第24話 逃げない勇気
「ゴラン。ビジョン」
ニナは俺達に向け、補助魔法を唱える。
「今、防御力と脚力あげる魔法をかけたわ。効果は10分程度。でも、正直あんな炎、まとも喰らったら」
と、ニナは不安に声を詰まらせる。
「大丈夫だ。マズかったら逃げるさ」
「相変わらず、凪は格好悪いことしか言わないわね」
「ああ。でも、格好よく死んでも仕方ないだろ」
負けそうなら逃げて出直せばいい。生きている限り、何度でもやり直しは効くのだから。というか、すでに負けることを考えている時点でダメだよな。
鞘から刀を抜き、隣りにいたバイオレットと目で合図する。1、2、3の合図で、俺達は一斉に竜に向かって駆け出して行く。
炎を吐かれたら二人とも一溜りもない。その為、俺とバイオレットは左右に分かれた。ニナがかけた魔法のおかげで、走る速度が上がっている。
竜は俺とバイオレットを交互に見つめた。標的はこちらになったようで、俺の方に炎を吹きかけてくる。
「フォースシールド!」
途端、ニナの援護魔法がかかる。シールドがすぐに割れてしまうが、俺が避け切るまでの時間は十分稼いでくれた。その隙、バイオレットが竜の懐に入り、剣を突き刺す。
「ギャオオオオオオオオン!」
竜は悲鳴を上げる。剣を抜くと、竜の体から激しい血しぶきが飛び散った。それがバイオレットの顔にそれが吹きかかり、視界が妨げたその瞬間、竜の右手がバイオレットの体に直撃し吹き飛ばされる。
「バイオレット!」
まずい。バイオレットの奴、死角から飛んできた攻撃を無防備に受けてしまった。
地面に叩き付けられたバイオレットの意識はあるものの、体がふらついており、すぐに起き上がれそうもない。
「ニナ! 竜は俺が引きつける。バイオレットの回復に回ってくれ」
「でも、そしたら今度は凪が」
「大丈夫だ。竜の攻撃は見切っているから、余裕で避けられる」
そう啖呵を切って、親指を立てた。
もちろん、嘘だ。避けられるどうかは神頼み。ただ今は余計な心配をかけせず、ニナをバイオレットのところに行かせる事が先決だ。
「ショットガン!」
俺は二本指を竜の体に向けて、攻撃魔法を唱える。
最近覚えた数少ない攻撃魔法。正直、雑魚敵を倒せる程度の魔法。竜を倒せるほどの威力はないが、注意を引き付ける程度にはなるはずだ。
指から出た光線が竜の背中に直撃し、こちらを振り返る。
よし。狙い通り、こちらを向いてくれた。さて、凶とでるか、大凶と出るか。数か所の骨折程度で済めばいいが。
意を決して俺は刀を握り、竜の方向に向かって駆け出す。
すると予想通り、竜は炎を吹きだす。炎の攻撃はこれで三回目。竜の視線や首の動きで炎が飛んでくる位置を先読みし、間一髪で避ける。
懐に入るまではもう少し。
次は竜の左手が俺の体に向かって飛んできた。竜の手は若干高い位置にあったので、俺はスライディングし、潜り込む形でかわす。
よし、懐に入った。
一撃で仕留められるとは思わないが、深手くらいは負わせてやる。そう思い、刀を握る両手に力を込め、竜の喉元に視線を向けた途端の出来事――。
俺の体は大きく吹き飛ばされた。
なんだ。一体、なにが起きた?
俺の体は宙に放り出され、そのまま地面に叩き付けられる。体には激痛が走ったが、なんとか体を起き上がらせて竜を見た途端、事の状況を理解した。
俺は完全に見誤っていたようだ。
炎と手の攻撃を退き、隙が出来たと思っていたら、尻尾の攻撃もあったとは……そりゃ、竜なんだから尻尾の攻撃もあって当たり前。これは実戦経験が少ない故に起きたミスとしか言いようがない。
まずい、体が思うように動かん。これは万事休すか――と思ったが、竜の視線は俺にではなく、バイオレットに切り替わっていた。
「バイオレット。竜が来てる! 速く逃げろ!」
俺は叫び、竜の注意をこっちにそらそうと、ショットガンを二発撃つ。が、体がふらつくせいで、狙いが定まらず、竜に当たらない。
バイオレットはなんとか立ち上がるが、足元がおぼつかない様子だ。
このままではやられる。と思ったら、駆け寄って来たニナがバイオレットの前に立った。ニナは両手を広げ、竜を睨み付けていた。あいつ、いつの間にあんなところまで。
「ニナ。私のことはいい。早く逃げろ!」
バイオレットは形相を変え、ニナを逃げるように言い聞かす。
「嫌よ!」
が、ニナはそれを拒否し、バイオレットを守るようにして竜の前に仁王立ちにする。
なんだ、ニナの奴。何か策があるのか? と、期待したが、ニナの顔を見た途端、それが皆無であると察した。
ニナの顔は恐怖心に押し潰されてそうで、足もガタガタ震えていた。策なんてないと一見してわかる。しかし、それでも背を見せず、竜を睨み付けていた。
