第6話 不器用な彼女
アテナが勝負に勝ったら、バイオレットが俺に稽古をつけてくれる。その約束は果たされた。バイオレットは自宅に帰るのは大体、十八時頃。食事を取った後、十九時から二十二時の三時間、俺はスパルタ教育でみっちりとしごかれた。
最初、実力を測る為に実戦を行ったが、十秒と持たず、俺は倒されることになる。
「全く話しにならないな」
バイオレットは俺を見下ろし、開口一番にそう言い放った。まあ、かたや隊長クラスなのに対し、俺はレベル1。バイオレットにとって俺は赤子も同然だ。しかし、バイオレットは俺のことを見捨てず、俺専用の訓練スケジュールを作ってくれた。
「今のままじゃ、話しにならんからな。私がいない間、訓練はサボるんじゃないぞ」
用紙を渡す時、バイオレットは咳払い一つして、照れ臭そうにしていた。この世界では当然、パソコンやコピー機などはない。バイオレットは手書きで書いた、30ページはある訓練スケジュールを作ってくれたのだ。
そこには、素振り100回×3セット。ランニング10キロなど、やることが記されていた。他にも『凪は刀を振る時、一打目が大振りになることが多く、いつもワンパターンだ。フェイントを入れたり、バリエーションを増やした方がいい』といったアドバイスもいくつか書かれていた。
結果、経験値777倍の能力も活きてきたようで、バイオレットと訓練を始め、一週間の月日が流れる頃には、バイオレットと対等まではいかないものの、三分間の実戦でなんとか倒れずに立っていられるようまでには成長した。
平日は夜の稽古となる為、近くにある道場を借りて訓練していたが、普段一人で訓練する時は一目がない場所を使用していた。
「私は訓練に付き合わないわよ。忙しいのだから」
そう言って、アテナが俺の訓練に付き合ってくれることはなかった。忙しいって一体、なにをしているんだろうかと疑問に思ったが、その理由はすぐに発覚する。
「サラさん。今日は大物が釣れたわよ」
「サラさん。大物の猪を狩ってきたわ」
そう、なんてことはない。アテナは一人気ままに釣りをしたり、狩りをしていたのだ。魚はまだしも、いきなり100キロを超える猪を担いで来た時はドン引きしたが。
しかし、サラさんは困るどころか「まあ、美味しそうね! どう料理しようかしら」と目を輝かせていた。ただ、さすがに六人では食べきれないので、近所の人達を三十人近く招き、自由に使用出来る町内会のような平地でバーベキューを開くことになる。
そこでは100キロ以上ある猪を一人で狩った者として、近所の人達からアテナは一目置かれ、本人も満更でもない顔をしていた。
その食事会で俺とアテナは、シャーロットの命の恩人であり、冒険者である事を近所の人達に紹介してくれた。
近所の人達は俺達を不審がることはなく、すぐに受け入れてくれ、会って一時間も立たない内に俺達は近所の人達と肩を組み、酒を飲む形となる。きっと、俺達がすぐに周りに受け入れられのは、ジョンさん率いる一家が皆に愛されているからだろう。
ジョンさんは一見、強面に見えるが、非常に面倒見がいい。仕事仲間と思われる若者に「ジョンさん、聞いてくださいよぉ」と、甘えられ、ジョンさんも困った奴だと微笑みながらも、愚痴を黙って聞いてあげている。その一方、50過ぎのおじさんには「ジョン。お前には期待してるからな」と、肩を叩かれたりしていた。
サラさんも愛嬌がいい為、老若男女関わらずに好かれていたし、シャーロットも明るいので、同じ歳の子達が集まって来ている。
ただ、その一方でバイオレットの周りにはあまり人が寄って来ていないのが気になった。
「なんだ、バイオレット。お前、まさかボッチなのか?」
「なっ、馬鹿者! 私がボッチなわけないだろ」
隣りに並んで座ると、バイオレットは露骨に顔を赤らめる。どうやら図星のようだ。
「私は騎士だからな。周りに怖がられているのかもしれない」
「そんなものか?」
そんなの全然、関係ないと思うが。まあ、可哀相だからスルーしておこう。
バイオレットの周りに人が集まらない理由。それは早い段階で気付いた。
実際にバイオレットの周りに全く人が来なかったわけじゃない。近所の人達には「バイオレットちゃん、女の子なのに騎士になって大変だね」とか「バイオレットちゃん、可愛いんだから、もっと着飾ったらいいのに」と声をかけてくれる人もいた。
それは全然、悪気などない一言。なのにバイオレットはひねくれた捉え方をして、
「女が騎士になって何故、大変なのだ?」
「私が可愛いわけがない。からかうのは辞めて欲しい」
と、空気の読めない返答をしていた。それを横で見ていた俺は、そういうことね、と状況を理解した。
バイオレットは時折、捻くれた一面が出ることがある。全てに対してではない。見る限り【性別・騎士】というワードに対し、バイオレットは異常なほどに敏感になる。
きっと、バイオレットは苦労して騎士になったのだろう。女という性別の壁に苦労しているのかもしれない。そこは汲み取ってやりたいが、にしても不器用過ぎる。
「バカだな。ああゆう時は、そうなんです。力仕事が多くて、大変なんですよ。とか、私なんて可愛くないですよ。でも、なに着たら似合いますかね。と笑って返すんだよ」
「わかってる。わかってはいるが……この面倒臭い性格はどうしようもないのだ」
俺のアドバイスに対し、バイオレットは両手で顔を覆っていた。
ああ、面倒臭い奴だって、自覚してるのね。ちょっと安心したよ。でも、自覚しているのであれば尚更の事。バイオレットの奴、相当しんどいだろうな。
正直、俺は人と深く関わることを辞めた人間だ。もう面倒事は沢山だからな。
それでもバイオレットの辛そうな姿を見ていると、なんとかしてやれないだろうかという気持ちが芽生えてしまうのだった。