第5話 最初の協力者
楽しんで頂ければ幸いです。
レトシアからゴーレム・クリエイトの魔法を教わったルインは早速ゴーレムを創り出す。しかしゴーレムには種別毎の問題があった。ロボット開発のためにそれを解決しようとするルインだったが、そう簡単には行かず、四苦八苦していた。そんな矢先、レトシアの妹がゴーレムに詳しい事を知るルイン。男性に恐怖していると言うレトシアの妹の協力を取り付けるため、ルインは一度だけと言う条件の下、彼女と会う事にするのだった。
レトシアの妹と出会う、と言う話をした数日後の昼下がり。
今、ルインと侍従であるメリルの2人は、レトシアの家であるクリスフォル家が迎えとして寄越した馬車に乗り、そのクリスフォル家へと向かっていた。馬車の中にはルインとメリル、そして2人の向かい側にレトシアが座っていた。
「ルイン様、今回の事で少しご忠告があります」
「はい」
「妹はルイン様と会う事には、渋々ながらも了承しました。ですが私の見立てでは、まだ彼女のトラウマは完全に癒えておりません。ですので、あの子がルイン様に協力するかどうかは、正直五分五分と言った所です」
「……そうですか」
静かに、しかしこれまで以上に真剣な様子のルインは頷く。
「あの」
その時、彼の隣に居たメリルが声を上げた。
「レトシア様にお聞きしたいのですが、どうしてその、レトシア様の御令妹様は男性を苦手とするようになったのですか?」
『あっ、それは確かに俺も聞きたい。地雷を踏まないようにもしたいし』
と、メリルの質問に対しルインは内心そんな事を考えていた。
「……分かりました。ルイン様もお聞きになった方がよろしいでしょうし、お話しします」
しばし悩んだものの、レトシアはそう言って話始めた。
「そもそもの発端は、彼女がゴーレム好きになった事です。今から10年以上前、家族とともに近くの町に買い物に出ていた妹は、偶然町中で、ゴーレム・クリエイトの魔法を応用した土人形の人形劇を目にしたのです。……それが恐らく、妹にとって魔法との最初の出会いだったのでしょう。糸で操る操り人形とも違う土人形に驚き感動した妹は、両親に頼んで人形劇をしていた者を家に呼びました。そして、その者に頼んで妹に様々なゴーレムを見せたのです」
「それが、妹さんがゴーレムにハマった理由ですか?」
「はい」
ルインの言葉にレトシアは静かに頷く。
「それから、妹はゴーレムに見せられ、自分でゴーレムを作れるように勉強したりするようになりました。それまで内向的だった妹が、ゴーレムの事になると人が変わったように饒舌になったり、活発になって。両親はそれが嬉しかったのでしょう。2人は妹のゴーレム趣味を否定せずに受け入れていました。当然私もです。……ですが、妹は12歳のパーティーで……」
「それって、確か貴族や王族まで参加するってあれですか?貴族や王族、名家の12歳になる子供達が集まるって言う?」
「はい。妹もそれに参加しました。……お目付役として同行した侍女の話では、最初は特に問題無かったのです。作法も礼儀も完璧でした。……しかし、ひょんな事から趣味を聞かれた妹は、その……」
言い出しづらそうそうにレトシアは言い淀む。が、そこまで来ればルインでも分かる事だった。
「答えたんですね?妹さんは。ゴーレムが好きだって」
「……はい」
「そして恐らく、そんな趣味を持つ妹さんを、周りは奇異の目で見た。更に男性嫌いだって事も考えると、恐らくその場で男性から何か言われたか、或いは自分の趣味を嘲笑された。そんなところですかね?」
「……」
『コクンッ』
ルインの言葉にレトシアは無言で頷く。その表情は、戸惑いと共に、悲しみと怒りを覚えているようだった。
「……クズ共が……っ!」
そんな中でルインがそう吐き捨てる。
「ルイン様、あまり汚い言葉を使われては……っ!」
主の汚い言葉使いにギョッとしたメリルがそう言って窘めるが……。
「悪いなメリル。だが俺は敢えて言うぞ。他人の趣味さえ肯定せずに笑う輩はド畜生のクズ野郎だ。……他人の『好き』を嗤う奴らなんてのは、ロクデナシのクソ野郎だ。俺が一番嫌いな人種だっ」
