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混沌なき箱庭  作者: 天原ちづる
第2章 街道での出会い
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2.街道での出会い 3

 葉月が獣と見間違えた女性は、血の滴る長剣を手に不遜な笑みを浮かべていた。

ぐるりと周りを見回すと、用心棒たちに向かって陽気な声をかける。

「おう、キーファン、ロレン。生きてっか?」

「「親分!」」

用心棒たちの顔に喜色が浮かぶ。

親分と呼ばれた女性は、にやっと笑いながら言い放つ。

「お前ら、ひでぇ姿だな。もともと男前とは言い難い面だってのに」

「ひでぇのは親分の方じゃねぇですか。こちとら命張って仕事してるっつうのに、ねぎらいの一言もねぇんですかい?」

「そうですよ、親分。あにぃの言う通りだ」

満身創痍でさきほどまで死闘をくりひろげていた用心棒たちが、ぶぅぶぅと文句の声をあげる。

この場に相応しくない軽口の応酬をしながら、女性は手をひらひらさせる。

「わりぃわりぃ。ご苦労さん。あとは俺にまかせとけ」

そう言うや否や、女性が盗賊の頭目がけて走り出す。呑気なやりとりにぽかんと呆けていた盗賊の頭だったが、自分の方へ女性が走ってくるのを見て、慌てて剣を構える。

女性は大雑把に見える動きで、剣を振るう。

盗賊の頭はそれを剣で受けようとして、弾き飛ばされた。

驚愕に見開かれる瞳。

長身とはいえ、女に出せる力ではなかった。

その事実と、長身で浅黒い肌の女性という点、用心棒が女性を「親分」と呼んでいたことから、盗賊の頭は遅まきながら女性の正体に思い当たる。

「てめぇ、<テーラン>の」

しかし、盗賊の頭はその言葉を最後まで言うことは出来なかった。

女性の剣が、皮鎧におおわれていない首を斬り裂いた。

血しぶきをあげながら倒れる盗賊の頭の体。

それを見て、盗賊の手下たちが悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らしたように逃げ出す。

が、それを阻むように、森からわらわらと男たちが飛び出してきた。

先頭を切って飛び出してきた若い男が、「親分!」と叫びながら女性のもとに駆け寄る。

「勝手に先に行かんで下さい!」

「わりぃわりぃ。でも頭は倒しておいたぞ」

「そういう問題じゃありません!」

「そう固いこと言うな、ヴィリー。ブノワだって俺の好きにやっていいと言うぞ?」

「ここに副長がいるのなら俺だって文句は言いません! 副長なら親分の勝手さに臨機応変に対処出来ますからね! しかし自分で言うのもなんですが、俺はそこまで融通が利かないんです! 自重して下さい!」

若い男が女性にぎゃんぎゃん言い立てている間に、他の男たちが盗賊たちを倒していく。

中には素直に降伏してきた盗賊もおり、後ろ手に縄をかけられている。

若い男は器用なことに、女性に文句を言いながらも、時折男たちに正確な指示を与えていた。

二十歳前後にしか見えない若者だが、どうやら女性の側近のようだ。

十近くも年上の男たちも、若者の指示に素直に従っている。

あらかたの盗賊たちが倒され、捕らえられ、二人の用心棒たちも傷の手当てを受けていた。


葉月とジークのもとにも、やや猫背気味の三十前後の男が寄って来た。

葉月の前に立ち警戒を解かないジークに、男が苦笑する。

「そんなに警戒しないでくれよ。傷の手当てをしようってだけだ」

ぴりぴりしているジークの肩に手を置き、やや固い顔で葉月が尋ねる。

「申し訳ありませんが、あなた方はどちら様ですか?」

「ん? あぁ。<ウクジェナ>の男前軍団、<テーラン>と言えば分かるかい?」

男はそれでさも通じるだろうというように胸を張ったが、生憎その名は葉月にもジークにも通じなかった。

葉月は少し困ったように首をかしげる。

「申し訳ありません。私たちは<ウクジェナ>の人間ではないので……」

「あー、そっか。じゃあ分かんねぇかな。俺らは、まぁ、簡単に言やぁ自警団みたいなモンかね。用心棒の派遣もやったりするし、もめごとも収めたりする。こうして盗賊どもふん縛ったりもな」

「そうですか。今回はあの商人さんのご依頼ですか?」

葉月はちらりと、御者台でぐったりしている商人を見やる。

男も同じように商人に視線を向けてから、首を横に振った。

「あの商人の依頼は仕入れの護衛として二人雇っただけさ。<ウクジェナ>には十一、公の警備隊があるんだが、広い都市なもんでね。外までには手が回らんのさ。それで我々が市長の依頼を受けて、外の盗賊退治なんかをやったりするんだ」

