第36話 優しい王
翌日。俺達は城の中と村を案内された。城の中は応接間、訓練所、キッチン等を全体的に見させてもらい、村は辺り周辺を案内してもらう。クレアとソフィア同様、魔族は頭に角があるくらいで、人間とそう変わらない容姿をしていた。
意外だったのが、クレアが俺達を紹介すると、城に入る騎士も村の者達も交友的に話してくれた。同盟を組むという話しがもう村の人達にも出回っているのか『これから宜しくな』と強面な騎士が握手を求めてきて、村では『人間国ってどんな場所。行ってみたいなぁ』と子供が無邪気に笑っている。そして、一番印象的だったのが、クレア自身が城の者、村の者、皆から深く慕われていたことだ。
よく絵本で出て来る王様は城や村を歩くと、皆が道を開け、跪くシーンがあるが、ここは全く違う。皆がクレアを見つけると、駆け寄って来た。
子供達なんかはボディタッチが凄い。クレアはそんな子供達の頭を優しく撫でており、もう王女ではなく、お姉ちゃんみたいな感じだった。
「クレア王女。合宿の件ですが、今回は見送る形にした方がいいと考えております。今、他国の方もいらっしゃっている状況ですし」
「ううん。他地区の人達と交流出来る折角の機会なんだから、行ってきなよ。若い子達の良い経験にもなる。大丈夫、私とソフィアの強さはわかってるでしょ」
大柄の隊長騎士に相談されて、アドバイスするクレア。
「クレア王女。今日、大物の魚が釣れたんだ。さっきさばいたから、人間国の人達も一緒に食べていってくれよ」
「グレンさん。今年は豊漁だね。いつもありがと。こないだの魚も美味しかったよ」
村の漁師に声をかけられ、食事を振る舞ってもらうクレア。
「クレアお姉ちゃん。こないだテストで100点取ったんだよ。将来、私、お城に勤めるの。でね、クレアお姉ちゃんの側近になるのが夢なんだぁ」
「ルビーちゃん、凄いね。将来、楽しみにしてるよ」
無邪気に夢を語る少女に対し、優しく頭を撫でるクレア。その横でソフィアが眉間に皺を寄せ「ダメですよ。クレア王女の側近は一生私です」と、意地になって対抗している。
「凄いな」
その様子を遠目で見ていたバイオレットは、尊敬の眼差しを向けていた。
「前の王がどんな者だったかはわからんが、クレアは三年という月日で城の者ではなく、市民の信頼も勝ち取ったのだな。それも威厳のある王ではなく、優しい王として」
優しい王か。現世では世界に絶望し、自分の手で生涯を終わらせた。そんな彼女が転生して魔族になり、そして魔王になった。
誰からも慕われる優しい王。遺書の最後は戦争もイジメもない、平和な世界を私は作りたい。彼女はそう願っていた。
ただ、彼女は知っているはずなのだ。そんな願いは叶わない。その夢は所詮、絵空事である事が。
「同盟を組んだら、きっと国は大きく発展するだろう。それこそ、クレアの言う通り、それが先駆けとなり、他の国も一緒に共存出来るかもしれない」
「ああ、そうかもな」
俺は目を輝かせて、理想を語るバイオレットの話しに相槌をうつ。しかし、人間と同盟を組みたいというクレアの提案はフェイクだろう。別種族であればまだ望みがあるが、人間相手であるなら絶対にあり得ない。
そう、クレア。七瀬くるみである故に絶対にありえないのだ。彼女の中で人間は排除したい生物なのだから。
「アテナ」
俺はちゃっかり村人の人達と馴染み、魚をつまみながら酒を飲んで談笑しているアテナに声をかけた。
「後で話しがある。二人きりで」
そう真面目に話しを切り出すと、アテナは酒をグッと一気飲みし「いいわよ。そろそろくる頃だと思ってたわ」と、不敵な笑みを浮かべていた。