「「ッ」」
これまでルインが見せた事の無い『苛烈な怒りの形相』に、メリルとレトシアは息を呑んだ。
「大体、人の好きなんて千差万別だろうが。それを嗤うだと?ふざけやがって……っ!」
「……ルイン様は、やはり怒りを覚えるのですね。そのような輩に」
「当たり前でしょう?皆誰しも、好きな物がある。俺はロボットだし、先生の妹さんはゴーレム。誰が何を好きになるのかは、その人次第だ。……俺が初めてロボットを知った時、目にした時。そのかっこよさに心を奪われて。好きになった。……誰かの趣味や好きを否定するって事は、『誰かの大切な何かを否定する』って事だ。『想い』を否定するって事だ。何より、『誰かの心を傷付ける』って事だ。……そんな事をするのは、自分の言葉や主義主張こそが正しいなどと思い上がったクズやゲスだけですよ」
苛烈なまでの怒りと嫌悪感を見せるルインに、2人は少し戸惑い、しばし茫然としていた。それも無理は無い。それは今まで、滅多に感情を見せなかったルインが2人に見せた、『感情の爆発』だったのだから。
「誰にだって、大切な物や好きな物がある。俺に言わせれば、誰もそれを否定する権利なんて無い。嗤う権利なんて無い。……誰が何を好きになったとしても、人に迷惑でも掛けない限り、趣味は自由であるべきだ。……俺はそう思いますよ」
ルインは馬車の窓から見える外の景色に目を向けながら、そう呟いた。
すると……。
「……出来る事なら、あの時に今のルイン様のような方が妹の傍に居たのならと、悔やんでしまいます。私では無く」
「え?」
ポツリと呟いたレトシアの言葉にルインは視線を彼女に向ける。今の彼女は、どこか自虐的な笑みを浮かべている。
『それは一体、どう言う意味だ?』
気になってルインが問いかけてみようとしたのだが……。
「あっ、見えてきましたよルイン様。クリスファル家のお屋敷ですっ!」
隣に座っていたメリルの言葉で彼は視線をレトシアから窓の外へと向けた。彼女の言うとおり、目的地であるクリスフォル家の屋敷がもうそこまで迫っていた。
『聞きたい事、気になる事はあるが。今はこっちか。下手に地雷を踏んで協力を断られるのは最悪の事態だ。気をつけて掛からないとな』
疑問はあったが、今はこちらに集中するべきだとして、ルインはクリスフォル家の屋敷に目を向けながら意識を切り替えた。自らの夢のためには失敗出来ない、とそんな覚悟を胸にルインは頭の中で必死に話すべき内容を組み立てていたのだった。
数分後。敷地の入り口である門を潜り、馬車は屋敷の前で止った。そこから降りるルイン、レトシア、メリル。
「お帰りなさいませレトシアお嬢様。そして、ようこそおいで下さいました。ルイン・トレストリア様」
すると玄関前に立っていた老齢の執事がルインに対し頭を下げた。
「早速ではありますが、私が客間へと案内させていただきます」
「分かりました。お世話になります」
そう言って老執事に案内されるルインとメリル。更にそれに付いていくレトシア。
「今日は、主人であるシモンズ様はご在宅では無いのですか?」
「はい。お仕事の関係で本日は出かけておられます。何か伝言があれば、私共がお預かりしますが?」
「いえ。日頃レトシア先生にお世話になっていたので、一言お礼をと思ったのですが、残念です。また今度の機会に、と言う事にします」
「分かりました」
シモンズとは、レトシアと彼女の妹の父親であり、このクリスフォル家の主だ。
「クレト、エリカは今どこに?」
「現在はまだご自身のお部屋におります。私がルイン様達を客間にご案内した後、お連れします」
と、クレトと呼ばれた老執事が答える。
「そう。……エリカの様子は?子供とは言えルイン様は男だし、大丈夫そう?」
「……忌憚なき意見を言わせて頂くのであれば、分かりません、としか。やはりまだ家族である旦那様や長年使えている私共以外の男には少なからず恐怖を覚えておられるようで。本日も、その、話し合いについてかなり怯えておられる様子でした」
