第30話 国境を越えて
「いいのか。可愛い部下なんだろ。付いて来ないにしても、もう少し話しても良かったんだぞ」
早歩きになっているバイオレットの速度を抑えようと、俺は声をかける。
「心配無用だ。それにエレンは部下ではない。私が昔、最初にこの町へ研修に来たことがあってな。その時、町を案内してくれたのはエレンだった。正確にはエレンしか、私の相手をしてくれなかったのだが」
「お約束の男女差別ってやつか?」
「ああ。ここは田舎だからな。古い考えの者も多く、この町に騎士も三十人満たない。半分以上が50歳過ぎの騎士ばかりだ。私を女と見るなり、偏見の目で見てきた。まあ、私が本部の隊長となって来た時は、手のひら返しで媚びてきたがな」
ざまぁみやがれ。みたいな不敵な笑みを浮かべるバイオレットだが、その笑みは何処か寂しさに似た複雑なものだった。
「エレンは去年、隊長になったと聞く。剣の腕はそこそこにあるが、皆を引っ張っていくリーダーの素質はないからな。少し頼りないし心配だ」
「引っ張っていくリーダー性はないが、皆が付いて行きたくなるような、カリスマ性はあるんじゃないか」
「皆が付いて行きたくなる、カリスマ性?」
「ああ。頭の固いおっさん達相手だ。口煩い隊長では争いが絶えなくなるだろう。あの物腰柔らかいエレンだからこそ、付いてくるんじゃないか」
リーダーはイコール、こうではなければならないという考えはもう古い。バリバリに仕事が出来て的確に指示を出す積極性がある者もいれば、仕事はそれなりで内向的であっても、人の話しを聞く、という点が得意な者がリーダーになるのもありだ。
実際、エレンは後者だし、年配者が多いこの隊長はエレンみたいな物腰柔らかなタイプが適任かもしれない。まあ、言われ放題だから、苦労はされていると思うが。
「なるほどな。そういう考え方もあるか。凪は何も見ていないような顔して、しっかり見てるんだな」
俺の言葉に対し、目から鱗が落ちる、といった様子でバイオレットは頷いていた。
それから俺達は港から逆方向に一時間近く歩いた。道はアスファルトの道から、見晴らしのいい荒野に入る。そして、その荒野に似つかわしくない大きな壁がそこにはあった。
まるで、ベルリンの壁みたいだ。壁が果てしなく広がっている中、大きな門が一つあり、門番と思われる騎士が立っていた。
「ご苦労。私はバイオレット・マグガーレンだ」
門番にはガタイがよく、強面のおっさんが一人。そこになんの躊躇なく、バイオレットは声をかける。
「バイオレット隊長。お待ちしておりました」
おっさんはバイオレットを見た途端、すぐに敬礼する。さすが公務員。男女差別があるとはいえ、階級による上下関係はしっかりしているらしい。
「しかし、遅かったですね」
「ああ。まあ、いろいろあったな」
門番のおっさんに突っ込まれ、バイオレットは苦笑する。さすがにニナを仲間にして、遅くなったとは言いにくいのだろう。
「……その方々達は? 騎士の方々とは思えませんが」
「まあ、いろいろあるのだ。説明は割愛させて頂きたい」
また同じ質問か。という感じにバイオレットは顔を顰めた。その様子におっさんは怪訝な顔付きになるが、意外にも早く空気を察し「今から門を開けます」と、門に近付く。
「私も騎士になって20年以上経ちますが、ここを開けるのは初めてです」
と、おっさんは緊張した面持ちで鍵を開ける。
ギイイイイイ。という錆びついた音がした。ドアの向こうはなんてことない。荒野がそのまま続いていた。
「ここから魔族フリーデンの国境となります。ご注意ください」
強面なおっさんは後退りし、ドアの向こうを警戒しながら、俺達に頭を下げた。
「おい。入った瞬間、爆裂魔法とか飛んでこないよな」
「知らぬ。私だって初めて入るのだぞ」
こういう時、人間の本性が出る。
お前が先に入れと言わんばかりに、俺とバイオレットはお互いの肩を押し合う。横で「あんた達、なにやってるのよ」とニナが冷めた目で見ていた。
「私が一番乗りよ」
すると、アテナが我先に扉の先へ足を落とす。相変わらず、恐い者知らずな奴だ。
見る限り国境に足を入れたからといって、酷い事態はならないようだ。
「ありがとう。ただ、なにが起こるかわからない。私達が入ったらすぐに扉を閉め、鍵を閉めるようにしてくれ」
バイオレットはおっさんにそう伝えると、緊張した面持ちので「わかりました。どうかお気をつけて」と頭を下げた。
俺達四人が扉に入ると、速攻扉は閉められ、ガチャと鍵が閉まる音がする。躊躇なく閉めやがったな。まあ、気持ちはわからんでもないが。
「しかし、国境に入ったとはいえ、目的地に着けるのか?」
先を見渡す限り、城どころか、家一軒もない荒野が広がっていた。どこに向かって歩けばいいかもわからない。先程まで率先していたバイオレットの足取りも怪しくなる。
「大丈夫よ。お迎えが来てるようだし」
突然、アテナは誰もいないはずの一点を集中して直視していた。すると、その方向に眩い青白い光が放たれ、そこに人が現れた。
白銀の長い髪を揺らし、氷のような冷たい目をしている。顔立ちは整っており、誰もが美人と認めるその容姿。が、頭にある二つの角を見て、相手が魔族だとすぐに察した。