したが、おおよそはエルフィムの講談と同じだ。

これで信じてもらおうとは思わない。

重要なのは、自分の価値を示すこと。

葉月は神妙な面持ちで伏せていた顔を上げ、にっこりと笑う。

「……と、いうことにしておいて頂けますか?」

あまりの落差に、カーサとブノワがぽかんとした顔をしている。

葉月はしてやったりと思いながら、笑みを深くする。

カーサがくっくっくと笑いながら、前髪をかき上げた。

次の瞬間、葉月の喉元に剣の切っ先が突き付けられる。

いつ剣を抜いたのか、どう動いたのか見えなかった。

葉月が気づいた時には、既にこの体勢だった。

カーサは嗜虐しぎゃく的な笑みを浮かべながら、葉月を見下ろしている。

あと少し、その腕に力を込めれば葉月の喉から血が噴き出すだろう。

「再婚、落石うんぬんはともかく、叔父に家を追い出された? お前たちが? そんな可愛いタマじゃねぇだろ?」

切っ先がくいっと喉に当てられる。

それでも葉月は笑みを浮かべ、視線を揺らすこともなかった。

手の平はじっとりしているし、背中からなど滝のように汗が流れ出ている。

しかし、見えるところの反応は気合で押しとどめた。

試されている。

ここで揺らぐわけにはいかない。

その意思の力で、口から出た言葉は平静そのものだった。

「私たちは世間知らずで非力な子供ですよ? 悪辣な大人に対抗出来るわけないじゃありませんか」

口を開いたと同時に切っ先が緩められたので、葉月はちょっと困ったような顔を浮かべて首をかしげてみせた。

もちろん、剣を突き付けられて平然としている世間知らずで非力な子供などいない。

葉月は自分の価値が弁舌と度胸にあると思っている。

ジークは既にその強さでもって、価値を示している。

今は葉月の番だ。

果たして、<テーラン>に厄介になることが良いことかどうか、それは分からない。

ジークを安静にさせられる場所は欲しいが、回復後には更に危険になる可能性がある。

いや、どちらかといえば、危険の方が大きいだろう。

だが、葉月には分かっていた。

ここで<テーラン>から抜け出しても、ジークも自分も、平穏な生活など出来ないことを。

それは己の性分と能力と外見年齢がそうさせるだろうし、自分たちがこの世界に落とされた経緯を考えれば、そのような生活は望んでも得られないだろう。

ならば<テーラン>の方がジークの強さを活かせるし、葉月は組織の中で力を発揮する。

だが、ただ属すれば良いというものではない。

子供であるという一点だけで、どれだけ行動が制限され信用されないかはよく知っていた。

<テーラン>で上手く生き残るには、親分であるカーサと副長であるブノワに気に入られた方が有利だ。

カーサはどうやらジークを気に入ったようだ。

ただ、葉月のことはジークのおまけのように見られている。

それでは面白くない。

葉月には葉月の価値がある。

ジークの影に隠れて、守られるだけの存在になどなりたくない。

人を殺すことにまだ抵抗があるし、化け物染みた強さも際立った美貌もないが、あちらの世界の海千山千のじじい共に揉まれてきた経験がある。

無力を嘆くだけの小娘ではないのだ。

「今は世間知らずで無力な子供ですが、きっとお役に立ってみせますよ」

葉月はおっとりとした笑みを浮かべ、じっとカーサの目を見つめた。

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