「……そう」
クレトの言葉にレトシアは少し困惑気味に呟いた。
「ルイン様、繰り返しになりますが、語気を強めると言ったあの子を刺激するような事はなるべくお控え下さい。あの子に怯えられては一巻の終わりです」
「どうやらそうみたいですね。……こうなってくるとこっちまで緊張してきちゃいますよ」
そう言って、微かに笑みを浮かべながらも、その緊張の度合いを表すかのように彼の頬を冷や汗が伝う。
『言葉選びを少し間違えただけでアウト、って可能性もあるなぁ。……とは言え、現実的に考えて今の俺が直接アプローチ出来そうなゴーレムを知る人間は、今の所先生の妹さんだけ。このチャンスを絶対に逃す訳には行かない。相手の反応を読んで言葉を選べよ、俺っ』
ルインは自らに言い聞かせながら廊下を歩く。やがて客間にたどり着き、中で待たされる事になったルイン。クレトとは別の給仕がお茶を出してくれたのだが、ルインは緊張しソワソワしながら周囲をしきりに見回していた。
「ルイン様、落ち着いて下さい」
「そ、そうは言ってもなぁ」
座っているソファの後ろに立つメリルから注意されるが、やはり落ち着くのは簡単ではない。コンテニューなんて無い1発勝負。誰だって緊張するだろう。
『あぁクソ、心臓がうるせぇなぁ。は~~どんな人が来るんだか』
と、ルインが緊張しながら待っている事、数分。
『コンコンッ』
ルインには数十分にも感じられた長い長い沈黙を破って、ドアがノックされる。
「は、はいっ!どうぞっ!」
緊張しつつも促すルイン。
「失礼いたします。『エリカ』お嬢様をお連れしました」
入室してくるクレトに続いて現れたのは、レトシアと同じく眼鏡を掛けた、長い黒髪の女性だった。
しかし彼女は部屋にルインがいると分かるや、ビクッと体を震わせてしまう。そのまま少し体を震わせながらも、クレトに促されるまま彼女はルインの向かい側のソファに腰を下ろした。
しかしそれでもルインの方を見ようとはせず、彼女は俯いたままだ。
『う~ん、ここは、俺から先に挨拶するべきか』
彼女から先に挨拶、は望めそうに無いと感じたのかルインは様子を見て自分から挨拶する事を選んだ。
「えっと」
『ビクッ!』
しかしルインが口を開いただけで彼女は再び体を震わせた。
『……マジで言葉選びを慎重しないとヤバいな、これ』
などと考えながら彼は自己紹介を始めた。
「ほ、本日は貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございます。私はトレストリア家長男、ルイン・トレストリアと申します。以後、お見知りおきを」
「ッ、は、はじ、はじめ、まして」
ルインの言葉に彼女はたどたどしい挨拶を返すばかりだ。
その時、彼女の後ろに居たクレトが小さく耳打ちをする。
「お嬢様、お相手が名乗られたのですから、ご自分を名の名乗りませんと」
「あ、うっ、うん」
指摘され、戸惑いながらも少しして彼女は口を開く。
「え、えと、クリスフォル家の次女、え、エリカ・クリスフォル、です。はじめまして」
挨拶こそしたが、それはたどたどしく視線も泳ぎまくりだ。彼女が如何に男を苦手としているかをその態度が物語っていた。
しかしルインとてだからといって引き下がる気は無かった。
「はじめまして、エリカ様」
「ッ、さ、様付けなんて、や、止めて下さい。ルイン様は貴族で、私は、その、どこにでも居る女です、から」
「そうは行きません。……エリカ様が男性を苦手としている事は、お姉さんであるレトシア先生から聞き及んでいます。なのにこうして話し合いに応じてくれた事に、とても感謝しています。そして何よりも、会話を聞き、可能であれば協力して貰うのはこちらです。ですからこちらが礼節を欠くわけには行かないと、私は考えています」
そう言って彼は頭を下げた。その様子にエリカとその傍に居たクレトが驚いている。
ゴーレムに関する時以上に真剣なその姿にメリルとレトシアも驚いている。