「仲間が目の前で倒れているのに、逃げる事なんて出来ない。私なんかなんの役にも立たないのはわかってる。でも、そんなの見捨てていい理由にはならない! そんなの絶対に嫌ッ! 生きて帰るのなら全員で帰るの。それが絶対条件!」
ニナは勇気を振り絞り、自分を奮い立たせるようにして叫んだ。
「フォースシールド!」
竜は足でニナを踏みつけようとするが、シールドで一旦攻撃を防ぐ。が、いとも簡単に破けてしまう。
「フォースシールド! フォースシールド! フォースシールド!」
竜の攻撃に対し、ニナは連発して魔法を唱えるが、シールドが何度も破かれてしまい、最終的にはバリアが突き破られ、ニナまでも竜の手に吹き飛ばされる。
まずい! シールド越しとはいえ、ニナはバイオットほど頑丈ではない。しかもニナが地面に倒れた途端、竜のターゲットはバイオレットからニナに切り替わってしまった。
俺は動き出そうとするが、体の節々に激痛が入る。
「あああああああああああ!」
俺は気を紛らわせる為、雄叫びを上げ、痛みを無理矢理かき消した。
「痛みは邪魔だ! どけぇぇぇぇぇ!」
全速疾走で駆け出し、俺は竜の背中に切りかかる。
「ガオオオオオオオオオオオ!」
分厚い固い肉を切った感触がし、同時に竜の悲鳴があがる。でも、これだけでは致命傷にはならない。そう思い再度、切りかかろうとしたが、違和感を覚えて刀を止める。
違和感。そう先程の悲鳴を最後に竜が動かなくなった。
俺はそっと周り込み、竜の顔を覗いたらびっくり。竜の額にはバイオットの剣が突き刺っていた。バイオレットの奴、いつの間に回り込んだんだ。
竜は白目を剥いている。バイオレットが刺した額の剣が致命傷になったのだろう。
ああ、なんだ。結局、俺が動かずとも竜を倒していたのね。と落胆するが、二人共、無事だったことがわかり、まずは一安心。途端に緊張の糸が切れ、俺は脱力感に襲われた。
「二人とも大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。完全にニナに救われたがな」
バイオレットは肩を抑えながら微笑む。きっと、どこかを痛めているようだが、傷が浅そうで安心した。
「ニナは――」
大丈夫か? と聞こうとしたら、ニナはへなへなと尻餅ついてしまった。
「おい、大丈夫か?」
改めて聞くと、ニナは「大丈夫じゃないわよ!」と、ブチ切れていた。
「し、死ぬかと思ったわよぉ」
ニナは涙目になっている。きっと、腰が抜けたのだろう。
「ああ、俺も死ぬかと思った」
「俺も死ぬかと思った、じゃないわよ! なにが、竜の攻撃は見えているから、余裕で避けられるよ。もろ攻撃受けてるじゃない。この役立たず! このまま、バイオレットが起き上がらなかったら、どうするつもりだったのよ」
非難の嵐が止まらない。まあ、それだけ怖かったのだろう。逆に言えば、それだけ恐怖心を抱えながら逃げ出さず、竜と対峙したんだ。凄い奴だよ、お前は。
「いや、けして凪は役立たずではないぞ。ニナを私の元にまで駆け付ける時間稼ぎはしてくれたし。凪が竜の背中を切り込んでくれたから、竜の首が下がって、致命傷となる額を狙えたのだ」
バイオレットがフォローすると、ニナは気まずそうな顔でそっぽ向く。
「知ってるわよ、そんなこと。その、役立たずは言い過ぎたわね。ごめんなさい」
「いいさ。結果として皆、頑張ったよ。でも、MVPは間違いなくニナだな」
「えっ、私?」
「ああ、同意見だ。ニナがいなかったら、間違いなくやられていた。ありがとう、ニナ」
俺とバイオレットがベタ褒めすると、ニナは「褒めたって何も出ないわよ」と照れ臭そうに口を尖らせていた。
「なによ、皆で盛り上がって。ズルいわ、ズルいわ、私だけ除け者にして」
今までどこに隠れていたのか。アテナがひょっこり出てきた。
「出たな。この、駄女神」
「あら。駄女神とは失礼ね」
「アテナ。俺達、マジで死ぬところだったぞ」
「そうね。でも、死ななかったから良かったじゃない」
こいつ、事態の重さを理解していないようだ。もう少し強く言ってやろうかと思ったが、ニナが俺の腕を掴んだ。
「やめなよ、凪。いいじゃない。皆、やられずに済んだんからかさ」
一緒に便乗してアテナを責めるかと思ったが、ニナは意外にもアテナを庇っていた。
なんだよ、ニナの奴。まあ、ニナがいいって言うならいいけどさ。
俺達はその後、常備していたノコギリを使って、竜の角を採取した。ギコギコの硬い竜の角を削っている間、俺の肋骨もギコギコと痛みが走っていたのだが。
ああ、多分、肋骨辺りが折れているんだろうな。無茶苦茶、痛いよー。
でも、バイオレットやニナも同じように痛みを我慢しているだろう。男である俺がそれを口にするのは恥ずかしいし、ここは黙っておくことにしよう。