第3話 お姉ちゃんは騎士
助けた少女の名前はシャーロット・マグガーレン。年は9歳。
ダンディなおじさんの名前はジョン・マグガーレン。年は43歳。私有の畑でブドウ栽培を行っており、ワイン醸造の仕事もしているらしい。奥さんの名前はサラ・マグガーレン。年は38歳。ジョンと一緒にブドウ栽培をやっており、家の家事全般はこなしている。後一人。長女の娘がいるようなのだが、今は仕事中で不在との事。
しかし、大丈夫だろうか。いくら妹の恩人とはいえ、年頃の娘が家に帰ってきた途端、俺やアテナがいたら不審を抱かないだろうか。
「大丈夫だよ。お姉ちゃん、人がいいから」
俺は起きて早速、シャーロットに街の案内をしてもらっていた。一方でアテナは別行動するわ、と言ってどっか行ってしまった。本当に自由な奴だ。
シャーロット曰く、姉は真面目(真面目過ぎなのが玉に瑕)で、とても優しい人らしい。だから、妹を助けた、助けないに関わらず、困っている人がいれば手を差し伸ばす性格のようだ。いい人なのはわかったけど、逆に心配だな。真面目なタイプとアテナは絶対、相性悪い気がする。
この街はブルースカイという街で、国の都心部にあたる。都市というだけあって、武器屋から服屋、酒場や雑貨屋等、多くの店があり、多くの人々が行き交って活気がある。一見して貴族とわかる着飾った姿の者。重そうな防具と剣を掲げた精悍な顔付きの騎士。そして、4人組でそれぞれ格好が違う、冒険者と思える人達が街を行き交っていた。
「シャーロット。あれはなんだ?」
俺はある建物に指差した。距離からして2キロと離れていない場所に大きな城が見えた。
「お城だよ。あそこに国の王様がいるの」
シャーロットは自慢げな顔で答える。
成程。異世界転移して、いきなり森の中に放り出された時は、ヘッポコ女神かと思ったが、ちゃんと国の中心部に転移したんだな。
「あそこにお姉ちゃんもいるんだ」
「えっ。お姉さん、お城に勤めてるの?」
「そうだよ」
「メイドさん?」
だとしたらシャーロットのお姉さん、相当な美人だろうな。サラさんも美人だし、シャーロットも美少女だからな。期待していいだろう。
「違うよ。騎士だよ」
「騎士? 騎士って剣とか持って戦う騎士のこと?」
「それ以外で騎士ってあるの?」
シャーロットはポカンとした顔をしていた。鏡がないからわからないけど、俺も今シャーロットと同じ顔をしているだろう。
「シャーロットのお姉さんって、ストリートファイターで言ったら、キャミィみたいなタイプ。それともザンギエフみたいな感じ?」
どうせなら、キャミィみたいなタイプ、キボンヌ。
「ちょっと、なに言ってるかわかんない」
情報収集は失敗。異世界っ子にゲームの例え話しは通じなかったようだ。
異世界に来て心配なことの一つ。それは食事が口に合うかどうか。世界が違わなくても、映像を見るだけで目を逸らしたくなる食べ物がある国があるくらいだ。多少、まずくてもグロテスクなものは勘弁して欲しいな。と、そう思っていたが……。
「うまい! 最高ですよ、サラさん」
食卓に出されたのはビーフシチューのような食べ物だったが、今まで食べたビーフシチューの中でも一番うまい(これがビーフシチューなのかどうかは知らんが)
この世界の食べ物が美味いのか、サラさんの腕前がプロ並みなのかはわからないが、食事面では当たりを引いたな。
「あらら。お世辞が上手ね、凪君。おかわりあるから一杯食べてね」
俺が皿を平らげていると、サラさんも満更でもない顔をしている。
「ヘラヘラし過ぎよ。全く大袈裟ね。サラさん、おかわりもらえるかしら」
いやいや、お前が一番食ってるからな。アテナの奴、これで三杯目だぞ。
こういう場では、アテナみたいな奴は空気を悪くさせる、と思ったが実際は違った。むしろ、アテナはシャーロットと口喧嘩みたいな言い合いをしているが、仲の良い姉妹の喧嘩みたいで、それに見ているジョンさんもサラさんも楽しそうだ。
途中からジョンさんも上機嫌になり「二人共、うちで作った自信作のワインがあるんだ。飲むだろ」とワインまで注いでくれた。まあ、それもほとんどアテナが飲んでしまったが。
最近、ずっと一人で食事していたので、大人数での食事は久々だ。いつもは息がつまるのだが、今日は悪くない気持ちだ。
食卓を囲んで一時間ほど過ぎた頃だろうか。玄関のドアが開かれた。
「あっ。お姉ちゃんが帰ってきた!」
シャーロットは席から立ち上がり、真っ先に玄関の方へ向かう。その後「お姉ちゃん、おかえりー」と言う声が聞こえ「ああ、ただいま。シャーロット」という女性の声が聞こえた。その後、すぐにドアが開かれると思ったが、シャーロットが事情を説明しているのか、数分ほど待ち時間があった。お姉ちゃんは騎士と聞いていたから、てっきり鎧を纏って来ると思ったら拍子抜け。お姉さんは私服姿で現れた。
お姉さんはサラさんに似て美人な顔立ちだが、サラさんが持つほどの色気はまだなく、まだシャーロットに近い無垢な目をしている。短いショートカットの髪は小顔な彼女には似合う髪型だ。シャーロットが、お姉ちゃんが真面目というのも頷ける。揺るぎない決意に似た目をしていた。
「君達がシャーロットを助けてくれたのか」
顔を綻ばせ、女性は床に片膝をつけ「ありがとう」と深々と頭を下げていた。
「いえ、そんな大したことは」
俺が謙虚に返すと「そりゃ、凪はなにもしてないものね。狼に嚙みつかれただけだし」と、アテナはワインを飲みながら言った。対して、シャーロットは庇うように「アテナちゃん!」と怒った顔をする。本当に優しい子だ。俺、ロリコンになっちゃうかも。
「勝ち負けではない。むしろ、勝てるという見込みがないにも関わらず、シャーロットを助けようとしたその勇気。尊敬に値する」
お姉さんはキリッとした目で言う。それを聞いたアテナは俺の肩に手を当て「うわ。私、ダメなのよ。こういう真面目キャラ」と、顔を顰めていた。まあ、でしょうね。
「バイオレット。立ち話もあれだから、ご飯にしましょう」
サラさんは空いている席にビーフシチューを置くと、お姉さんは「ああ、ありがとう。今、手を洗ってくる」と言って部屋から出て行った。