『ルイン様、本当に変わったなぁ。ほんの少し前までい~っつもぼ~っとしてたのに』
『逆に言えば、それほどまでにルイン様の言うロボットが、彼にとって大切な存在なのでしょうね』
と、真剣そのものなルインの傍に居たメリルとレトシアはそんな事を考えていた。
『『でも(しかし)、本当に変わったな~(変わりましたね)、ルイン様。この前まではあんなに無気力だったのに』』
驚嘆とも、呆れとも取れそうな感想を漏らす2人。もちろんルインには知る由も無かったが。
そして肝心のルインはエリカと向き合っている。
「ほ、本当に、私の協力が、ひ、必要、なんですか?」
「はい。……現在、私の家の周囲でゴーレムに詳しい人間は、エリカ様を置いて他には居りませんでした。屋敷の者に頼んで探して貰いましたが、比較的近くに居る方でも手紙の往復だけで10日はかかる距離でした。しかし、私としては即座に相談などが出来る場所に居て、ゴーレムに関する知識を持った人物が必要なのです」
「そ、それが、私?」
「はい」
「で、でも、私が男の人、苦手だって、お、お姉ちゃんから、聞いたんですよ、ね?」
「はい。十分承知しております。しかし、私は1分1秒でも時間が惜しいと考えております。だからこそ、少しでも身近に居る方を頼る他無かった。ですからこうして、今日話し合いの場を作って頂いたのです」
「ど、どうして、そこまで、するんですか?ルイン様は、ゴーレムを使って、何、を?」
「……私の目的は、ゴーレムを使ってある存在を再現する事です」
「再現?」
「はい。俺はそれをロボットと呼んでいます。俺はゴーレムや魔法を使って、ロボットを再現したいのです」
「その、ロボットって、どんなのなんですか?」
「そうですね。口で説明するのは難しいですが。ロボットとは、ゴーレムのような鉄で出来た体を持ち、その腹に人を乗せ、様々な武器、光で出来た剣や光を放つ特殊な弓で戦い、特殊な推進器で時に空を飛ぶ鋼の巨人、と言ったところでしょうか」
「鋼の、巨人」
前世でロボットアニメを見ていたルインと違い、ロボットのろの字も知らないエリカには聞きかじった言葉から、ゴーレムを元に連想するしかない。
しかし……。
「……かっこいい」
『ん?!』
エリカは小さく笑みを浮かべながらポツリと呟いた。そしてそれを聞き逃すルインでは無かった。更にその言葉を周囲の他の3人も聞いていたのか、クレトとレトシアは少し驚いた様子だった。
「あ、あっ!こ、これはそのっ!」
エリカは少し顔を上げ、周囲の反応から自分が思った事を口にしていた事に気づいて顔を赤く染めてしまった。
しかし……。
「やっぱりそう思いますかっ!?」
彼女の言葉に何よりも食いついたのは、ルインだった。彼は目を輝かせながら机の上に手を突き、身を乗り出している。
「えっ!?」
対して、いきなりの彼の態度にエリカは戸惑い、困惑したような声を漏らす。
「いや~分かる人が居るって嬉しいな~!これまでロボットの話もしても、皆『何それ?』って顔しかしなかったからな~!正直カッコいいって言ってくれたエリカ様には親近感を覚えるな~!」
どうやら同好の士になりえる人物を前に素が出ているルイン。彼は満面の笑みを浮かべながら、うんうんと頷いているのだが……。
「る、ルイン様っ!どうかその位でっ!いきなり態度が変わったせいでエリカ様が茫然としてらっしゃいますっ!」
「へ?」
メリルに指摘され、我に返ったルイン。見ると、彼の変わりように驚いたのかポカ~ンとした表情のエリカがいた。
「……………あっ!?」
そして数秒して、ルインは顔を赤くしながら『やってしまったっ!?』と言わんばかりの表情を浮かべざるを得なかった。
「ごごごご、ごめんなさいっ!俺とした事が趣味の事になるとどうしても饒舌になるって言うかっ!?こんな時に話す内容じゃなかったですよねっ!?ごめんなさいっ!」
「あ、え、えっと。そ、そんな事は……」
お互い、気まずそうに視線を逸らす。
「ルイン様、まだ話は終わってないのでは?」
そして顔を赤くしている彼にレトシアが助け船を出した。
