第2話 知らない天井
知らない天井だ。俺は目を開けてすぐそう思った。あっ、パクリじゃないよ。本当にそう思ったんだから。
背中が心地よい。その事から自分がベッドで寝かされている状況であることは安易に想定出来た。体を起き上がらせると、右肩にズキッとした痛みが走る。右肩へ視線を移すと、肩には包帯が巻かれていた。
部屋の中は木造で出来た家。派手な装飾品はなさそうだが、綺麗に片付けられている。掃除もきちんと行き届いている。ただ、家具など見ると日本製ではなく、西洋ヨーロッパの物が多い。思えば、先程の少女もその時代に近い服装だったしな。
そういえば、あの少女は無事だったのだろうか? と考え事をしていたら、部屋の扉が開かれ、先程の少女が入って来た。
「あっ。お兄ちゃんが起きてる!」
俺が起き上がっているのを見ると、少女は顔を輝かせて、人懐っこく顔を近付けてきた。
「大丈夫? 肩、痛くない?」
「……ああ、大丈夫だ。君の方こそ大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。お兄ちゃんが助けてくれたから」
屈託のない顔で少女は笑う。興奮してぴょんぴょん飛び上がっているから、どうやら怪我がないというのは本当らしい。彼女が無事なら言う事なしだ。しかし、俺が助けたわけではない。助けたのは――。
「お兄ちゃんが助けてくれた? あなたの目は節穴なのかしら」
部屋のドアから、アテナが不機嫌そうな顔で出てきた。あーあ、折角、少女に癒されてたのに面倒臭い奴が来ちゃったよ。
「なによ! アテナちゃんは最初、私を見捨てようとしたじゃん」
少女は俺の腕にしがみ付き、眉間に皺を寄せてアテナを睨み付けていた。
「当たり前じゃない。世の中、助けを求めれば、なんとかなると思ったら大間違いよ」
「なによ、人でなし。あんな凄い魔法使えるなら、もったいぶらずに最初から使えば良かったじゃん。そしたら、凪ちゃんが怪我する事もなかったのに」
「は? 人でなしですって。ふん、いいわよ。私、そもそも人じゃないし。女神ですから。人間なんていう下等生物と一緒にしないで欲しいわ」
アテナの奴、なんて大人げないんだ。子供相手に本気で言い合いしてやがる。でも、なんか知らない内に仲良くなっているな。少女もアテナのこと、アテナちゃん。俺の事を凪ちゃんと呼んでいる時点で、自己紹介は済んでいるようだ。
てか、アテナの奴、自分が女神だってこと隠さなくて大丈夫なのか? まあ、少女は全く信じてないからいいけど。
「ここは君の家か?」
「うん。凪ちゃんが気を失った後、アテナちゃんが凪ちゃんをおぶってきたんだよ」
そうなのか。なら、アテナにはありがとうと礼をいうべきか。
「凪。これで貸し一。いや、命の恩人だから、貸し百にしとくわ」
前言撤回。やっぱり、礼は言わないでおこう。
「目が覚めたのか」
再びドアの方から声がした。視線を移すと、そこには髭の生やし、目付きが鋭いダンディなおじさんが立っている。歳は四十代くらいだろうか。その隣りには金色の髪を束ねた女性。歳は30代くらいで、包容力がある穏やかな目をしている。多分、この子の両親だろう。
「怪我は大丈夫かい。いや、娘が狼に襲われているところを助けてくれたようで、本当にありがとう」
そう言って、ダンディのおじさんと奥さんは俺に対し、深々と頭を下げる。
「いえ。俺は助けようとはしましたが、その……力足らずで。実際に助けたのは連れの者です」
「それは娘にも聞いた。でも、結果はどうあれ、娘を助けようとした事実は変わらない。なにかお礼をさせてくれ」
「そんなお礼なんて――」
と、断ろうとしたら、アテナは「当然よね!」と声を上げた。
「私がいなかったら、あなたの娘は今頃、狼に食い荒らされ、無惨な姿で発見されていたわ。それ相応のお礼を要求していいわよね」
「ああ、もちろん」
アテナが悪代官みたいな顔をすると、ダンディなおじさんは尻込みする。こいつ、容赦ねぇな。一体、どんな要求をする気なんだ。
「私達、手ぶら、ノーブラ、宿無しなのよ。数日、私達を泊めてくれないかしら?」
その要求に対し、ダンディなおじさんと奥さんは不意を付かれた顔をし、お互い顔を見合わせると、ホッとした顔をしていた。
「なんだ。そんなことなら構わない。娘の命の恩人だ。好きなだけいるといい」
交渉成立。異世界に来て最初の難関、食い扶持がない状況は避けられたようだ。