男はそこで一旦言葉を切って、葉月たちににっこりと笑いかけた。

「納得したかい? 納得したら傷口を見せてくんな。きちんと傷口を洗わんと腐るぞ?」

葉月はちらりとジークの顔を見る。

ジークは先ほどよりは警戒を薄めているようだった。

どうする? とは尋ねなかった。

傷の手当ては早い方がよい。

ジークもそれを分かっているので、小さくうなづく。

葉月はおっとりと笑って見せ、頭を下げた。

「では、お願いします」

「おう。じゃあ……」

「俺は後でいいので、ねえさんからお願いします」

今まで黙っていたジークが口を開いた。

口調ははっきりしていたが、顔色は良くない。

血が足りていないのだ。

葉月がそんなジークを見て、「いいえ」と首を横に振る。

「ジークからお願いします。明らかに弟の方が重傷です」

「俺は怪我には慣れています。ねえさんを先に」

「青い顔して何言ってるの。ジークが先です」

お互いが先だと言い争いを始めた姉弟に、男がはぁとため息をつく。

「分かった分かった。二人いっぺんに手当てする。それで文句はねぇな?」

そう言って二人を木陰に敷いた布まで連れて行き、座らせた。

近くにいた小男を呼び、傷の手当てを手伝うように言う。

男は「失礼」と言って、葉月の左腕の袖をざくざくと大鋏おおばさみで切り開いた。

隣で小男が同じようにジークの右脚の裾を切り開いている。

傷を露わにすると、水袋の栓を抜きながら、

「よく洗わんと腐るからな」

と言って、たっぷりの水でじゃぶじゃぶと傷口を洗う。

傷口を見た男は、ほっとしたように笑った。

「お嬢ちゃん、良かったな。傷は浅いぞ。これなら縫う必要はねぇな」

男はそう言って、大きい葉を水洗いし、そのまま傷に巻きつけた。

大きい葉を止めるために包帯を巻いて、小さな袋から丸薬のようなもの取り出して葉月に手渡す。

「痛み止めと造血効果がある薬だ。飲んでおきな」

「はい。ありがとうございます」

小さな椀に入った水も渡されて、丸薬を口に入れ水を含んだ。

途端に口の中に苦みと青臭さが広がる。

思わず吐き出したくなるのを堪えて飲み込む。

痛み止めというが、成分よりも苦みで痛みが飛びそうだ。

ものすごく濃く煮詰めた緑茶のような……。

涙目になりながら、隣をみる。

ジークの方は、まだ手当てが終わっていなかった。

葉月と違ってジークの傷は深いらしく、絹糸で傷口を縫合している。

小男は手慣れているようでさくさくと縫っているが、麻酔もなく縫われるジークは渡された布を噛みしめて堪えていた。

葉月は終わるまで見守るしかない。

と同時に、この世界の文明について考えを巡らせていた。

自分の傷は水洗いしただけで、消毒していなかった。

葉月は元の世界の職業柄、治療方法にはちょっと詳しい。

これはいわゆる、うるおい療法に近い。

実は消毒しない方が怪我の治りが早いというあれだ。

しかし、幌馬車や武器を見るに、科学的な根拠からではなく、経験則からと考える方が妥当だろうか。

科学は何でも測れる万能のものさしではないことは分かっているが、どうにもその考え方から逃れられない。


あれこれ考えている内に、ジークの手当ても終わっていた。

葉月と同じように丸薬を飲み込む顔は苦しげだ。

しかしその額に浮かんでいる脂汗は、苦みのせいだけではないだろう。

呼吸も荒い。

戦闘で高ぶっていた気持ちが収まってきたので、痛めつけられた体が悲鳴を上げて主張し出したのだ。

葉月が横たわったジークの額の汗を拭いていると、手当てを受ける用心棒二人に声をかけ、商人と話していた親分と呼ばれた女性が、ヴィリーという若者と一緒にこちらへやってくるのが見えた。

女性は近くまで寄ると、猫背気味の男に話しかけた。

「この二人の怪我はどの程度だ?」

「お嬢ちゃんの方は浅いが、ボウズの方は結構深ぇみたいですぜ。しばらくは安静にしてなきゃなんねぇでしょうな」

猫背気味の男の言葉に、女性はふぅんと相槌を打つ。

近くで見ると、やはり女性は背が高かった。

筋肉質な身体は溌剌はつらつとしていたが、歳は三十前後だろう。

いわゆる美人ではないが、不思議な魅力がある。

女性はにやっと笑うとしゃがみこんで、葉月の目線に合わせた。

「俺はカーサという。お前らは?」

体を起こそうとしたジークを押しとどめながら、葉月が答えた。

「葉月と申します。こちらは弟のジークです」

「葉月にジーク、ね。お前ら、何でこんなところに居たんだ?」

「諸事情で故郷を追われまして……旅をしている途中でした」

「へぇ。諸事情ね。<ウクジェナ>には伝手でもあんのか?」

「いえ、行く宛はありません」

尋問のようだ、と思いながら葉月はちょっと困ったような笑みを浮かべた。

もちろん意図的に、だ。

実は思ったような表情を作るのは、今の葉月には結構しんどいのだが、鎧のようなものだ。

ジークの手が気遣うように葉月の膝にのばされる。

葉月は安心させるように、その手をぎゅっと握って微笑んだ。

それはどこからどう見ても、お互いに支え合って生きる姉弟の姿だった。

まさかこの二人が十日ほど前に出会ったばかりとは思えない。

その様子を見て、カーサが「ふぅん」とうなづいた。

「じゃあ、ウチに来るか?」

「はい?」

「親分!?」

カーサの言葉に葉月が目を丸くし、ヴィリーが「何を言っているんですか!?」と非難の声を上げる。

しかしカーサは意に介さず、まるで良いことを思いついたとでもいうように、笑って言ったのだった。

「行く宛がないんならウチに来ればいい。泣く子も黙り笑っている子も泣き出す、天下無敵の自警集団、戦列の<テーラン>にな」

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