「う、わ、分かってますよ」
「え~っと、では改めまして。俺が欲しいのはエリカ様の持つゴーレムに関しての知識です。先ほど言った通り、俺はゴーレムを素体としてロボットと言う存在を生み出したい。しかし今のゴーレム、特にダート・ゴーレムやロック・ゴーレムでは耐久度などなど、色々な面で性能が不足しています。だから、俺がやりたいのはゴーレムの改良です」
「改良?でも、具体的には、どんな風に?」
「現状で考えているのは、『強度の向上』と人間に近い動きが出来る程の『柔軟性』。そして鈍重な機動性の改善、つまり『移動速度の上昇』。この3つです」
「そ、そんな事が出来るん、ですか?ゴーレムはこれまで、たくさんの人が、もっと強く、早く、堅くしようと頑張ってきたんです。でも、出来なくて。それを、私とルイン様、が?」
「はい。そう言う事です」
「む、無理ですよ、そんなの」
ルインの言葉に、エリカはそう言って俯いた。
「今まで、色んな人がゴーレムを改良しようとして、でも出来なかったんですよ?そ、それをわ、私みたいな、引きこもりが、出来る訳……」
「…………」
エリカの後ろ向きな言葉にルインはしばし押し黙り、頭の中で言葉を、文字を並べる。どうすれば彼女を説得出来るか。どうすれば彼女の協力を得られるのか。必死に文字を並べ言葉を考える。
「……確かに。エリカ様の言うとおり、ゴーレムの改良など口で言う程容易い事では無いでしょう。ですが俺には夢がある。叶えたい望みがある。そのためにはゴーレムの改良は必須事項です。いえ。もっと言えばこれは俺の夢の、最初の壁。きっと俺がゴーレムを使ってロボットを再現しようとするのなら、これからいくつもの難問が壁となって立ちはだかるはず。……かといって、今のゴーレムの問題を迂回する案も無い。俺に与えられた選択肢は2つ」
そう言ってルインは右手を掲げ、指を立てる。まずは1本。
「1つ。今目の前にある問題を解決するために、自分に出来うる限りの最善を尽くす事」
続いて立てるもう1本の指。
「2つ。問題を解決出来ないと諦め、ゴーレムによるロボットの再現そのものを諦める」
片方は苦難の待つ前へと進む道。もう片方は、安易ではあるが逃げの道。
それはつまり、進むか、諦め後ろへと下がるか。前進か、後退か。回り道の無い選択だ。
「俺としては2つ目など論外中の論外です」
そう言ってルインは立てていた中指を折る。
「だからこそ、俺が選ぶ道はただ一つ。目の前に立ち塞がる問題をぶっ壊して次に進む、それだけです。……そして、そのためにはエリカ様の協力が必要なんです」
「ど、どうしても、ですか?」
「はい」
「私達だけで、解決出来る問題じゃ、無いかもしれないのに?」
「それでも、力ある限り俺は問題にぶつかっていきます。……この命が尽きるか、体が言う事を効かない程老いるまでは、前に進むために一歩でも先へ踏み込んでいくだけです」
ルインは真っ直ぐエリカを見つめながら語る。彼の澄んだ瞳と真剣さを絵に描いたような表情にエリカは戸惑い、疑問に思う。苦難が立ち塞がるとはっきり分かっているのに、ルインは何故向かっていけるのか。それが気になったのだ。
「ど、どうして、そこまで、一生懸命に、なれるんですか?」
「ん?」
「難しいって最初から分かってるのに?どうして前に進もうとするんですか?……何が、ルイン様をそこまで動かすのですか?」
「何が俺を動かすのか、か。……まぁそりゃ『好き』って感情ですかね?」
「え?」
彼を動かすのは使命感でも義務感でも達成感でも無い。ただ単純に、ロボットが『好きだから』再現したいのだ。そして彼の言う好き、と言う言葉にエリカは少し呆けた声を漏らした。
「俺はロボットが好きです。が、残念ながら俺の調べた限りではこの世界にロボットと呼べる物は存在していません。となれば、どんな方法を使っても作るしか無いでしょう。ロボットをね」
「それが、険しい道だと、分かっているのに?」
