第10話 元同僚
闘技大会当日。遂にこの日がやってきた。
参加者は百人満たないというバイオレットの言葉通り、出場者は俺も含めて96名。比べて闘技場はかなり大きい。観客もざっと見て、千人は軽く超えているだろう。
「凄い観客だな」
俺は出場のエントリーを終えた後、観客の盛り上がりに躊躇した。
「まあ、今日の大会は国の人達からしても、大イベントだからな」
隣りにいたバイオレットは俺とは対照的に、観客の盛り上がりを楽しんでいるように見えた。さすが隊長。肝が座っている。
「大イベントの割りに参加人数が少なくないか?」
これだけの盛り上がりを見せる大会なら、もっと参加者が集いそうな気がするが。
「この大会の優勝者は魔族国に行かなければならない。賞金が出て、はい終了とはならないからな」
「魔族ってそんな危険なのか?」
「以前も話したが、力こそ強大ではあるが、無益な争いは嫌う種族だ。しかし、それを知っているのはごく一部の人間だけ。実際、市民には凶悪な種族という、なんの根拠もない噂が流れてしまっている。残念だが、種族が異なるというだけで人は色眼鏡で見てしまうのだな。だから、この大会に出場する者は危険を顧みず挑む勇気ある者か、自分の力を過大評価しているバカな奴。どちらかになるだろう」
成程。確かに賞金は金貨500枚と高額だが、支払いは交渉を終えた後の後払いになる。魔族国に行って、命の危機を感じる者も多いだろう。
「ま、精々頑張ってくれ。凪なら結構、いい線いくと思うぞ」
さらりとした口調でバイオレットは言う。完全に他人事だな。
「優勝は厳しいか」
「うーん、なんとも言えないな。出場者がどんな奴等かはわからない以上は」
ずいぶん、淡白な回答だな。
「バイオレットは俺と一緒に旅したくないの?」
俺ってもしかして嫌われてる? そう思い、直球で尋ねてみた。
「なっ、馬鹿か! 私は騎士として同行するのだぞ。別に凪である必要はない。この試合に優勝した猛者であれば、誰であっても構わない」
バイオレットは、ふざけるな。という口振りだ。なんだよ、釣れない奴だな。
「あれ、バイオレットじゃないか」
二人で言い合いをしていると、離れた位置から声が聞こえてきた。視線を移すと、顔立ちが整ったイケメンが立っていた。
バイオレットと同い年くらいだろうか。服装から見るに冒険者。筋肉質な体をしており、腰には剣を差している。
「ルイス! 何故、貴様がここに?」
バイオレットは動揺した声を漏らし、後退りする。
「なんだよ、三年振りだって言うのにずいぶん釣れないな。昔、一緒に汗を流した仲じゃないか」
ルイスと呼ばれた男は笑みを浮かべ、バイオレットの肩に触れた。
「馴れ馴れしく触るな! 貴様、のうのうと私の前で顔を出せたものだな」
触れられた肩の手を振り払うと、バイオレットは不愉快な顔を露骨にする。
なんだ、一体。いきなり険悪ムードになったな。元カレの登場か? あれ、でもバイオレットって処女じゃなかったっけ?
「仕方ないだろ。あのまま騎士を続けていても、きついだけで大した金にもならなかったし。冒険者になった方が稼げるってわかったんだよ」
「金だと。貴様、騎士としての誇りはなかったのか」
「バイオレット。お前、隊長にまで昇格したのに、まだそんな感じなのかよ。いい加減、大人になれよな。でも、俺が抜けて良かったじゃん。俺があのまま部隊に残っていたら、今お前は隊長じゃなかったかもよ?」
ルイスが嫌らしい笑みを浮かべると、バイオレットは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「まあ、仲良くしようぜ。今回、魔族フリーデンに行く騎士はお前だって聞いている。これから一緒に旅をするんだからよ」
「ちょっと待て。貴様、まさかこの試合に出場するのか?」
「ああ、そうだ。今の魔族はかなり友好的であると聞いている。そいつら相手に交渉して、帰ってくるなんて余裕だろ。その後は金貨500枚。一年は仕事しないで済みそうだ。それに性格はどうあれ、お前と二人旅。悪いくない仕事だ」
凄いな、こいつ。この二、三分の会話でここまで自分をゲス野郎です、ってアピール出来るなんて。ある意味、才能かもしれんぞ。
「それに俺だって遊んでたわけじゃない。冒険者として三年間やってきたんだ。精々、強くなった俺を見ていてくれ」
そう言って、ルイスという男は横にいた俺には目もくれず、その場を去って行った。
「元彼か?」
「そんなわけあるか!」
冗談のつもりが、結構ガチな顔で怒られた。どうやら奴との溝は深いらしい。
「悪い、凪。少し気分が悪くなった。その、試合頑張ってくれ」
バイオレットの額には汗が滲んでおり、顔色も真っ青になっていた。
大丈夫か。と、声をかける前に、バイオレットはそのまま、フラフラと背を向けて去って行った。