第25話 少女の想い
「今日は祝勝会ね」
洞窟から出て街の出入口に入ると、アテナが開口一番にそう提案する。
こいつの場合、祝勝会というのは名ばかりで、単に飲む口実が欲しいだけだろう。
「悪い。俺は帰って寝る」
「あら、どうしたのよ。ノリが悪いわね」
「大丈夫か、凪。顔色が悪いぞ」
俺の様子を見たバイオレットは心配そうに俺の顔を覗き込む。
「戦いで肋骨を痛めてな。でも、大丈夫だ。逆にバイオレット。お前は大丈夫なのか?」
お前だって、竜の攻撃モロ受けて宙飛んでただろ。
「私か? 私は全然、大丈夫だぞ。頑丈さだけが取り柄だからな。まあ、すぐにニナが回復魔法をかけてくれたおかげもあるが、全く問題ない」
そう言って、バイオレットは自慢げに胸に手を当てていた。
「メスゴリラ」
「貴様ぁ! なんてこと言うんだ! しかも頭のクールビューティーが抜けているじゃないか!」
ついイラっとしてしまい、禁句を口にしてしまった。途端、バイオレットは顔を真っ赤にし、俺の胸倉を掴み激しく揺らす。
痛い痛い。揺らさないで。肋骨がギシギシ響くちゅーねん。
「ニナは大丈夫か?」
ニナも竜の攻撃を受けた一人だ。メスゴリラのバイオレットとは違って、ニナの体は華奢。ダメージもかなりあるはず。
「平気よ。自分にも防御魔法かけてたし、シールド越しで攻撃力は緩和されてたから。実際、当たる瞬間、後ろに飛んでダメージも最小限にしたから」
成程、俺とは違って、ニナは実戦経験を大分踏んでいたようだ。
しかし、結果として、今も深刻なダメージを抱えているのは俺だけなのか。良いことだけど、同時に虚しさを覚えるな。
「凪。どこか痛いの?」
珍しくニナもバイオレット同様、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫だ。一日寝れば治る」
無茶苦茶、痛いよー。と言いたいのも山々だが、こういう時、素直になれないのが自分の悪いところだ。
「祝勝会は三人。女子会で盛り上がってくれ。俺は休ませてもらう」
気を使わせぬよう一言、そう告げるとそのまま、俺は一人宿へ向かうのであった、
俺は宿に戻り、すぐに布団に入る。安い宿なので、寝心地の良い低反発のマットレスに柔らかな羽毛布団とはいかないが、疲労は最高の安眠枕になるのだろう。布団に入った途端、あっという間に眠りに落ちることになった。
どれくらい眠っていただろうか。目を開けると、まだ夜なのか部屋は真っ暗だった。が、右手に暖かなぬくもりを感じる。
暗くて顔は認識出来ないが、そこにいる人物が誰かはすぐにわかった。
「ニナ」
ニナは両手で俺の右手を握ってくれている。不思議と寝る前にあった肋骨の痛みがひいていた。まさか、ニナの奴、ずっと回復魔法を俺に。
俺の呼びかけに、椅子に座り眠っていたニナは目を覚ます。
「凪。あれ、起きたの?」
目を開けたニナはぼんやりした声を出していたが、俺の手を握っていたことに気付くと、慌てて手を離した。
「セ、セクハラ! バカ、エッチ!」
何故か大声を出したニナは俺の脇腹を叩く。折角治してくれたのに。悪化させる気か。
俺は立ち上がり、電気を点けた。時計を見ると、時間は二十三時を回っている。家に帰ってきたのが十六時だから、五時間くらい寝ていたのか。
「どうした? ニナ」
「どうしたって何よ」
「いや、てっきり、アテナやバイオレットと女子会してると思ったが?」
「仕方ないでしょ。だって、アテナが急に『凪、肋骨折れてるから早く治療しないと悪化するかもしれないわね』とか言うし。その後、バイオレットが『凪の事を宜しく頼む』って私の手を握り締めてくるから、仕方なくよ。そう、私は仕方なく来たのよ」
アテナの奴、俺が肋骨折れていること知っていたのか。それなのに祝勝会しようと提案するところ、本当にドSだな。
「本当、いい仲間よね」
「えっ?」
「バイオレットはちょっと不器用な感じだけど、面倒見がいいし、優しいお姉ちゃんみたいな感じ。アテナは自己中で時々むかつくけど、なんだかんだ言って皆を大事にしてる。知ってた? アテナ、竜の戦いの時、姿隠していたけど、岩場の隙間からずっと戦いの状況見ていたのよ。きっと、危なくなったらすぐに助けようとしたんだろね」
ああ、なるほど。だから、竜を倒した後、俺がアテナを責めた際に庇ったのか。
「凪もさ。不器用だよね。凪はさ、自分のこと嫌いでしょ」
思いがけないその問いに俺は一瞬、躊躇する。適当にこの場は促そうか、そう思ったが。
「……好きではないな」
場の雰囲気からか、俺は素直な気持ちを口にしていた。
「うん。そんな感じしてた。でも、周りはそうじゃないと思うわよ。アテナもバイオレットも凪の事大好きだもん。私ね、スリする時、凪をターゲットにしたのには理由があったの」
おいおい、スリって認めちゃったな。まあ、この際、どうでもいいけどさ。
「なんで俺を狙った?」
「羨ましかったから」
ニナはジッと俺の目を凝視する。それは助けを呼ぶような目に見えた。
「三人とも仲良さそうで、凄く居心地良さそうだったから。その中に入りたいと思ったの」
「………」
「なーんて、嘘よ。そんなわけないじゃない」
と、ニナは似合わない作り笑顔を見せると、そのまま椅子から立ち上がった。
「一日だけのパーティだったけど、悪くなかったわよ。まあ、あんな怖い思いはもう沢山けど。久々に生きてるって感じがした。ありがとね、凪」
立つ鳥跡を濁さず。とでも言うように、ニナはそのまま振り返ることなく、部屋から出て行ってしまった。
その後、しばらく俺はニナが出て行ったドアを見つめていた。