「まぁそれでもやるしかないんじゃないですか?なにせ、自分の好きって感情に嘘をつけるほど、俺は器用じゃないんで。……俺はロボットが好きだ。有り体に言えば趣味だ。けど、他人にはただの趣味程度にしか映らないかも知れないが、俺はロボットが自分の一部、自分の夢の全て、自分の憧れの全てだと思って居る」
「ッ」
エリカはルインの言葉に息を呑んだ。そして彼の言葉に聞き入っていた。……なぜなら彼の言う事は、彼女自身にも当てはまる事だからだ。
『私にとって、ゴーレムは、夢の全て、憧れの全て。そして、自分の、一部』
彼女にとって、ゴーレムは生活の一部であり自分の好きの塊でもあった。そしてそれはルインも同じ。彼にとってロボットが好きの塊なのだ。
『もしかして、この人も、私と同じ……?』
だからこそエリカは彼に共感を覚えていた。
「だから俺は、諦める事なんて出来ない。ここで諦めたらそれは、俺のロボットに対する好きって思いに対する否定になる気がするんだ。だからこそ、諦めない。諦めるわけには行かない。俺は俺のロボットが好きって思いを糧にして、前に進む。どんな困難が立ち塞がろうとな。ぶっ壊して前に進む。それだけだ」
「そのために、私の協力が必要、なんですよね?」
「そうです。残念ながら俺にはエリカ様ほどのゴーレムに関する知識も、経験も無い。加えてまだ10歳かそこらのガキ。人脈だって無いに等しい。頼れる人と言えば、両親かレトシア先生くらい。だからこそ、俺には『人が必要なんだ』って思います。様々な知識、経験、技術。自分に無い物を持っている人の協力が、俺の夢には必要なんです。だから俺は、エリカ様。あなたに協力をお願いしたく、今日こうして話し合いをお願いした次第です」
そう言うとルインは立ち上がり、そして深く頭を下げた。その行動に周囲が驚く。
「お願いしますっ。こちらで用意出来るだけの報酬は用意しますっ。エリカ様の力を貸して下さいっ!」
「そ、そんなに、わ、わた、私の協力が、必要なんですか?」
突然の行為に驚いて少ししどろもどろながらも問い返すエリカ。
「何度も申しているかもしれませんが、『連絡を密に取る事が可能な距離に居て、ゴーレムに詳しい人物』、となると俺の知る限り、当てはまるのはエリカ様ただ1人です。ですからこうして、お願いに来た次第です。……どうか、エリカ様のご助勢をいただきたくっ!お願いしますっ!」
一度頭を上げ、更にもう一度下げるルイン。
その姿にエリカは戸惑った様子だ。報酬はともかく、彼女にルインへ協力する主立った理由は無い。……無いのだが……。
『……この人は、ルイン様は、好きな事に真っ直ぐな男の人。……じゃあ、『彼奴ら』と、違うのかな?』
ほんの数分程度とは言え、ルインの事は趣味に熱意を、それも可能な限り注ぐ男だと分かった。……しかし彼女の脳裏にこびり付いている、かつて彼女を嗤った男達の姿。忘れたい記憶の残滓。
『報酬が貰えるのは、悪い事じゃない。私だってゴーレムが好き。ゴーレムがもっともっとかっこよくなるのなら、それも良い。…………でも、でもっ!確かめないと、この人に協力なんて出来ないっ!』
彼女が欲した物。それはルインが、かつての男達と決定的に違うと言う事の証拠だった。
「……ルイン、様。一つ、お聞きしても、良いですか?」
「はい」
「わ、わた、私が、ゴーレムが好きで、以前、酷い事を経験したって、知って、ますか?」
「……レトシア先生から聞き及んでいます」
「じ、じゃあ教えて下さいっ!ルイン様から見て、ゴーレムが好きな私はどう見えるんですかっ!?変な女ですかっ!?気持ち悪い女ですかっ!?ゴーレム好きな女の子なんて、殆ど居ないからっ!変わった子だって思われますかっ!?」
「…………」
エリカの叫びにルインは何も言わず、ただじっと彼女を見つめながら彼女の言葉を待つ。エリカは、思いだした過去の苦しい記憶もあって、涙を浮かべながら叫んでいる。
「教えて、ください。あなたは、私をどう思いますか?」
「……少なくとも、俺はエリカ様がゴーレム好きな事が変だとかおかしいなんて思いませんよ」
「どうして?普通の女の子は、可愛い服やぬいぐるみが好きだって聞いた。土臭いゴーレムを好きな女の子なんか可笑しいって、あの時だってっ!」
「…………んなこたぁねぇよ」
「え?」
「大体よ、人が何かを好きになるって、自然な事だろ?エリカさんの言うとおり、ゴーレム好きな女性は、まぁ多くはないだろうさ。俺だって『女の子は何が好きだと思う?』って聞かれたら真っ先に花とか綺麗な服とかってイメージするさ。……けど、そいつぁあくまでもイメージだ。実際のところは違う」
ルインは真っ直ぐ、エリカを見つめながら言葉を紡いでいく。
「俺はロボットが好きだし、エリカ様はゴーレムが好きだ。趣味や好きな物なんて、人が10人も集まれば全員バラバラだ。飯食うのが好きな奴も居るし、綺麗な宝石集めるのが好きな奴だっている。趣味なんて物は、人間の数だけあるって事ですよ」
「で、でも、普通の女の子は……っ!」
「まぁゴーレムが好きってのは確かに一般的な女性が持つ趣味じゃぁ無いだろうな」
その言葉に、エリカは一瞬息を呑んで、俯きかけた。が……。
「けどさ、それのどこが悪いって言うんだ?」
「ッ」
続くルインの言葉にエリカは視線を上げる。
「何も悪かぁねぇよ。一般的じゃない?少数派?それがどうした馬鹿野郎めっ。『好きになっちまったもんはしょうがねぇだろっ!それが俺達にとっちゃ運命なんだからよっ!』」
「ッ!!」
とくん、とエリカの心臓が僅かに跳ね、頬が紅潮する。
「自分の趣味を嗤う輩なんざ、無視だ無視っ!耳元でブンブンうるせぇ蚊とか羽虫くらいに思っときゃ良いんだよあんなのっ!ゴーレム好きの女の子っ!?大いに結構っ!」
そう言うと、ルインはエリカを指さす。本来ならマナーなど色々問題があるのだが、エリカ自身はそれを気にしていないし、周囲もルインの貴族男児のマナーから外れに外れまくった口調に驚いてぽか~んとしている始末だ。
「エリカさんっ、あんたはゴーレムが大好きなんだろ?なっ」
「は、はいっ」
「だったら胸を張れっ!『アンタの好きって思いは、アンタだけの物だっ!ゴーレムが好きって思いは、他の誰でも無いっ。エリカ・クリスフォルの物だっ!』」
「ッッ!」
それは強烈な肯定の言葉だった。かつて彼女を嗤った男達と全く逆の言葉だった。かつて男に否定され踏みにじられた『好き』という思いを。今度は同じ男であるルインが肯定する。
彼女の好きを肯定するルインの姿は、エリカの脳裏に鮮烈に焼き付いていく。
「い、良いのかな?私、ゴーレム好きで」
「はっ。だから言ってるだろ?良いんだって。そもそも趣味に他人の許可なんざいらねぇよ。まぁ法に触れたり、他人に迷惑掛けるような趣味は流石に不味いが。それ以外なら、何の問題もねぇだろうさ。……それによ」
ルインは、エリカに対してにっと白い歯を見せながら笑みを浮かべる。
「世界に1人くらい、ゴーレム好きな女の子がいたって良いじゃねぇか。本気でゴーレムが好きならさっ」
「ッッ……!!」
彼の笑みとその言葉に、とくん、とくんとエリカの心臓が少しずつ早鐘を打つ。
と、その時、ルインが机の上に身を乗り出た。
「だから、あなたの好きが持つ力を、あなたが持っている技術と経験を、俺に貸して欲しい。頼む。俺と一緒に、ロボットを。今よりももっともっと強いゴーレムを、俺と一緒に作ろうっ!」
そう言って、彼はエリカに右手を差し出す。
「ルイン、様」
エリカは茫然と差し出された手と笑みを浮かべる彼の顔を交互に見つめていた。やがて、彼女の手が静かに動き出し、彼女の右手がルインの右手を取った。
「分かり、ました。私なんかがお役に立てるとは思いませんが、どうか協力を、させてください」
そして彼女は笑みを浮かべながら頷いた。
「ッ!ありがとうエリカさんっ!それじゃあ、これからよろしくっ!」
「はい、ルイン様」
こうして、ルインは計画のための最初の仲間を、エリカ・クリスフォルを得たのだった。
第5話 END
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